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その日、アリーシアは困惑した顔でローレンツを見ていた。
アリーシアの困惑顔の理由を変わっているであろう、ローレンツは何か言いたそうな顔を無視して、話を進めている。
話を進めているのは、いわゆるデザイナーと言う職業の女性だ。
付き従うのは、そのデザイナーの雇っているお針子や商人。
そして、楽しそうにしているのは侍女のアリス。
「シア様はどれがいいですか? わたしはこれが似合うと思うんです! シア様の瞳の色とそっくりでとても綺麗な布地です」
「こちらも、素晴らしくお似合いになると思います。こちらは隣国でも希少な毛から生産された布で……」
「手触りはいいな。ただ、もう少し色味があったほうがいい」
「でしたらこちらなどいかがでしょうか?」
「ふむ……いいな。これにしようか。いや、俺が決めても仕方がない。本人に好みというものもある」
「そうですね! シア様はどうですか?」
「え、えぇ……あの、そもそもこれはどういうことなのでしょうか?」
そこでローレンツとアリスの主従の視線が交ざりあう。
お互い言っていなかったのかという顔だ。
似たもの主従で結構だが、説明してほしいところだった。
「いやですわ! 男性が女性に服を贈るなど、一つしか考えられないではございませんか!」
「ぐっ!」
主従が何も発言しないのを見て、招かれたデザイナーが口を挟む。
普通客の手前、発言は控えるものだが、もうこの邸宅内でのローレンツと使用人との距離感になれたアリーシアは特別不思議に思う事もなくなった。
「いや、違う! 誤解するな!」
「何をおっしゃっているんですか! わたくしとローレンツ様の仲ではございませんか! わたくしはとてもうれしいのですよ? ふらふらしているあなたがこうして女性にドレスをプレゼントするとは――……まるで母の様に姉のように見守ってきたかいがありましたわ!」
「だから、違うと――」
「お嬢様! ローレンツ様は口下手なところがありますが、甲斐性はありますよ! お金持ちだし、この度爵位も賜りまして、将来性抜群! しかもとてもお顔は整っておいでです。朴念仁ですが、どうかお見捨てにならないであげて下さいませ」
「は、はぁ……」
なんだか良く分からないが、何か勘違いさせてしまっているようだ。
アリーシアはなんと言っていいのか分からず困ったように微笑み、曖昧な返事を返した。
「もういいから、出て行ってくれ! 明日までには決めておくから!」
「ええ、ええ、もちろんですとも! お二人の仲を深めるのにわたくしどもはお邪魔でしょうから。さあ、片付けますわよ」
ぱんぱんと手を叩き、付き人や商人に商品を片付けさせると、デザイナーの女性はさっさと出て行く。
切り替えが早く、アリーシアはこの一連の騒動についていけていなかった。
「お茶のご準備をしてきます」
アリスが部屋を出て行く。
部屋にあふれんばかりの布地が引き上げられると、アリーシアは何もしていないのに疲れて背もたれに寄りかかる。
本当に、どういうことなのか説明が欲しい。
「大丈夫か? ローラは昔馴染みで人の話を聞かないところがあるが、この王都では人気のデザイナーなんだ。ドレスを仕立てるのには、一番ふさわしい」
「あの、なぜ突然ドレスなんかを……もうすでにいくつか貸していただいております。わたくしにはそれで充分です」
「あれは、既製品でとりあえずの間に合わせだ。いいか、女性のドレスは戦闘服だ。戦いに挑むのに、しっかりと準備しなければ、相手に負ける」
つまり、裁判になったとき、きちんとした格好をしなければ、それこそ餌食になるとローレンツは言っていた。
アリーシアとしては、むしろ華美な装いこそふさわしくないと思っていたが、ローレンツは反対意見らしい。
「きっと上級貴族がこぞって見に来る。戦うべき君がみじめな恰好をすれば、上級貴族の奥方として初めからふさわしくは無かったと揚げ足を取られる。心証が悪くなれば、流れが一気に変わる」
おそらく味方はほぼいない。
だからこその服なのだとローレンツが言う。
「華美に着飾る必要性はない。しかし、見る人が見ればわかる超一流のドレスを身にまとえば、勇気がわく。装備品とはそういうものだ」
ローレンツの理論は良く分からないが、なんとなく分かる気もする。
それに、全てをまかせているローレンツが必要と考えているのなら、きっと必要なのだ。
「でも、裁判の時に必要なら一着でいいんですよね?」
「駄目だ。もし一回の公判で終わらなかったら? それに大神官に事前に会うこともある。最低三着は必要だ! それに普段使いに出来るものもこの際作ったほうがいいだろう。ああもちろん、装飾品の手配もしておく」
「ローレンツ様! さすがにそこまでは――!」
「いや、これは俺の復讐の一貫でもある。遠慮されては逆に困る。俺に悪いと思うのなら、俺に利用されていろ。いいな? 分かったところで、明日までにデザインと布地を決めなければ。時間がないから、大変だろうが選んでくれ」
「……わかりました。でしたら三着は、ローレンツ様のために作ろうと思います……」
押し付けられた商品サンプルの布地に少しだけため息が出た。
良く分からないローレンツの勢いに、止めることは無理そうだった。
買い物は女性の方が好きで、それに付きあう男性はつまらなそうに早く終わらないかという雰囲気を出すのが普通なのに、明らかに嬉々として選んでいるのはローレンツの方だ。
好きな色や好きなレース飾りなど、事細かにローレンツに聞かれ、アリーシアはそれに答える。
忙しいはずのローレンツは、なぜか一から十までアリーシアのドレス選びに付き合いたいようだ。
遠慮されると思っているのかもしれない。
実際、アリーシア一人だったら、地味な安い生地を選びそうだ。
しかし、アリーシアもやはり女だ。
婚家ではこんな風にドレスを作ってもらう事は無かったが、生家では何度かある。
そういう時は、やはりうれしくなった。
それが義務であっても。
「あと、これもいいと思うがどう思う?」
三着といいながらも、ローレンツはそれ以上を頼みそうで、アリーシアはどう止めればいいのか、少し悩むことになった。
アリーシアの困惑顔の理由を変わっているであろう、ローレンツは何か言いたそうな顔を無視して、話を進めている。
話を進めているのは、いわゆるデザイナーと言う職業の女性だ。
付き従うのは、そのデザイナーの雇っているお針子や商人。
そして、楽しそうにしているのは侍女のアリス。
「シア様はどれがいいですか? わたしはこれが似合うと思うんです! シア様の瞳の色とそっくりでとても綺麗な布地です」
「こちらも、素晴らしくお似合いになると思います。こちらは隣国でも希少な毛から生産された布で……」
「手触りはいいな。ただ、もう少し色味があったほうがいい」
「でしたらこちらなどいかがでしょうか?」
「ふむ……いいな。これにしようか。いや、俺が決めても仕方がない。本人に好みというものもある」
「そうですね! シア様はどうですか?」
「え、えぇ……あの、そもそもこれはどういうことなのでしょうか?」
そこでローレンツとアリスの主従の視線が交ざりあう。
お互い言っていなかったのかという顔だ。
似たもの主従で結構だが、説明してほしいところだった。
「いやですわ! 男性が女性に服を贈るなど、一つしか考えられないではございませんか!」
「ぐっ!」
主従が何も発言しないのを見て、招かれたデザイナーが口を挟む。
普通客の手前、発言は控えるものだが、もうこの邸宅内でのローレンツと使用人との距離感になれたアリーシアは特別不思議に思う事もなくなった。
「いや、違う! 誤解するな!」
「何をおっしゃっているんですか! わたくしとローレンツ様の仲ではございませんか! わたくしはとてもうれしいのですよ? ふらふらしているあなたがこうして女性にドレスをプレゼントするとは――……まるで母の様に姉のように見守ってきたかいがありましたわ!」
「だから、違うと――」
「お嬢様! ローレンツ様は口下手なところがありますが、甲斐性はありますよ! お金持ちだし、この度爵位も賜りまして、将来性抜群! しかもとてもお顔は整っておいでです。朴念仁ですが、どうかお見捨てにならないであげて下さいませ」
「は、はぁ……」
なんだか良く分からないが、何か勘違いさせてしまっているようだ。
アリーシアはなんと言っていいのか分からず困ったように微笑み、曖昧な返事を返した。
「もういいから、出て行ってくれ! 明日までには決めておくから!」
「ええ、ええ、もちろんですとも! お二人の仲を深めるのにわたくしどもはお邪魔でしょうから。さあ、片付けますわよ」
ぱんぱんと手を叩き、付き人や商人に商品を片付けさせると、デザイナーの女性はさっさと出て行く。
切り替えが早く、アリーシアはこの一連の騒動についていけていなかった。
「お茶のご準備をしてきます」
アリスが部屋を出て行く。
部屋にあふれんばかりの布地が引き上げられると、アリーシアは何もしていないのに疲れて背もたれに寄りかかる。
本当に、どういうことなのか説明が欲しい。
「大丈夫か? ローラは昔馴染みで人の話を聞かないところがあるが、この王都では人気のデザイナーなんだ。ドレスを仕立てるのには、一番ふさわしい」
「あの、なぜ突然ドレスなんかを……もうすでにいくつか貸していただいております。わたくしにはそれで充分です」
「あれは、既製品でとりあえずの間に合わせだ。いいか、女性のドレスは戦闘服だ。戦いに挑むのに、しっかりと準備しなければ、相手に負ける」
つまり、裁判になったとき、きちんとした格好をしなければ、それこそ餌食になるとローレンツは言っていた。
アリーシアとしては、むしろ華美な装いこそふさわしくないと思っていたが、ローレンツは反対意見らしい。
「きっと上級貴族がこぞって見に来る。戦うべき君がみじめな恰好をすれば、上級貴族の奥方として初めからふさわしくは無かったと揚げ足を取られる。心証が悪くなれば、流れが一気に変わる」
おそらく味方はほぼいない。
だからこその服なのだとローレンツが言う。
「華美に着飾る必要性はない。しかし、見る人が見ればわかる超一流のドレスを身にまとえば、勇気がわく。装備品とはそういうものだ」
ローレンツの理論は良く分からないが、なんとなく分かる気もする。
それに、全てをまかせているローレンツが必要と考えているのなら、きっと必要なのだ。
「でも、裁判の時に必要なら一着でいいんですよね?」
「駄目だ。もし一回の公判で終わらなかったら? それに大神官に事前に会うこともある。最低三着は必要だ! それに普段使いに出来るものもこの際作ったほうがいいだろう。ああもちろん、装飾品の手配もしておく」
「ローレンツ様! さすがにそこまでは――!」
「いや、これは俺の復讐の一貫でもある。遠慮されては逆に困る。俺に悪いと思うのなら、俺に利用されていろ。いいな? 分かったところで、明日までにデザインと布地を決めなければ。時間がないから、大変だろうが選んでくれ」
「……わかりました。でしたら三着は、ローレンツ様のために作ろうと思います……」
押し付けられた商品サンプルの布地に少しだけため息が出た。
良く分からないローレンツの勢いに、止めることは無理そうだった。
買い物は女性の方が好きで、それに付きあう男性はつまらなそうに早く終わらないかという雰囲気を出すのが普通なのに、明らかに嬉々として選んでいるのはローレンツの方だ。
好きな色や好きなレース飾りなど、事細かにローレンツに聞かれ、アリーシアはそれに答える。
忙しいはずのローレンツは、なぜか一から十までアリーシアのドレス選びに付き合いたいようだ。
遠慮されると思っているのかもしれない。
実際、アリーシア一人だったら、地味な安い生地を選びそうだ。
しかし、アリーシアもやはり女だ。
婚家ではこんな風にドレスを作ってもらう事は無かったが、生家では何度かある。
そういう時は、やはりうれしくなった。
それが義務であっても。
「あと、これもいいと思うがどう思う?」
三着といいながらも、ローレンツはそれ以上を頼みそうで、アリーシアはどう止めればいいのか、少し悩むことになった。
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