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学園編 § 学校生活編
第85話 地下牢
しおりを挟む地下牢。
いわゆる座敷牢ってやつ。
AAOに関連するような家では、よく見る部屋だ。
ほぼ3畳の広さの、檻の向こうには、畳が2枚敷かれていて、丁寧にたたまれた布団が一式と、小さなちゃぶ台と座布団が1つずつ。
奥は約1畳分の土間があり、片隅は頭より小さな穴。ようはトイレだ。
そして、小さな半球を受け皿にした水道があるだけ。
ちなみに、この檻は、地下の部屋の半ばに設置されていて、部屋自体は6畳ほど。檻のこちらがわは畳の敷いた何もない部屋だ。
階段を降りてその畳の部屋に現れた健二と僕を見た千暮は、おそらく泣きはらしたのであろう目をこちらに向けて、一瞬呆けたと思ったら、突如こちらへと走り寄ってきた。
「父さん!話を!話を聞いてくれ!俺、いや僕は飛鳥・・・君を襲ったりしてない!」
その様子を見て、健二は軽くため息をつき、僕の方に申し訳なさそうな顔をしつつ、頭をさげた。
「千暮。お前が、彼を襲ったのではないということは、分かっている。だが・・・」
「だったら、出せよ!出してくれよ!なぁ。」
健二の言葉を遮って、千暮は悲鳴を上げているように声でそう言った。
「千暮!」
一喝。
ビクッと肩を震わせた千暮は、信じられない、というように健二を見た。
そういや、僕は父さんにこんな風に怒鳴られたことってなかったな。なぜか唐突にそんな風に思う。
父を亡くしたのは中1の1月。今中2の9月である千暮とそう変わらない年だった。あるいは、中2の夏まで父さんが生きていたら、こんな風に怒鳴られることもあったのか。いや、それはないな。父さんが声を荒げたのを見たことがない。一番大きな声は、僕を守ろうとした、あの日・・・
そんな回想に沈んでいた僕は、ふと、こちらに視線が注がれていることに気付いた。いつの間にか、二人の声は止んでいて、なぜかこちらを見ている。
「あ・・・」
「大丈夫かい?」
「あ、すみません。ちょっと考え事を・・・」
「いや、こちらこそ済まない。身内の醜態を見せてしまった。」
「いえ。」
「・・・・甘ったれてる、と思うだろう。その、息子も、私も。」
「そんな。」
「いや、分かっているんだ。この子をきちんと教育しなかった私の罪を。」
「そんな・・・でも、そうですね。僕は二人を見てちょっとうらやましかった、のかもしれません。」
「確か、君は、お父上を・・・」
「はい。中1の時でした。目の前であやかしに・・・」
「・・・そうか。」
フワッと頭に重量を感じ、伏せていた目を上げると、なんともいえない表情で僕を見た健二が、僕の頭を撫でていた。
「すまない。思わず・・・その、君の年齢は知っているつもりなんだが・・・」
「いえ。」
「その、一応君のことは、分かってるつもりだ。私が母の腹の中にいるときに、その外見になったということも。だが、その、何年生きていても、君は、君たちは、外だけじゃなく中もさほど変わらない、と聞いた。だから、そのなんだ。君を子供扱いすることは許して欲しい。いや、子供扱いをさせて欲しい。」
なんだか、そんな風に言ってる健二が、でっかい子供みたいだ。親に捨てないでくれ、と言ってる子供と同じような顔をして・・・
フフフ、と思わず笑みがこぼれた。
「中身も成長しない、とよく言われるけど、自分ではわかんないです。だけど、喩え変わらないとしても、僕がこの体になったのは18の時。さすがに頭を撫でられるような子供じゃないと思いますが?」
「フフフ。いやいや。私のような年のもんからしたら、十分に子供だよ。」
「ったく。そういう扱いが正直いやなんだけど。」
「そういう態度がこども、なんだろうなぁ。ハハハ。君は記憶にないだろうけどね。若い頃何度か、一緒に作戦行動をとったことがあるんだ。最前線で小さな子がいつも小突かれたり、怒鳴られたりしながらも、剣を振るう姿を、眩しく思いながら、見てたよ。いつかはあの子の横で、小突いたり撫でたりする立場で戦いたいものだと願っていたが、あの子がこうやって自分の前に立っているとはねぇ。世の中、何が起こるかわからないもんだ。」
そう言って、さらに頭を撫でる様子にため息をつくしかなかった。
「飛鳥は、あの絵本の勇者なんだろう?」
そのとき、つぶやくように、そう言ったのは、千暮だった。
「養老は勇者を守るためにある、父さんはそう言ったじゃないか。」
僕の頭から手を外し、顔だけは息子の方を向けて、渋い顔をした。
「だから、僕は、僕は・・・・勇者の隣で、ヒック、助け・・ヒック、ヒック、ウ、ウァーン・・・!!」
そんな息子を父親は、小さな苦虫を噛み潰したような顔で黙って見つめていた。
「これは、無理そうだな。」
僕はしばらくその様子を見ていたけど、さすがに自分よりカラの大きい子供の泣きじゃくる様子を見ているのがばかばかしくなって、そうつぶやいた。
泣きたいのはこっちだ。
千暮の威圧的な態度も、事件を起こしたことも含めて、家とどう絡んでいるのか、また、そもそも養老家はこの事態を起こす側か防ぐ側か、そのあたりを確かめたくて同行したんだ。
なのに、この父も子もどう考えたら良いのか分からない。
霊能者じゃない息子。
霊能者の中で一族の主をはる父親。
本当に息子は何も分からないまま、絵本と父親の言葉から、物語の登場人物にでもなったつもり、だったのだろうか。
本当に父親は、この事件に無関係で、僕のことを気にかけているのだろうか。
いずれもフェイクでも僕は驚かないな、心の隅でそう分析する自分がいた。
考えなしだ、と周りから言われるけれど、これだけ長い間子供扱いされて、いいように扱われてきた。中には優しい顔で近づいてきて、平気で駒として扱う者もごまんといた。
親を亡くして、望まぬ世界へと追いやられた子供に優しくほほえみかければ、簡単に利用できる、そう考えるのは本当にうんざりするぐらいいて、本当にうんざりするぐらい泣かされてきたんだ。
だから、本当はこの一連が僕を引き込むための茶番だとしても、僕は驚かない。
しらける気持ちのまま、僕は、この親子を放置して、踵を返したんだけど・・・
「ま、待って!」
背中に向けて、弱々しい制止。まだ涙声で、千暮が言う。
「僕は本当に飛鳥のこと・・・」
いつの間にか俺から僕に一人称が変わっているのは、心境の変化か。
それとも、それこそが仕込まれたもの?
「言う。全部言う。何でも知りたいことがあったら言うから。」
「じゃあ、1つだけ。あの魔法陣はどこで手に入れて、何であんなところで使おうとしたんだ?」
僕は、だから、振り返って、そう聞いたんだ。
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