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第7話
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滝の落ちる音が、再びオレの意識を浮上させた。
「……気がついた?」
瞳を開けると、くの字に曲げられた美しい脚線が目に入る。
傍らで、リタが膝を崩して座っていた。
「覚えてるかな。あのまま倒れちゃったから、驚いた」
「あのまま……?」
オレはどうしたんだっけ、と短い記憶を辿ってみる――ああ、そうだ。リリーのぬいぐるみを拾い、彼女に連れられ『基地』にやって来て、リタと顔を合わせて……それで意識が遠のいて。
「リリーが寝かせておけば多分平気って言ってたんだけど……具合はどうかな?」
二人は気を利かせて、奥の壁際に運んでくれたらしい。固い地面から上体を起こしてみる。
頭痛は嘘のように治まり、体調はすっかりよくなっていた。
「起き上がって大丈夫?」
「……あ、はい」
「でも、もうちょっと横になってた方が」
リタの問い掛けに頷くと、彼女はちょっと不安そうにオレの顔を覗き込んできた。
僅か数センチの距離まで迫った彼女の顔を眺めると、あのときの感覚がフラッシュバックする。
『ユーキくんたら、男の子らしくないな。そういうときこそ、名前通り勇気出さなきゃ』
あのシルエットは君なのか?
オレの名前を呼んだ女は――
「どうしたの――きゃっ!?」
オレは思わず彼女の両肩に手を乗せる。
女の子らしい華奢な身体。この感触だって、手に馴染みがあるような気が……。
「オレたち、何処かで会ったことがあるんじゃないかな?」
もしかしたらリタもオレと出会って、同じ想いを抱いているかもしれない。
思い切ってストレートに尋ねてみると、彼女の顔色が変わる。
――やっぱり、そうなのか?
リタにもオレの記憶が……。
彼女は徐に片手を伸ばし、オレの頬に触れる――かと思ったのだが。
「いてっ」
頬を通り過ぎ、額に軽い衝撃。リタからデコピンを食らったらしい。
その手で胸を押されたので、彼女から手を放した。
「そういうやり方、よくないよ。本気で心配してたのにー」
「え?」
何故だかリタはムッとしていた。憂いが漂う瞳に、今は怒りが滲んでいる。
呆けた返事を返すオレに彼女が毅然として言った。
「悪いんですけど、こんな状況でナンパに引っ掛かるほど暢気じゃないから」
「……ナンパ?」
「だって常套句じゃない。『初めて会った気がしないよね』っていうのは」
……そうか。これは軽蔑の眼差し。
リタは、オレがナンパを仕掛けたと勘違いしているようだ。
ご、誤解だっ。これは何としても訂正しなければ!
「ち……違う。いや、違います、オレ、そういうつもりじゃ……!」
「じゃ、どういうつもりなの?」
「オレは本当にっ、そのまま、言葉通りの意味で――」
「……そのまま?」
「そう、オレは君に――あなたに会ったことがあるんじゃないかと、そう思って」
懸命に訴えかけると、彼女の表情がほんの少し和らいだ。
「…………」
そして真意を探るように、暫らくの間オレの目をじっと見つめている。
オレも信じて欲しい一心で、彼女の瞳を見つめ返した。
「……うーん」
やがて唸る声を上げてから、一度頷いて見せる。
「ま、嘘言ってるようには見えないか」
気持ちが届いたらしく、リタがふっと笑ってくれたので安堵する。
彼女は立ち上がると小さくため息を吐いて続けた。
「でもごめん、私、此処に来るまでの記憶が一切ないんだ。それに――」
オレは仰ぐようにして彼女を見上げる。ちょっと困った顔をしているみたいだった。
「キミの顔を見ても、心当たりがないみたい。だからきっと、人違いじゃないかな」
「……人違い」
「多分ね。肝心の記憶がないから言い切れないけど……もし私がキミの知り合いだとしたら、何か感じると思うんだよね」
「…………」
人違い、か。
リタの言葉を聞いて、オレは肩を落とした。彼女の存在が、記憶を取り戻す手掛かりになるかもしれないと期待していたのに。
「そんなに落ち込むところを見るとさ、やっぱキミの言い分は本当なんだね」
言葉を無くして項垂れていると、彼女がしゃがみ込んでオレの表情を窺ってくる。
「さっきからそう話してるのに。信じて下さいよ」
「あはは、ごめんね。森の入口でいかにもな男に引っ掛かってから、ちょっと用心深くなってるかも」
「それって、他の『クリミナル』?」
「あの人たちは女性を狙うから気をつけてって、リリーに教えて貰った」
リタもリリー同様、蜘蛛を狙われた経験があるんだ。そんなリタを見兼ねたリリーが同居を持ちかけたのだろう。おおよそオレに話を振ったときと同じく、「おいでよー」と軽ーいノリで。
「そういえば、リリーは何処――、いや、何処ですか?」
「歓迎会の準備って言って出かけたよ。直ぐ戻るって」
「そうですか」
オレが頷くと、リタはくすくすと可笑しそうに笑いだした。
「何が可笑しいの?」
「さっきから言葉遣いが安定しないなって思って」
「そう? ……そうですか?」
「ほら、そんな風に何度か言い直したりしてるじゃない。まさか私のこと、恐いわけじゃないでしょ?」
「恐いなんて」
そんな風には思っちゃいない。でも……。
意識的に言葉を選んでいるつもりはないのだけど、彼女と会話を始めてから覚えた違和感の正体を指摘されたように思えて、妙に納得した。
リリーは見た目からして年下っぽいし、ちょっと子供っぽい雰囲気があるから、彼女に対しては自然と飾らない口調になってしまう。
リタは話した感じ、きっと同年代。だから改まった言葉遣いに直す必要はないのだけど――
「何でだろう。いや、何ででしょうね……こっちの方がしっくりくるっていうか」
彼女に対しては、不思議と言葉尻を整えた方が落ちつくのだ。
「変なの、可笑しい」
リタさん――呼称も、こっちの方が気が楽だな――がそう言って更に笑った。自分でもそう思う。
もしかして元の世界に居た頃は、同年代の女の子と上手く話せないタイプだったんだろうか。
……だとしたら悲しい事実だ。知りたくなかった。
「キミが楽なら構わないけど、そんなに気を遣わなくていいんだからね? これから一緒に生活していく仲なんだし」
「気を遣ってるとか、そういうのじゃないので」
「それなら安心した。デコピンで怯えられちゃったのかと思ったから」
親指と中指で輪っかを作って見せながら、リタさんがからかう。
「けど意外と痛かったですよ、アレ」
「ごめんね。力の加減、難しくて」
苦笑しながら、彼女は自分の指先に目を落とす。
綺麗に整えられた爪にはネイルアートが施されていた。淡いパープルが地色で、ホワイトとシルバーのラインが格子状に入った、凝ったデザイン。指によってはラインストーンが乗っていたりもする。
人違いだと告げられたあとにも拘らず、ネイルのデザインに見覚えがあるような気がしてならなかった。
きっとそれはサロンで仕上げたものではなく、彼女自身が指先を震わせながらコツコツと塗り重ねていったもので――オレは、出来上がる過程を見守っていたような……。
「ごめんなさい、それ、よく見せて貰ってもいいですか」
オレは答えを聞くより先に彼女の手首を軽く掴んで、引き寄せる。
ひゅっと息を呑む音が聞こえた――その刹那。
「――きゃああっ……!!」
さっきとは全然、比べ物にならないくらいの力で突き飛ばされる。オレは岩壁にゴチンと頭を打ち付けた。
「いててっ、ちょ、ちょっとリタさんっ、今のは強過ぎ――」
驚いたときの反応にしてはやりすぎだ。頭を擦りながら彼女を咎める途中で、言葉を失う。
リタさんはガチガチと歯を鳴らしながら、尋常じゃなく怯えた様子で自分の肩を抱いていた。その肩が、小刻みに震えている。
「り、リタさん?」
「あ……あ、あっ……」
「リタさん!?」
何か、ヤバい感じだ。奇怪なモンスターに喰われる直前のような目で、オレを見ている。
「どうしたんだよ、リタさん」
このまま放っておくわけにはいかない。一度落ちつかせるために彼女の肩へ触れようとする。
「やめてっ――触らないでっ!!」
その手を無情に払いのけられ、今度はオレがビックリした。
さっき触れたときはそんなリアクションをしなかったじゃないか。
……どうしたんだ、リタさん? 急にそんな怯えたりして。
「こないで……私に、近寄らないでっ……」
彼女はオレから逃れようと、後ろについた両手の力で後ずさる。
オレか? オレが、彼女を怯えさせているのか?
「り、リタさ――」
「ただいまぁーっ! 帰り道でアンも拾ってきたよーっ!」
戸惑いながらリタさんの名を呼んだところで、入口から能天気なアニメ声が聞こえてくる。
オレもリタさんも、一時的にそちらへと視線を向けた。
小さな身体に対して大きく膨らむドレスの影が目に入る。リリーが帰って来たのだ。
その横に男と思しき人影がもう一つ。帰り道で合流したアンの姿なのだろう。
「こぉら、拾ったってゆーな。もとはといえば、俺があーたを拾ってやったんでしょーに」
呆れた風のその声は、耳にしたことがある。勿論、こちらの世界にやってきてからだ。
「あれ、キミは……」
ソイツもオレに見覚えがあるようだった。確かめるように一歩前へと踏み出したのは、遠目でも目立つハイカットの赤いスニーカー。そのとき、シャラ、と金属質な音が鳴る。
やっぱりそうだ。この音は彼のブレスレットが奏でているもの。
だとすると、アンっていうのは――
「あーっ、やっぱそーだ。さっき池のほとりで会った新入りくん!」
――まさかオレが緊迫した状況に置かれているとは露ほども知らなそうな赤スニーカーが、運命の再会とばかりに声を上げたのだった。
「……気がついた?」
瞳を開けると、くの字に曲げられた美しい脚線が目に入る。
傍らで、リタが膝を崩して座っていた。
「覚えてるかな。あのまま倒れちゃったから、驚いた」
「あのまま……?」
オレはどうしたんだっけ、と短い記憶を辿ってみる――ああ、そうだ。リリーのぬいぐるみを拾い、彼女に連れられ『基地』にやって来て、リタと顔を合わせて……それで意識が遠のいて。
「リリーが寝かせておけば多分平気って言ってたんだけど……具合はどうかな?」
二人は気を利かせて、奥の壁際に運んでくれたらしい。固い地面から上体を起こしてみる。
頭痛は嘘のように治まり、体調はすっかりよくなっていた。
「起き上がって大丈夫?」
「……あ、はい」
「でも、もうちょっと横になってた方が」
リタの問い掛けに頷くと、彼女はちょっと不安そうにオレの顔を覗き込んできた。
僅か数センチの距離まで迫った彼女の顔を眺めると、あのときの感覚がフラッシュバックする。
『ユーキくんたら、男の子らしくないな。そういうときこそ、名前通り勇気出さなきゃ』
あのシルエットは君なのか?
オレの名前を呼んだ女は――
「どうしたの――きゃっ!?」
オレは思わず彼女の両肩に手を乗せる。
女の子らしい華奢な身体。この感触だって、手に馴染みがあるような気が……。
「オレたち、何処かで会ったことがあるんじゃないかな?」
もしかしたらリタもオレと出会って、同じ想いを抱いているかもしれない。
思い切ってストレートに尋ねてみると、彼女の顔色が変わる。
――やっぱり、そうなのか?
リタにもオレの記憶が……。
彼女は徐に片手を伸ばし、オレの頬に触れる――かと思ったのだが。
「いてっ」
頬を通り過ぎ、額に軽い衝撃。リタからデコピンを食らったらしい。
その手で胸を押されたので、彼女から手を放した。
「そういうやり方、よくないよ。本気で心配してたのにー」
「え?」
何故だかリタはムッとしていた。憂いが漂う瞳に、今は怒りが滲んでいる。
呆けた返事を返すオレに彼女が毅然として言った。
「悪いんですけど、こんな状況でナンパに引っ掛かるほど暢気じゃないから」
「……ナンパ?」
「だって常套句じゃない。『初めて会った気がしないよね』っていうのは」
……そうか。これは軽蔑の眼差し。
リタは、オレがナンパを仕掛けたと勘違いしているようだ。
ご、誤解だっ。これは何としても訂正しなければ!
「ち……違う。いや、違います、オレ、そういうつもりじゃ……!」
「じゃ、どういうつもりなの?」
「オレは本当にっ、そのまま、言葉通りの意味で――」
「……そのまま?」
「そう、オレは君に――あなたに会ったことがあるんじゃないかと、そう思って」
懸命に訴えかけると、彼女の表情がほんの少し和らいだ。
「…………」
そして真意を探るように、暫らくの間オレの目をじっと見つめている。
オレも信じて欲しい一心で、彼女の瞳を見つめ返した。
「……うーん」
やがて唸る声を上げてから、一度頷いて見せる。
「ま、嘘言ってるようには見えないか」
気持ちが届いたらしく、リタがふっと笑ってくれたので安堵する。
彼女は立ち上がると小さくため息を吐いて続けた。
「でもごめん、私、此処に来るまでの記憶が一切ないんだ。それに――」
オレは仰ぐようにして彼女を見上げる。ちょっと困った顔をしているみたいだった。
「キミの顔を見ても、心当たりがないみたい。だからきっと、人違いじゃないかな」
「……人違い」
「多分ね。肝心の記憶がないから言い切れないけど……もし私がキミの知り合いだとしたら、何か感じると思うんだよね」
「…………」
人違い、か。
リタの言葉を聞いて、オレは肩を落とした。彼女の存在が、記憶を取り戻す手掛かりになるかもしれないと期待していたのに。
「そんなに落ち込むところを見るとさ、やっぱキミの言い分は本当なんだね」
言葉を無くして項垂れていると、彼女がしゃがみ込んでオレの表情を窺ってくる。
「さっきからそう話してるのに。信じて下さいよ」
「あはは、ごめんね。森の入口でいかにもな男に引っ掛かってから、ちょっと用心深くなってるかも」
「それって、他の『クリミナル』?」
「あの人たちは女性を狙うから気をつけてって、リリーに教えて貰った」
リタもリリー同様、蜘蛛を狙われた経験があるんだ。そんなリタを見兼ねたリリーが同居を持ちかけたのだろう。おおよそオレに話を振ったときと同じく、「おいでよー」と軽ーいノリで。
「そういえば、リリーは何処――、いや、何処ですか?」
「歓迎会の準備って言って出かけたよ。直ぐ戻るって」
「そうですか」
オレが頷くと、リタはくすくすと可笑しそうに笑いだした。
「何が可笑しいの?」
「さっきから言葉遣いが安定しないなって思って」
「そう? ……そうですか?」
「ほら、そんな風に何度か言い直したりしてるじゃない。まさか私のこと、恐いわけじゃないでしょ?」
「恐いなんて」
そんな風には思っちゃいない。でも……。
意識的に言葉を選んでいるつもりはないのだけど、彼女と会話を始めてから覚えた違和感の正体を指摘されたように思えて、妙に納得した。
リリーは見た目からして年下っぽいし、ちょっと子供っぽい雰囲気があるから、彼女に対しては自然と飾らない口調になってしまう。
リタは話した感じ、きっと同年代。だから改まった言葉遣いに直す必要はないのだけど――
「何でだろう。いや、何ででしょうね……こっちの方がしっくりくるっていうか」
彼女に対しては、不思議と言葉尻を整えた方が落ちつくのだ。
「変なの、可笑しい」
リタさん――呼称も、こっちの方が気が楽だな――がそう言って更に笑った。自分でもそう思う。
もしかして元の世界に居た頃は、同年代の女の子と上手く話せないタイプだったんだろうか。
……だとしたら悲しい事実だ。知りたくなかった。
「キミが楽なら構わないけど、そんなに気を遣わなくていいんだからね? これから一緒に生活していく仲なんだし」
「気を遣ってるとか、そういうのじゃないので」
「それなら安心した。デコピンで怯えられちゃったのかと思ったから」
親指と中指で輪っかを作って見せながら、リタさんがからかう。
「けど意外と痛かったですよ、アレ」
「ごめんね。力の加減、難しくて」
苦笑しながら、彼女は自分の指先に目を落とす。
綺麗に整えられた爪にはネイルアートが施されていた。淡いパープルが地色で、ホワイトとシルバーのラインが格子状に入った、凝ったデザイン。指によってはラインストーンが乗っていたりもする。
人違いだと告げられたあとにも拘らず、ネイルのデザインに見覚えがあるような気がしてならなかった。
きっとそれはサロンで仕上げたものではなく、彼女自身が指先を震わせながらコツコツと塗り重ねていったもので――オレは、出来上がる過程を見守っていたような……。
「ごめんなさい、それ、よく見せて貰ってもいいですか」
オレは答えを聞くより先に彼女の手首を軽く掴んで、引き寄せる。
ひゅっと息を呑む音が聞こえた――その刹那。
「――きゃああっ……!!」
さっきとは全然、比べ物にならないくらいの力で突き飛ばされる。オレは岩壁にゴチンと頭を打ち付けた。
「いててっ、ちょ、ちょっとリタさんっ、今のは強過ぎ――」
驚いたときの反応にしてはやりすぎだ。頭を擦りながら彼女を咎める途中で、言葉を失う。
リタさんはガチガチと歯を鳴らしながら、尋常じゃなく怯えた様子で自分の肩を抱いていた。その肩が、小刻みに震えている。
「り、リタさん?」
「あ……あ、あっ……」
「リタさん!?」
何か、ヤバい感じだ。奇怪なモンスターに喰われる直前のような目で、オレを見ている。
「どうしたんだよ、リタさん」
このまま放っておくわけにはいかない。一度落ちつかせるために彼女の肩へ触れようとする。
「やめてっ――触らないでっ!!」
その手を無情に払いのけられ、今度はオレがビックリした。
さっき触れたときはそんなリアクションをしなかったじゃないか。
……どうしたんだ、リタさん? 急にそんな怯えたりして。
「こないで……私に、近寄らないでっ……」
彼女はオレから逃れようと、後ろについた両手の力で後ずさる。
オレか? オレが、彼女を怯えさせているのか?
「り、リタさ――」
「ただいまぁーっ! 帰り道でアンも拾ってきたよーっ!」
戸惑いながらリタさんの名を呼んだところで、入口から能天気なアニメ声が聞こえてくる。
オレもリタさんも、一時的にそちらへと視線を向けた。
小さな身体に対して大きく膨らむドレスの影が目に入る。リリーが帰って来たのだ。
その横に男と思しき人影がもう一つ。帰り道で合流したアンの姿なのだろう。
「こぉら、拾ったってゆーな。もとはといえば、俺があーたを拾ってやったんでしょーに」
呆れた風のその声は、耳にしたことがある。勿論、こちらの世界にやってきてからだ。
「あれ、キミは……」
ソイツもオレに見覚えがあるようだった。確かめるように一歩前へと踏み出したのは、遠目でも目立つハイカットの赤いスニーカー。そのとき、シャラ、と金属質な音が鳴る。
やっぱりそうだ。この音は彼のブレスレットが奏でているもの。
だとすると、アンっていうのは――
「あーっ、やっぱそーだ。さっき池のほとりで会った新入りくん!」
――まさかオレが緊迫した状況に置かれているとは露ほども知らなそうな赤スニーカーが、運命の再会とばかりに声を上げたのだった。
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