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「どうやら、自分の誤診のようでした……。しばらくは絶対安静でお願いします」

 一体どうなっているのかアリーシアには良く分からなかった。
 あの日、ローレンツがアリーシアに言ったことを発端に、様々なことが覆された。

 だいぶ良くなってきていると言った医師の言葉が覆され、アリスもアンドレもローレンツの言葉に従いアリーシアを監禁同然に部屋に押しとどめた。
 何が何やら分からないまま、それでもローレンツは毎日アリーシアを訪ねてきて、その話をしようとすると、するりと交わされるかもしくは時間がないと言って席を立つ。
 そして今も、忙しいと言いながら適当な言い訳で席を立った。

 周りの人間は事情を分かっているようだが、決してアリーシアには情報を与えてくれなかった。
 
 もちろん、アリーシアへの扱いは変わらない。
 客人として大事に扱われている。

 食事だってきちんと三食出されるし、暇つぶしの本なども与えられる。
 ただし、外の情報に直結するようなものは何一つ与えられなかった。

 さすがにこの状態にアリーシアの方が参ってくる。
 毎日毎日、身体が動かないのならまだ仕方がないと諦めがつくが、すでに歩けてそれなりに日常生活も送れるようになっていた。
 そんな状態だったのに、いきなり誤診とは。
 自分の身体の事は自分が一番分かっているつもりだ。

「アリス……申し訳ないけど、アンドレを呼んできてほしいのだけど……」

 普段アリーシアからはアンドレを呼び出すことはない。
 そんなアリーシアがアンドレを呼ぶのだから何かあるとすぐにアリスは感じたが、アリーシアの本気も感じ取ったのか、何も言わずにすぐに部屋を出た。

 時間をおかずに、すぐにアンドレがアリーシアの部屋にやってきた。
 おかしなことに、なんとローレンツ付きで。

「……ローレンツ様はお忙しいと言って先ほど部屋を出て行かれたと記憶しておりますが?」
「忙しい? 確かにお忙しいかもしれません。色々裏工作が」

 最後のアンドレの言葉はつぶやくような声で、よく聞き取れなかった。

「ところで、私をお呼びとの事でしたが、私は少々忙しいのでぜひ旦那様に用事をいいつけてやってください。もちろん、話し相手でもなんでも。ああ、忙しいでしたか? 大丈夫です。旦那様が一人抜けたところでどうにかなるようなことは何一つありませんので。ですよね?」

 脅すような勢いで、アンドレがローレンツに迫る。
 その迫力に、圧倒的に体格で勝っていようとローレンツの方が押し負けた。

「い、いや……私も――……」
「さて、アリス。仕事は山積みです。手伝ってください」
「はい、かしこまりました!」

 この空気の中にいたくないのか、即座にアリスはアンドレの手伝いを了承した。
 そして、アンドレがアリスを連れて部屋を出ていくと、どこか気まずそうにしながらも、先ほどまで座っていた椅子にローレンツは再び腰を下ろす。

 いきなり、本題となる人物が目の前にいて、アリーシアは一瞬戸惑うも、アンドレはアリーシアが聞きたがっていることを正確に理解し、そして自分ではなく本人に聞けと言わんばかりに主人を連行しきた。

 いつも逃げられていたが、どうやら今回は逃げられないローレンツは、軽く息を吐き、アリーシアに向かいいすまいを正した。

「……こちらが悪かった事は分かってはいる。だが、世間の噂話は怪我を負っている君には負担になると思い、わざと話していなかった。そこは、本当だ」

 アリーシアは頷いた。
 おそらくそれは本当なのだろうと思う。
 それほどひどい話なのかもしれないとも。

「しかし、確かにいつまでも隠しておけることではない……不愉快かも知れないが、話しておこうと思う。俺の事も、これからの事も」
「わたくしも、きちんとお話ししたいのです。わたくしの事も、今までの事も」
「そうだな……お互いきちんと知らねばなるまい」

 きっとアリーシアの話よりもローレンツの方が色々隠している。
 でも、それもきっとアリーシアのためなのだとどこかで分かっていた。

「そうだな……まずは俺の出自について少し詳しく話したいと思う。シア、君は俺の事をどこまで聞いた?」

 はじめにローレンツが自己紹介したときに、元平民で伯爵。そして侯爵へとなる人。
 それ以外は、基本的にはアリスが話してくれた。
 傭兵で、戦争に多大な貢献をした人。
 市民の間では英雄とも呼ばれているという事。
 なんでも、王太子殿下の命を救って、敵将軍の首をとったとか、とにかくすごい人なのだと知った。

 それはアリーシアが話すと、どこか気恥ずかしそうにしていたが、おおむねただしいようだ。

「アリスからの情報だとその程度だろう。まあ、町に出ればそれくらいすぐに情報が入ってくる。これから話すことは、君にとっても不愉快だと思う、聞きたくなければ、聞かない方がいいが、これを話さないことにはすべてを話すことができないんだ。それが俺の行動理由だから」

 それほど重大な事をアリーシアに話していいのか心配になる。

「できれば、ずっと話したくはなかった。これを聞いたら、シア、君は俺を憎むかもしれないから」
「もしかして、実家か婚家にゆかりの方?」

 アリーシアに関わりがあって、アリーシアが憎しみの感情を持つとなるとこの二つしか思い浮かばない。
 ローレンツは力なく頷く。

「まあ、そうとも言える……俺は、君の婚家である伯爵家の執事、ローデンの息子なんだよ」

 アリーシアは瞬間身体が固まった。
 
「ロー……デン?」
 
 思いがけない告白に、途切れ途切れでローデンの名をつぶやく。

「そうだ、まぎれもなく奴の血を引いている」

 ローレンツは苦々しく吐き捨てた。
 まるで、その血が汚らわしいとでも言わんばかりに。

 そして、ローレンツはそのまま自分の過去を語り出した。



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