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一章:自信のない貴族男性

3.家政ギルド員の仕事

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 シルヴィアは、机を回り、バンフォードの手に掛かっていたお茶を拭いてやる。
 縦も横も大きなバンフォードは手まで大きく、シルヴィアの手が二つ入りそうなくらいだ。

「あ、あああ、ありがとうございます……」

 心底、恐縮したような声音で、バンフォードが礼を言うと、シルヴィアは微笑む。

「大丈夫です。子供はよく零すので慣れてます」
「こ、こここ、子供……」

 ずんと落ち込むバンフォードに、子供はまずかったかとシルヴィアは反省した。
 大の大人が子供扱いは嫌よね、と頭を下げた。

「申し訳ございません。バンフォード様を貶めるために言ったのではなく……」
「わ、わわわ、分かっています。ぼ、ぼぼぼ、僕は頼りないですから……」

 確かに頼りがいがあるとは言いにくい。
 自信なさそうに背を丸めている姿もそうだし、身を縮めて存在を消そうとしている事もそうだ。
 それでも、一応自分の力で稼いでいるのだから、子供ではない。

 世の男性貴族の中には親のすねをかじって生きている人もいるのだから、立派だと言える。

「わたしは、ご自身で稼いで立派に自活しているバンフォード様はしっかりしていらっしゃると思います」

 本音では、とりあえず努力しているのは認めるが、自活できているかどうかは謎だったが。

「それに、相手を思いやる気持ちがあるのは素晴らしいと思いますよ。世の中冷たい人も多いですから」

 都会に行くにつれて、人を助ける気持ちがなくなっていく――そう言っていたのは、家政婦として派遣された先の田舎出身の女性だ。

 そういう人ばかりではないが、事実都会の人は冷たいと感じる人は多いらしい。

「あ、あああ、ありがとうございます……」

 今度は照れている。感情豊かな人で、可愛いと素直に口に出しそうだったが、今度は口にしなかった。男が可愛いと言われてもうれしくないだろうなと思って。

 人に感謝できる気持ちだって、持ち得ていない人はいくらでもいる。
 やってもらって当たり前と感じる人のなんと多い事か。確かに、シルヴィアは家政ギルドに所属するギルド員で、雇われている立場だ。お金を払っているのだからやってもらって当たり前と思われても仕方がない。対価としてきちんとした労働を望む気持ちも分かる。

 だが、やはりお礼を言われると気持ちがいいし、またこの家に来たいと思う。

 逆に、やってもらって当たり前と感じている人の家は必ず何か問題があったりして、二度と行きたくないと感じるギルド員も多かったりする。

「ところで、バンフォード様。立ち入り禁止の部屋とかはあるでしょうか?」
「そ、そそそ、その。ぼ、ぼぼぼ、僕の部屋はいいです。あ、あああ、あと薬草園も……」
「分かりました。薬草はバンフォード様が管理されているんですか?」
「は、ははは、はい」
「すごいですね。薬草を育てるってとても大変だと伺いました。どれほどの手間暇があるのか想像もつきません。わたしは家庭菜園を手伝っただけですが、大変でした、ええとてもね……」

 家政ギルドは、基本三コースを行う事を主体としたギルドだ。
 もしそれ以上を望むのなら、別料金になる。

 しかし、時々話の通じない雇い主はいるのだ。

 あれは、少し大きな商会の家に行ったとき。
 そこはすでに使用人を幾人か雇っていたが、シルヴィアが行ったとき担当させられたのが、家庭菜園だった。
 
 なんでも、主人自身がハマっていたらしい。

 自分がハマっているのなら全部自分で世話すればいいのに、面倒な水やりや肥料やり、それに雑草抜きは全て使用人まかせ。

 そして、その時は真夏だった。
 雑草が一日で良く伸びる。
 シルヴィアに命じられたのは、ただの雑草抜き。しかも、かなり範囲が広く、それを一人でやるには大変な作業だった。

 雇っている使用人よりも、外から一時的に駆り出した使用人の方を辛い仕事に従事させた方が、家の中の使用人からの評価は上がるだろう。
 しかし、さすがに契約外の仕事は今後のギルド員にも迷惑がかかると拒否したら、じゃあ料金を上乗せしてやると上から目線。

 結局、上乗せ料金とともにさらなる仕事を押し付けられた。
 その時は、オリヴィアが対処してくれて二度とあの商家からお呼びがかかることはなかった。

 今思い出してもむかむかする。
 料金上乗せすればいいって問題じゃない。誠意がまったく見えなかったのが問題なのだ。

「だ、だだだ、大丈夫ですか?」

 シルヴィアの不穏な気配を感じ取ったのか、バンフォードが怯えたように口元が引きつっていた。

「はい、大丈夫です。それでは、こちらはわたしが片付けますので、バンフォード様はいつものようにお過ごしください」
「わ、わわわ、わかりました」
「少し掃除もしようと思いますので、うるさかったら言ってください」
「は、ははは、はい」

 応接室でバンフォードと別れてシルヴィアはとりあえずどこで休もうか考えた。

 そういえば、使用人棟はどうなっているのだろと、思い立って見に行く。

 別棟として建てられていることもあるが、この屋敷にはこの母屋以外に建物はない。そのためこういう屋敷では、大体日の当たりの悪い北側に使用人の休む部屋がある。
 珍しい建物だなと思いながら、北側を確認すると使用人が使うだろう、小さな部屋がいくつか続いていた。

 この建物は、中央に中庭があり、ぐるりと一周するような作りになっていた。
 中央の中庭には天井が滑らかな球体を描くガラス張りの建物。目を凝らせば、その中が見えた。そして、バンフォードの大きな身体も。
 どうやら、あの中にも何か育てているようだ。

 もしかしたら、あの中でも薬草を育てているのかもしれない。なにせ、色合いが緑だったので。
 
 シルヴィアは部屋を見て回ったが、本当に使用しているところとそうでないところの差がひどい。

 そもそも、なぜ一人で暮らしているのか、それさえもシルヴィアは知らない。
 主自身がおしゃべりな人もいるが、バンフォードはおしゃべりな人ではない。
 しかも、名前しか名乗らなかったので結局家名は分からなかった。

「まあ、いいわ」

 家名を知っても知らなくても、シルヴィアのやることは変わらない。
 しかし、階段を下りながらふいにある事に思い至った。

「そういえば、掃除道具ってあるのかしら……」

 とりあえず、探すしかない。

「まずは、着替えたいわ」

 今着ているのは一張羅の外出着。
 古着だったが、汚すなら仕事着の方がいい。

 シルヴィアは応接室に戻り、荷物を持って、部屋の物色を再開したが、結局部屋を厨房奥の小部屋に決めて、シルヴィアは着替えた。
 掃除道具は裏庭の倉庫などにあったりする。

 一応見てみるかと、外に出ると、今度は表の薬草園のそばにバンフォードが座っていた。

 遠目にも彼が薬草を大事に扱っていることが分かる。
 好きな事があるのはいい事だ。

 シルヴィアは、その姿を眺めた後、一つ頷き仕事に取り掛かった。
 

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