上 下
1 / 4

1.それは偶然という名の仕組まれた出来事

しおりを挟む
 それは、逃げてきた図書館での出来事だった。
 面倒くさい争いに巻き込まれ、それに辟易して逃げてきたそこで、頭上から落ちてきた本を拾ったのが運の尽き。
 これなら、その面倒くさい争いに関わっていた方がましかもしれないと思ってしまうほど。
 
 しかし、起こってしまった偶然をどうにか過去に戻すことも出来ないので、今この現状をひたすら、戦々恐々として過ごす。
 目の前には、背の高い男性が二人。
 片方は、目の前にドアップでいて、もう片方は後ろで腕を組んでいる。

 わたしの背後には本棚があって、顔の横には手があって、これがいわゆる壁ドンか! と感動している暇もないほどの圧力を感じているせいで、感動どころか背筋が凍る。
 それを知ってか知らずか、目の前の超ド級の王子顔のお方は、微笑みながらわたしに凄む。

「これ、中見た? 見たよね? 見たって言ったほうがいいよ?」

 本棚に横に手をつき、もう片方の手で、わたしが拾った本を見せつけながら、尋問してくるので、言葉なくわたしはひたすら首を振って否定、否定、否定。

「へー、僕の目には開いたように見えたんだけどなぁ」

 わたしは再びぶん、ぶん、ぶんと首を振る。

「そうかぁ、ザーレはどう思う?」

 後ろに控える相手に視線を向けると、その相手は目の前のお方とはまた違った美形。
 その彼は呆れたような顔で、ため息をついていた。

「ルイ殿下、お遊びはおやめください。彼女が困っております」
「えぇ!? だってこれは乙女の憧れ壁ドン・・・だよ? 僕は正真正銘の王子様だから、ここは、きゅんと恋に落ちるところだよ?」
「……」

 えーと? 馬鹿王子なのかな? うん、きっとおかしい思考回路なんだな。あー、頭いい人って、頭のねじがどこか吹き飛んでいるってほんとだなぁ。
 なんて現実逃避していると、こちらの考えなどお見通しとでも言うように、輝かしい王子スマイルが一変、腹黒スマイルにジョブチェンジした。

「あーあ、悲しいなぁ。君、ちっとも動揺しないし、楽しくないよ。いいかい? ここは恥ずかしがって、『わたし、本当に見ていないんです。許してください、殿下』って言うところだよ」

 滔々と語る目の前の御仁を止めてほしくて、後ろで呆れて声もかけることを諦めている美形に助けを求めると、視線がばっちりあった瞬間諦めろと頷かれた。

 ええぇぇえ!!? 助けてよ! 紳士らしく助けようよ!

 と必死で訴えると、微笑まれた。
 その意味は――

 がんばれ!

 と。

 助けてくれる気は一切ないような男に、わたしは殺意を覚えつつ、なんとかおかしい事を語っている男を止めるべく、声をかけた。

「す、すみません! ルイ第二皇子殿下!! 実はわたしそれを見てしまいました! それと、わたしはそんなベタな展開は好みじゃなくて、この本みたいにさりげない純愛が好みなんです!!」

 自分でも何を言っているのか意味不明。
 だけど、この大国アーシェの第二皇子殿下であり、わたしの目の前で楽しく勝手な妄想を繰り返していた人物は、いきなりぱぁっと本気の輝きでわたしに笑いかけた。

 くっ、まぶしい! 
 地味女には、その輝きが息苦しい。
 
「君! 分かってるね!? 僕もだよ。でも、僕はベタな展開もすごく好きでね、ちなみにこの作者のシリーズは全部持っているんだよ! いや、今までこんな話の出来る友達・・いなかったからうれしいよ! ミリア!」

 わたしはぎょっとしてルイ皇子殿下を見上げた。
 なぜわたしの名前を知っているのかと。

 彼は、わたしの疑問をあっさりと解明してくれた。

「学院生の顔と名前くらい覚えるのが当然だよ。これくらい普通できるでしょ?」

 うん、化け物です。
 普通できませんとも。なにせ、この学院は世界各国から学生を受け入れていて千人は超すんですから。

 これで分かった。
 天才はおかしな人間が多いのだと。

 そして、ちょっと皇子殿下、後ろもみようか?
 あなたの側近がそっと目を伏せていますよ?

「ねぇ、ザーレ。これはぜひとも僕の部屋に招待しないといけないと思わない?」
「そうですね、それがよろしいかと思います。ぜひ存分・・に親交を深めることをお勧めします」
「やっぱりね! 分かってるなぁ。ザーレは話相手には不向きだからね」

 人身御供にしやがったその男は、再びわたしに笑みを向けてきた。
 皇子様のお相手をよろしくなと――……。

 くそぉ!
 
 そもそも、なんでわたしはこのタイミングで図書館に来てしまったんだろうと思い返すも、頭を抱えたくなる。

「じゃあ、行こうか! いいお茶を準備するから。この本の事は流石に大っぴら・・・・に言えないから、同志ができるのはうれしいぁ!」

 その瞬間、わたしは悟った。
 あ、これ初めから仕組まれていたのだと。

 図書館に来たのは偶然だ。
 でも、この広い図書館の中でこの場所に来たのは偶然じゃない。

 そして、頭上から本が落ちてきたことも偶然じゃないのだ。
 この皇子様が大っぴらに言えない本を持ち込んで、うっかり落とす偶然を考えればほとんどゼロに近いのだから。

「同志、ミリア! ぜひ語り合おう! 僕たちの好きな物を。そして、友情を確かめ合って、深め合おうじゃないか!」
「ちょ! 助けてください!! ザーレ・ルドベキスキー様!」

 ぐいっと肩を押され、無理矢理連れ出されそうになるわたしは、今度こそ助けを求めて声を張り上げた。
 しかし、彼は無情だった。

「私も側にいるので、安心しろ」

 全く安心できないんですけどぉ!?

 わたしの絶叫は誰にも届くことなく、心の中で響きだけだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わけあって、変人ストーカーと結婚することになりました

小倉みち
恋愛
 伯爵令嬢アリエッタの目下の悩みは、とある男につきまとわれていることだった。  彼の名前は、ラリー・モーガン。  公爵である。  麗しい容姿を持つ彼は、異常なまでに人嫌いだった。  そんな彼に、アリエッタはひょんなことからストーカー行為を受けるようになってしまったのだ。  害のあるストーカーではないが、1日中彼女の後ろについて回ったり、毎日毎日薔薇の花を送ってきたり。  ともかく、鬱陶しいほど視界に現れてくる。  そんなある日、彼女は婚約者である第一王子から、パーティ会場で婚約破棄を言い渡された。  青天の霹靂である。  彼は自分の恋人と結ばれるため、長年彼を慕っていたアリエッタをあっさりと捨てたのだ。  人々の目の前で、「傷物」だと侮辱される彼女。  しかし、その瞬間――。  彼女を庇うように立ちはだかったモーガン公爵は、こう言い放った。 「つまり、彼女は私がいただいても良いということですね?」 「――ということですので。アリエッタ嬢、私と結婚してください」  かくして、アリエッタは自分をストーカーしていた変人と成り行きで結婚することになってしまった。

【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。 そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。 毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。 もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。 気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。 果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは? 意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。 とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。 小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。

氷の姫は戦場の悪魔に恋をする。

米田薫
恋愛
皇女エマはその美しさと誰にもなびかない性格で「氷の姫」として恐れられていた。そんなエマに異母兄のニカはある命令を下す。それは戦場の悪魔として恐れられる天才将軍ゼンの世話係をしろというものである。そしてエマとゼンは互いの生き方に共感し次第に恋に落ちていくのだった。 孤高だが実は激情を秘めているエマと圧倒的な才能の裏に繊細さを隠すゼンとの甘々な恋物語です。一日2章ずつ更新していく予定です。

人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています

ぺきぺき
恋愛
初代国王と7人の偉大な魔法使いによって建国されたルクレツェン国。そこには世界に誇る有名なルクレツェン魔法学園があった。 非魔法族の親から生まれたノエルはワクワクしながら魔法学園に入学したが、そこは貴族と獣人がバチバチしながら平民を見下す古い風習や差別が今も消えない場所だった。 ヒロインのノエルがぷんすかしながら、いじめを解決しようとしたり、新しい流行を学園に取り入れようとしたり、自分の夢を追いかけたり、恋愛したりする話。 ーーーー 7章構成、最終話まで執筆済み 章ごとに異なる主人公がヒロインにたらされます ヒロイン視点は第7章にて 作者の別作品『わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました』の隣の国のお話です。

断罪されそうになった侯爵令嬢、頭のおかしい友人のおかげで冤罪だと証明されるが二重の意味で周囲から同情される。

あの時削ぎ落とした欲
恋愛
学園の卒業パーティで婚約者のお気に入りを苛めたと身に覚えの無いことで断罪されかける侯爵令嬢エリス。 その断罪劇に乱入してきたのはエリスの友人である男爵令嬢ニナだった。彼女の片手には骨付き肉が握られていた。

婚約破棄された私は、年上のイケメンに溺愛されて幸せに暮らしています。

ほったげな
恋愛
友人に婚約者を奪われた私。その後、イケメンで、年上の侯爵令息に出会った。そして、彼に溺愛され求婚されて…。

プロポーズされたと思ったら、翌日には結婚式をすることになりました。

ほったげな
恋愛
パーティーで出会ったレイフ様と親しくなった私。ある日、レイフ様にプロポーズされ、その翌日には結婚式を行うことに。幸せな結婚生活を送っているものの、レイフ様の姉に嫌がらせをされて?!

婚約者に裏切られた女騎士は皇帝の側妃になれと命じられた

ミカン♬
恋愛
小国クライン国に帝国から<妖精姫>と名高いマリエッタ王女を側妃として差し出すよう命令が来た。 マリエッタ王女の侍女兼護衛のミーティアは嘆く王女の監視を命ぜられるが、ある日王女は失踪してしまった。 義兄と婚約者に裏切られたと知ったミーティアに「マリエッタとして帝国に嫁ぐように」と国王に命じられた。母を人質にされて仕方なく受け入れたミーティアを帝国のベルクール第二皇子が迎えに来た。 二人の出会いが帝国の運命を変えていく。 ふわっとした世界観です。サクッと終わります。他サイトにも投稿。完結後にリカルドとベルクールの閑話を入れました、宜しくお願いします。 2024/01/19 閑話リカルド少し加筆しました。

処理中です...