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21.ローデンサイド

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 ヘンリーが平民に躾をするのは初めてではない。
 その時は何があってもいい様にそばにはローデンが控えていることが多かった。

 それをヘンリーは分かっている。
 だからこそ、何か不愉快なことがあればすぐにローデンを呼んで対処させていた。
 何から何まで、ヘンリーのする事の後始末をするのはローデンの役割で、それをローデンは心から喜んでいる。

 だからこそ、ヘンリーが楽しんでいる時に乱入してくるのは許しがたいことだ。

「ローデン、ヘンリー様がいるのでしょう? すぐに連れてきなさい」

 それに眉を寄せた。
 まるで女主人のようにローデンに命令を下す。
 しかし、ローデンが動くのはヘンリーのためだけだ。

「申し訳ありませんが、出来かねます。あなた様もすぐにここを出なければどうなるか分かりませんよ」
「なんと言ったの!? あなた、わたくしを脅したのかしら!? 使用人の分際で!! ヘンリー様に言いつけてやるわ!」

 癇癪を起し、騒ぎ立てるマリアに、ローデンは怒りがわく。

――全く、これだから教育のなっていない貴族もどきは困るのだ。

 そう思いながらも、一応今はヘンリーが女主人待遇を命じているのだから、仕方なく丁寧に扱う。
 なにせ、彼女の腹の中にはヘンリーの子供がいるのだ。
 マリア自身はどうでもいいが、子供はローデンにとって宝も同然。
 しかし、それでも譲れないことはある。

 最悪、子供を失ってもすぐにヘンリーほどの器量ならすばらしい良家の娘を嫁に迎えられると思っている。
 金さえあれば、ヘンリーに欠点などないのだ。
 そう、ローデンが育て上げたヘンリーは完璧な存在。

「マリア様、あなた様のために申し上げております。ヘンリー様は仕事・・について女性の助言を聞きたくはないのですよ。ヘンリー様に気づかれる前に立ち去るのがよろしかと」
「なんですって!? わたくしを追い出すというの!? しかも仕事ですって? 馬鹿にしているの!?」
「いいえ、馬鹿にしてはおりません。事実、これはヘンリー様が当主自ら使用人を躾けているのです。マリア様の負担を減らしていらっしゃるのですよ? それともどんな風に躾けているか、気になりますか?」

 ヘンリーが自らの手で使用人を躾けるなど、本当に素晴らしいことだ。
 この名誉を誇れない平民が多すぎるのが困ったものだが。

「ええ、気になるわね。とっても。邸宅内では、浮気しているって下女が笑っていたわよ? それこそがなっていないんじゃないの?」

 最近は質の良い使用人を手に入れるのも大変だ。
 でも、のさばらせておけばいざというときに役に立つ。
 
 平民など、貴族・・の機嫌一つでどうにでも出来る。

「それは申し訳ありませんでした。もう二度とその下女はお目にかかることはないでしょう」

 ローデンはマリアにきっぱりと言った。
 邸宅内でヘンリーをくだらない下劣な噂のまとにしている下女など、この邸宅には必要ない。
 罰を与えはするが、慈悲深く命くらいは助けてやろうとローデンは決めた。

「ところで、ヘンリー様の仕事風景くらい見れるんでしょう? こっそり見て、浮気じゃないのならいいわ」

 頭の悪い女も困る。
 仕事だと説明しても納得できないとは……。

 まあいいかとローデンは少し考えて結論付ける。
 この女がどう思おうと、ヘンリーの事を本当に理解できるのが自分だけだから問題はない。
 ヘンリーの仕事が許せないというのなら、さっさと出て行けばいいのだ。

「こちらから覗けます」

 ローデンは、マリアをヘンリーの仕事部屋となっている部屋の隣に案内する。
 そこには壁に小さな穴が開いていた。

「悪趣味ね」

 マリアが見下すようにローデンに言う。
 しかし、これは必要な措置だ。

 平民の中にはヘンリーを害そうとする者もいる。
 それを防ぐために、ローデンは監視をしなければいけない。

「どうぞ」

 マリアはそっとその除き見から壁向こうを見る。
 今頃、ヘンリーがしっかりと仕事をしているはずだ。

 先ほど見た時はすでに三人目の躾に入っていた。
 一人目は、泣き喚きヘンリーが殴って黙らせ、二人目はヘンリーの命令に従わず、ローデンが無理矢理従わせた。
 三人目はそれなりに順調らしい。
 ヘンリーも興が乗っているのか、暴力的な言葉を吐いていた。
 さて、今壁の向こうはどうなっているのか。

 マリアがすぐにギリっと唇をかみしめているのが見えた。

「何……あれは、何!?」
「お静かに。壁が厚くとも、聞こえてしまいます。そうなれば仕事を邪魔されたと、きっと気分を害すでしょう」
「何よ! あれが仕事? 馬鹿にしてるの!? 下賤な平民の身体を貪っているじゃない!! これは浮気よ!」

 ローデンはため息を吐いた。
 浮気ではないと何度も言っているのに、理解する気はないようだった。

「マリア様、あそこにいるのはヘンリー様に仕える使用人ですよ。その使用人を伯爵家流に躾けているのです。普段は私の仕事ですが、大変ありがたいことにたまに手伝ってくれることもあるのです。躾が上手くいかなかったら、貴族侮辱罪で奴隷にいたしますので問題ありません」
「な、なにを言っているの?」
「おや、不思議ではなかったのですか? 伯爵家の収入が。基本的には、ヘンリー様に粗相した平民の奴隷財産ですよ。もしかしてご存知なかったのでしょうか? ああ、大丈夫です。問題になる事はありませんよ。むしろ貴族を侮辱したのに生きて奴隷として雇用を紹介してやっているだけ我が伯爵家は良心的です」

 信じられないようにマリアはこちらを見ているが、ほかの貴族だって似たようなことはやっている。
 それこそ、気に食わなければ手打ちになる事も少なくない。
 内々で処理されるから分かっていないだけだ。

 上級貴族の血を引いているとはいえ、やはり平民のような劣った血が入っていると、上級貴族の在り方が分からないようだ。
 だったら黙っていてほしい。

 ヘンリーがせっかく情けを与えてやったのだから、大人しくしていればいいものを。

「マリア様、このことをヘンリー様におっしゃるなら、覚悟を決めておいた方がよろしいでしょう。たとえ何かあっても、ご実家は果たして助けてくれるかどうか……」

 マリアの実家では、ひと月前に父親が死んで、マリアを毛嫌いしている長男が跡を継いだ。
 果たして助けてくれるかどうか。
 
 それを指摘すると、怒りの形相でローデンを睨んだ。
 そして何も言わずに踵を返す。
 言い負けて逃げたとも言う。

――やっと行ったか。

 ローデンは、マリアを見送ることもせず、用をすぐに受けられる定位置に戻った。
 中からは、ヘンリーの躾が続けられている。
 一心不乱に躾ける姿に、少し心を痛める。

 今もきっとヘンリーはあの金づるのせいで心労がたたっているはずだ。
 それなのに、こんなにローデンを気遣ってくれるヘンリーの心から感謝もしていた。

――少しでも気がまぎれればいいのだが。とにかく早く見つけなけれなば。

 裏の人間にはそれなりに伝手はある。
 金はかかるが、多少かかっても知らべるしかない。

――少しでもヘンリー様のためになるのなら見逃してやってもよかったが……

 ローデンは、ヘンリーを見守りながら机で手紙を書き始める。
 そして、書き終えた手紙を下男に持っていかせた。



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