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19.ヘンリーサイド

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「まだ見つからないかのか!?」

 ヘンリーは癇癪を起したかのように、ワインのなみなみ注がれたワイングラスを壁に投げる。
 ガシャンと盛大な音を立てながら、砕けたワイングラスが床に落ちても、ヘンリーの気分は優れない。
 傍で見守るローデンは、苦痛に顔を歪ませていた。

「申し訳ありません、ヘンリー様。無能な下男のせいで、ヘンリー様にご迷惑をおかけいたしました。私の失態です」

 頭を下げ謝罪するローデンに、ヘンリーは怒りをぶつけたりはしない。
 ヘンリーは誰よりもローデンの事を信頼しているから。
 だからこそ、ローデンのひいては主であるヘンリーの命令を遂行できなかった無能に苛立つ。

「ローデン、お前が私の理解者のは誰よりも私が分かっている……すべては命令を忠実に遂行できなかった無能なやつらのせいだ。罰を与えねばならん」
「もちろんでございます。すでにその身は奴隷となって、いくばくかの値段にはなりました」

 さすがだなと、ヘンリーはニヤリと笑う。
 ローデンはいつだってヘンリーの願いを先回りでかなえてくれる。
 親よりも親らしくヘンリーのすべてを肯定してくれる存在。

「その金はどうした?」
「もちろん、ヘンリー様が紳士クラブで社交するためのものでございます。いかようにでもお使いください」
「くくく、さすがローデン。良く分かっている。最近は、金が特にかかる。戦争も終わったというのに、困ったものだ。それもこれも、あの女のせいだ」
「さようでございますね。見つけ次第、相応の対応をしなければなりません」
「ああ、あの女の実家に婚家を逃げたて男を咥えこんでいたことを教えてやらねばな。向こうとて世間にしられたくはないはず。なにせ、あの女の妹が侯爵家に嫁ぐのだからな」

 そう、暮らしの趣が変わったのは戦争のせいだ。
 物価が上がり、贅沢品がなかなか手に入らなかった。そのせいで、段々金が目減りした。
 それに加えて、無能な父親が借金を増やした結果、ヘンリーは愛するマリアと結婚もできずに成金の娘と結婚することになったのだ。
 従順であれば、それなりに長く飼ってやったものを、さすがしつけのなってない犬。
 たかだか十億ルイズの支援でさっさと裏切るとは。

 今考えても腸が煮えくり返る。

「もし金が必要な、適当な平民でも売ればいい。あれは高貴な私のような血と違って、勝手に増えて行く。高貴な血のために使われるのだ。大変名誉なことだと思わないか?」

 何気なく答えて、ヘンリーはそれが最も当然なことではないかと思った。
 勝手に増える平民を上級貴族の自分が少しばかり間引いてやっても。

「ええ、ヘンリー様。そうでございます。しかし、躾け・・もしなければなりませんが、そちらも私のほうで手配してもよろしいですか?」

 ローデンはうれしそうに答えた。
 やはりローデンはなんでも分かってくれる。
 だから、普段は手伝うことがないローデンの仕事も多少手伝ってやることにした。
 そうすると、ローデンが心から感動しヘンリーを崇拝の眼差しで見てくれるからだ。

「そうだな……、少しくらいは手伝ってやってもよい。情けを与えてやる価値がある女ならな。最近はマリアの腹もふくれてきたから、なかなか気分がのらん。」
「さようでございますか。でしたら、ヘンリー様の精を受け止められる人間を手配いたしましょう」
「ああ、そうだ。できれば初物・・がいい。あの征服欲はなかなかのものだ。ついでにそいつを奴隷として売れば高く売れそうだな? この私が選んでやったのだから」

 思えば、マリアは初めてだったかと一瞬考えた。
 あの時、確かにマリアは初めてだと言ったし、ぬるりと血も付いていた。
 しかし、普段の初物に比べたら、ずいぶん柔らかくヘンリーを受け入れていたようにも思う。

「なあ、ローデン。初めてでも、感じることはあるか?」
「むしろヘンリー様が相手してやっているのです。自分で解して、受け入れるのが当然でございます。それに女は愛しい男ならば、その身体を簡単に受け入れるとも申します」

 なるほど。
 つまり、やはりマリアとヘンリーは運命の相手なのだ。

 それに、マリアは若干苦しそうではあった。

「マリアはどうしてる?」
「宝石商と出産後のお披露目で使う宝石を見ております」
「ふん、私が仕事をしているのに暢気なものだ。マリアは私の事を理解してくれているが、最近は妊娠したせいか私の事をないがしろにしている気がする」
「妊娠中は、ホルモンのバランスが崩れると聞きますから、しばらくの辛抱かと」
「そもそも、なぜ私が我慢せねばならん? マリアが私に尽くすのが当然だろう?」

 最近なぜかイライラすることが多い。
 それもこれも、あの女のせいだ。
だからこそ、見つけ次第相応の罰を与えねばならない。

「ローデン、あの女が見つかったら私の前に引きずり出せ。最高の恥辱を味わわせてやる」
「かしこまりました」
「女の方も手配しろ、妊娠中のマリアに心労を与えたくないから、知らせるなよ。これだけ気を使ってやってるのだから、マリアは少し私に気を使ってほしいものだ」
「ええ、子供が産まれましたら、ぜひ躾直してやってください。なにせ、マリア様はヘンリー様にお仕えしているのですから。自分が主人の様に思わせてはなりません」

 ローデンのきっぱりしたいい様に、ヘンリーはやはり一番自分を理解し、欲しい言葉をくれるのはローデンなのだと思った。
 ローデンだけは自分を裏切ることはない。
 子供の頃から、それだけは変わることがない信頼だった。



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