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学園編 § 学校生活編
第89話 鞍馬 再び (前)
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鞍馬山。
言わずと知れた京の奥座敷。
有名な神社のその奥に、真の鞍馬、と言える鞍馬一族の本家屋敷がある。
京にてしばらく逗留すると決まった折、ノリとゼンと共に来てまだ1月ほど。
今度は、淳平と二人、訪れたんだが・・・
目の前には2人の中年男性。鞍馬の当主 倉間蒼介、そして、養老家当主 養老健二。
養老健二の顔を見て、昼休みに生徒会室へと呼ばれていたことを思い出した。養老千暮に会った報告を、と会長に呼び出されていたことを今の今まで失念していたな。
それと共に、なぜここにこの人、養老千暮の父がいるのだろう、という思いも当然浮かぶ。
「久しぶりだねぇ、飛鳥君。私と君の仲だ、もっと頻繁に遊びに来てくれてもいいんだよ。」
無駄にさわやかにそう言う倉間だが、そんな風になれなれしく接せられるような仲ではない。まだ駆け出し霊能者だったこの男に、随分迷惑をかけられた、ということを、前回ここに来た時に再認識させられた、その程度の仲だ。
「此度はご足労感謝いたします。我が愚息のこのたびの行い、まことに申し訳なく・・・」
「養老さん、その辺りで。」
倉間とは逆に慇懃に手をついて語り出した養老に、淳平が、ニコッと笑って遮った。人の口上を遮るのは相当に非礼なこと、そんな風に習った気がするが、いいのだろうか。チラッとそんな風に思う。相手は一国一城の主。それをぶった切れるのは本来それ以上の身分の者。そんな儀礼、というのか、礼節を未だ重んじる世界だそうだ。
否。見かけは20代半ば。飄々としていてふざけた若者にしか見えないが、こう見えて淳平は世が世なら彼らの前で悠々と相対している、そんな家柄だと聞いた。
そもそもが、有力家系から供出された次期党首候補またはその補佐、という地位が産まれながらに確定している者、そんな中でも特に霊能力に優れた若手が集められたのがAAOの前身、僕が保護された日本精神学会協力者協会という組織だ。あそこで共に訓練を受けていた者達は、いわばエリート中のエリート。どこの馬の骨とも分からない子供が紛れ込むことが、いかにイレギュラーなことか。さすがに今なら分かるが、普通に教育係として僕についた淳平の懐の深さ、は、尋常ではない、のだろう。
いや、そもそもが僕の配置されたグループ。あそこは、そう言う意味では偏見のない、と言おうか、出自を本当の意味で気にしない変人の集まりだった、のだろう。
どちらにせよ、協会時代、いや今でもか、AAO所属の者は、自分の家に戻ればそれなりに傅かれる側の人間ばかり。この矢良淳平だって、同じだ。もし、ザ・チャイルドなんてモノになっていなければ、今頃は彼ら以上のビッグな家系のトップとして君臨していたのだろう。そう。彼らの口上を遮ってもとがめられないだけの、身分、ってやつを持っているんだ。
そうして、淳平に遮られた養老は、深々と頭を下げ、言葉を飲み込んだ。
仕切り直し、というか、出されていたお茶を、なんとなくみんながすすった。
そうやって一息ついたところで、「さて、」と倉間が切り出す。
「さて、こたび来ていただいた用件なんですが・・・」
後ろに隠していたのだろう書簡を、ずずっと畳を滑らせて淳平の前へと差し出す。横目で見ると、どこかで見た家紋?
「へぇ、これはこれは。」
キラッと、淳平の何もないはずの目が光ったような気がした。
何?
そう思っていると、おもむろに開封して中身を読む淳平。
ニヤッと笑って、読み終えた淳平は、手紙の中身を僕に渡して来た。
内容は・・・
変な文語体、で、うざったく書いてあるけど、内容は以下の通り。
まず、差出人は伏見の神職。そして宛先は鞍馬の当主。言わずと知れた、でっかい神道系のトップからトップへの密書。
どうやら京の宗教組織、というよりかは霊能者の家系が大きく2つに分かれて争っているに際し、伏見としては傍観を決め込んで来たが、その態度を表することを決めた、という宣言のようだった。そう、伏見は鞍馬と共に、京の平穏を乱す者どもと相対する、そう述べている。
伏見と鞍馬が組むってこと?
正直どういう状況か、分かっていない僕。
淳平に、思わず疑問の視線を送る。
「見ての通り、伏見は鞍馬と組むことにしたそういうこった。あの爺さん、静観するつもりだったようだけどな、そういう意味では生島がやらかした、ってこった。」
「よくわかんないんだけど。」
「生島のところに、稲荷がいたろ?」
「キュウタ?」
「ああ、そのキュウタだ。あれがな、そこの養老のガキに襲われた、そうだな?」
「あ、うん。」
「そしてそのガキをそそのかしたのが、生島の娘、ってこった。」
「・・・麻朝ちゃん?」
「そうだ。」
・・・・
大人しそうな子、だと思った。
協力的で、良く気がつく、クラスでも評判の女の子。
清楚な深窓のお嬢様、それがクラスでの彼女の評価だ。
そしてその父。
一度会ったが、彼女の父にふさわしい、落ち着いた優しげな紳士。
子供の頃からの仲だという霊孤の衰弱を、心の底から心配し、僕に感謝を捧げてきたのは本物に見えた、けど・・・
「飛鳥君、戸惑ってるようだね。」
養老が言う。
「生島より養老の方が悪者、そう見えるかな。」
フフ、と、笑う。
正直、外見上はそうだよな、申し訳ないが、そう思う。
「なるほど、私としてはあの英雄が、という気持ちが強いが、確かに鞍馬の、が、言っていたように、純粋な子供のまま、ということのようだ。」
はぁ?なんかむかつく。
僕は、キッ、と思わず睨んでしまった。が、間髪を入れず、淳平が拳骨を入れてきた。
「すいませんねぇ、しつけのなってないガキで。」
「いやいや、矢良殿。私は褒めているのですぞ。なかなかに、希有な存在だ。あなた方、周りの方が大事に守っているのがよく分かります。」
「いやいや、至らないことばかりで。これも、神の呪い、という奴ですかねぇ、この子にしても、私にしても精神の方もどうも成長できないようで。」
「ハハハ。我々普通に年を取るものにとっては、それはありがたい、ですな。外見と中身があまりに異なると、この化かし合いになれた身にすら、戸惑いが大きくなりすぎるでしょうから。やんごとなきおかたのように。おっと、これは失言でしたか、忘れてください。」
養老がにやっと笑い、同じような笑いを淳平が返す。
こういうのが一番嫌い。
僕がムッとしていると、クスッと笑った倉間と目が合った。
「失礼。」と、口元を隠して、軽く頭を下げる倉間。
その様子に、養老と淳平が苦笑する。
言わずと知れた京の奥座敷。
有名な神社のその奥に、真の鞍馬、と言える鞍馬一族の本家屋敷がある。
京にてしばらく逗留すると決まった折、ノリとゼンと共に来てまだ1月ほど。
今度は、淳平と二人、訪れたんだが・・・
目の前には2人の中年男性。鞍馬の当主 倉間蒼介、そして、養老家当主 養老健二。
養老健二の顔を見て、昼休みに生徒会室へと呼ばれていたことを思い出した。養老千暮に会った報告を、と会長に呼び出されていたことを今の今まで失念していたな。
それと共に、なぜここにこの人、養老千暮の父がいるのだろう、という思いも当然浮かぶ。
「久しぶりだねぇ、飛鳥君。私と君の仲だ、もっと頻繁に遊びに来てくれてもいいんだよ。」
無駄にさわやかにそう言う倉間だが、そんな風になれなれしく接せられるような仲ではない。まだ駆け出し霊能者だったこの男に、随分迷惑をかけられた、ということを、前回ここに来た時に再認識させられた、その程度の仲だ。
「此度はご足労感謝いたします。我が愚息のこのたびの行い、まことに申し訳なく・・・」
「養老さん、その辺りで。」
倉間とは逆に慇懃に手をついて語り出した養老に、淳平が、ニコッと笑って遮った。人の口上を遮るのは相当に非礼なこと、そんな風に習った気がするが、いいのだろうか。チラッとそんな風に思う。相手は一国一城の主。それをぶった切れるのは本来それ以上の身分の者。そんな儀礼、というのか、礼節を未だ重んじる世界だそうだ。
否。見かけは20代半ば。飄々としていてふざけた若者にしか見えないが、こう見えて淳平は世が世なら彼らの前で悠々と相対している、そんな家柄だと聞いた。
そもそもが、有力家系から供出された次期党首候補またはその補佐、という地位が産まれながらに確定している者、そんな中でも特に霊能力に優れた若手が集められたのがAAOの前身、僕が保護された日本精神学会協力者協会という組織だ。あそこで共に訓練を受けていた者達は、いわばエリート中のエリート。どこの馬の骨とも分からない子供が紛れ込むことが、いかにイレギュラーなことか。さすがに今なら分かるが、普通に教育係として僕についた淳平の懐の深さ、は、尋常ではない、のだろう。
いや、そもそもが僕の配置されたグループ。あそこは、そう言う意味では偏見のない、と言おうか、出自を本当の意味で気にしない変人の集まりだった、のだろう。
どちらにせよ、協会時代、いや今でもか、AAO所属の者は、自分の家に戻ればそれなりに傅かれる側の人間ばかり。この矢良淳平だって、同じだ。もし、ザ・チャイルドなんてモノになっていなければ、今頃は彼ら以上のビッグな家系のトップとして君臨していたのだろう。そう。彼らの口上を遮ってもとがめられないだけの、身分、ってやつを持っているんだ。
そうして、淳平に遮られた養老は、深々と頭を下げ、言葉を飲み込んだ。
仕切り直し、というか、出されていたお茶を、なんとなくみんながすすった。
そうやって一息ついたところで、「さて、」と倉間が切り出す。
「さて、こたび来ていただいた用件なんですが・・・」
後ろに隠していたのだろう書簡を、ずずっと畳を滑らせて淳平の前へと差し出す。横目で見ると、どこかで見た家紋?
「へぇ、これはこれは。」
キラッと、淳平の何もないはずの目が光ったような気がした。
何?
そう思っていると、おもむろに開封して中身を読む淳平。
ニヤッと笑って、読み終えた淳平は、手紙の中身を僕に渡して来た。
内容は・・・
変な文語体、で、うざったく書いてあるけど、内容は以下の通り。
まず、差出人は伏見の神職。そして宛先は鞍馬の当主。言わずと知れた、でっかい神道系のトップからトップへの密書。
どうやら京の宗教組織、というよりかは霊能者の家系が大きく2つに分かれて争っているに際し、伏見としては傍観を決め込んで来たが、その態度を表することを決めた、という宣言のようだった。そう、伏見は鞍馬と共に、京の平穏を乱す者どもと相対する、そう述べている。
伏見と鞍馬が組むってこと?
正直どういう状況か、分かっていない僕。
淳平に、思わず疑問の視線を送る。
「見ての通り、伏見は鞍馬と組むことにしたそういうこった。あの爺さん、静観するつもりだったようだけどな、そういう意味では生島がやらかした、ってこった。」
「よくわかんないんだけど。」
「生島のところに、稲荷がいたろ?」
「キュウタ?」
「ああ、そのキュウタだ。あれがな、そこの養老のガキに襲われた、そうだな?」
「あ、うん。」
「そしてそのガキをそそのかしたのが、生島の娘、ってこった。」
「・・・麻朝ちゃん?」
「そうだ。」
・・・・
大人しそうな子、だと思った。
協力的で、良く気がつく、クラスでも評判の女の子。
清楚な深窓のお嬢様、それがクラスでの彼女の評価だ。
そしてその父。
一度会ったが、彼女の父にふさわしい、落ち着いた優しげな紳士。
子供の頃からの仲だという霊孤の衰弱を、心の底から心配し、僕に感謝を捧げてきたのは本物に見えた、けど・・・
「飛鳥君、戸惑ってるようだね。」
養老が言う。
「生島より養老の方が悪者、そう見えるかな。」
フフ、と、笑う。
正直、外見上はそうだよな、申し訳ないが、そう思う。
「なるほど、私としてはあの英雄が、という気持ちが強いが、確かに鞍馬の、が、言っていたように、純粋な子供のまま、ということのようだ。」
はぁ?なんかむかつく。
僕は、キッ、と思わず睨んでしまった。が、間髪を入れず、淳平が拳骨を入れてきた。
「すいませんねぇ、しつけのなってないガキで。」
「いやいや、矢良殿。私は褒めているのですぞ。なかなかに、希有な存在だ。あなた方、周りの方が大事に守っているのがよく分かります。」
「いやいや、至らないことばかりで。これも、神の呪い、という奴ですかねぇ、この子にしても、私にしても精神の方もどうも成長できないようで。」
「ハハハ。我々普通に年を取るものにとっては、それはありがたい、ですな。外見と中身があまりに異なると、この化かし合いになれた身にすら、戸惑いが大きくなりすぎるでしょうから。やんごとなきおかたのように。おっと、これは失言でしたか、忘れてください。」
養老がにやっと笑い、同じような笑いを淳平が返す。
こういうのが一番嫌い。
僕がムッとしていると、クスッと笑った倉間と目が合った。
「失礼。」と、口元を隠して、軽く頭を下げる倉間。
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