16 / 43
16.
しおりを挟む
「驚かせて悪かった。ただ、本当に危ない状態だったのは分かってほしい」
「そうだぜ、お嬢ちゃん。いいから旦那にまかせてゆっくり休みな。怪我を直すにはこれが一番だ……おっと、自己紹介がまだだったな。オレはザック。しがない傭兵団の団長をやってる」
歴戦の猛者のような風格があるので、しがないとは言いながら、きっと有名なのだろう。
ただ、アリーシアは傭兵自体に会うことが初めてだし、話もほとんど聞かないので良く分からない。
「お嬢ちゃん結構痩せてたせいか、体力的にやばかったんだぜ?」
「ザック」
ローレンツがザックを諫めた。
今はまだ詳しく話したくないらしい。
おそらくそれはアリーシアの事を思っての事。
きっとアリーシアを助けてくれたこの人たちは、自分以上にアリーシアの身体の状態を把握しているのだろう。
それに――……
――初めからわたくしを貴族だと認識している……
お互い会うのは初めてで。
しかも、アリーシアは着古した服を着てまるで平民のような出で立ちだったはずだ。
しかも殴られてボロボロで。
そんな状態のアリーシアを貴族だと認識しているという事は、アリーシアがどこの誰なのかは分かっている、そんな気がした。
――帰されるのかしら……
そう思うと身体が再び震えてくる。
帰れば今度こそ殺される。
実家に助けを求めても、きっと婚家に追い返される気がした。
アリーシアには助けを求める先がない。
そんな震える肩を、ローレンツのそっと触れた。
「大丈夫だ、ここにいれば安全だ。少なくとも、君の安全が確保されるまではここから追い出すことはない。これは絶対だ」
きっとアリーシアは今酷い顔をしている。
怯えて、誰かに縋りたくて、全部考えたくなくて……。
その全てを分かっているとでも言うようなローレンツの言葉に、自分のすべてを任せたくなる。
――駄目なのに……きっと、迷惑がかかってそのうちみんな――……
俯くアリーシアに、ローレンツはそっとアリーシアの両手を握る。
節くれだった男の手。その手が小さな自分の手を丸ごと包み込む。
「迷惑ではないから。それに、迷惑をかけるならお互い様だ」
困惑したようにに顔を上げると、ローレンツが至極真面目に言った。
「元平民に仕えたいというような奇特で優秀な使用人は少ないゆえに、至らないことが多々ある。上級貴族でありながら、客一人満足にもてなすことが出来ないし、もしかしたら俺関連で迷惑をかけることになる」
「まあ、旦那の場合、圧倒的に旦那が迷惑かけそうだ。優秀なくせに、いろんなところで敵作ってんだからな」
「うるさい。勝手に敵対するのは向こうだ。無能が文句を言っているだけで――……」
いきなり始まった主従の掛け合いに、アリーシアは茫然と二人を見る。
その視線に気づいたローレンツが若干頬を赤らめながら、ごほんとわざとらしく咳ばらいをした。
「つまり、何も問題はない……という事だ。本当はもう少し話していたいが、そろそろ時間の様だ」
ローレンツの装いはまるで王宮にでも行くような改まった格好だ。
ザックの方も着崩してはいるが、それなりに整った上着を羽織っている。
「叙勲されたせいで、今は王宮ないで引っ張りだこだ。手続きがああだこうだと、格式がどうのこうのと……まあ、愚痴はこの辺にしておこう。アリスのようにはなりたくないからな」
十分アリスに似ている主人だ。
無表情なところは違うが、おしゃべり好きなのは間違いない。
一見すると寡黙そうなのに。
アリスの朗らかなおしゃべりも好きだが、彼の話す姿も好きだ。
はじめは震えるアリーシアに気を使って、わざと面白おかしく話をしてくれているのかと思った。
でも、今はこれがローレンツの性格なのだと分かってきた。
ぎゅっと握られた手から感じる温もりと、彼の会話で心が落ち着いた。
「ギャップがすげーだろ?」
とはザックの言葉。
うるさいぞと睨まれて、へいへいと引くがにやにや笑っているので完全に引いてはいない。
――ところでいつまで、握っているのかしら?
二人がにぎやかに言い合っている間も、アリーシアの手をローレンツに握られたままだ。
いやではないが、なんだか恥ずかしい。
それに、いけないことだ。
そもそも、知り合いでもない親しい相手でもない女性にこんな軽々しく触れるのは、平民であってもマナー違反だとアリーシアは思う。
握られている手をアリーシアが見ていることに先に気付いたのはザックだった。
「ところで旦那、名残り惜しいのはわかるけどよ、そろそろ放さねぇと。つーか、これマナー違反だろ? またアンドレに怒られそうだな」
「ち、違う! 俺はただ安心してほしくてだな――……! 邪な気持ちでは!!」
そんな事は分かっている。
だってアリーシアは、自分の事を良く分かっている。
実家でも婚家でも容姿についてあまり好ましく思われていなかった。
そして、アリーシアもまた自覚している。
ありきたりな茶色の髪、瞳の色だけは美しい翡翠のような瞳なのだが、それが不釣り合いで、家族にもよく言われていた。
目鼻立ちだって、容姿が整っている貴族の中では平凡な方だ。
それに比べてローレンツは本当に容姿が整っている。それこそ平民とは思えないほどに。
きっと女性だってより取り見取りで、彼に隣には美人な女性こそが似合う。
そんな人がアリーシアに邪な気持ちを抱くはずがない。
――勘違いなんてしないわ……
分かっている。
これはローレンツがアリーシアを励ますためにしていることなのだと。
「その、すまない!」
そっと外される温もりを悲しく思いながらアリーシアは分かっているという意味で、困ったように微笑み頷いた。
「そうだぜ、お嬢ちゃん。いいから旦那にまかせてゆっくり休みな。怪我を直すにはこれが一番だ……おっと、自己紹介がまだだったな。オレはザック。しがない傭兵団の団長をやってる」
歴戦の猛者のような風格があるので、しがないとは言いながら、きっと有名なのだろう。
ただ、アリーシアは傭兵自体に会うことが初めてだし、話もほとんど聞かないので良く分からない。
「お嬢ちゃん結構痩せてたせいか、体力的にやばかったんだぜ?」
「ザック」
ローレンツがザックを諫めた。
今はまだ詳しく話したくないらしい。
おそらくそれはアリーシアの事を思っての事。
きっとアリーシアを助けてくれたこの人たちは、自分以上にアリーシアの身体の状態を把握しているのだろう。
それに――……
――初めからわたくしを貴族だと認識している……
お互い会うのは初めてで。
しかも、アリーシアは着古した服を着てまるで平民のような出で立ちだったはずだ。
しかも殴られてボロボロで。
そんな状態のアリーシアを貴族だと認識しているという事は、アリーシアがどこの誰なのかは分かっている、そんな気がした。
――帰されるのかしら……
そう思うと身体が再び震えてくる。
帰れば今度こそ殺される。
実家に助けを求めても、きっと婚家に追い返される気がした。
アリーシアには助けを求める先がない。
そんな震える肩を、ローレンツのそっと触れた。
「大丈夫だ、ここにいれば安全だ。少なくとも、君の安全が確保されるまではここから追い出すことはない。これは絶対だ」
きっとアリーシアは今酷い顔をしている。
怯えて、誰かに縋りたくて、全部考えたくなくて……。
その全てを分かっているとでも言うようなローレンツの言葉に、自分のすべてを任せたくなる。
――駄目なのに……きっと、迷惑がかかってそのうちみんな――……
俯くアリーシアに、ローレンツはそっとアリーシアの両手を握る。
節くれだった男の手。その手が小さな自分の手を丸ごと包み込む。
「迷惑ではないから。それに、迷惑をかけるならお互い様だ」
困惑したようにに顔を上げると、ローレンツが至極真面目に言った。
「元平民に仕えたいというような奇特で優秀な使用人は少ないゆえに、至らないことが多々ある。上級貴族でありながら、客一人満足にもてなすことが出来ないし、もしかしたら俺関連で迷惑をかけることになる」
「まあ、旦那の場合、圧倒的に旦那が迷惑かけそうだ。優秀なくせに、いろんなところで敵作ってんだからな」
「うるさい。勝手に敵対するのは向こうだ。無能が文句を言っているだけで――……」
いきなり始まった主従の掛け合いに、アリーシアは茫然と二人を見る。
その視線に気づいたローレンツが若干頬を赤らめながら、ごほんとわざとらしく咳ばらいをした。
「つまり、何も問題はない……という事だ。本当はもう少し話していたいが、そろそろ時間の様だ」
ローレンツの装いはまるで王宮にでも行くような改まった格好だ。
ザックの方も着崩してはいるが、それなりに整った上着を羽織っている。
「叙勲されたせいで、今は王宮ないで引っ張りだこだ。手続きがああだこうだと、格式がどうのこうのと……まあ、愚痴はこの辺にしておこう。アリスのようにはなりたくないからな」
十分アリスに似ている主人だ。
無表情なところは違うが、おしゃべり好きなのは間違いない。
一見すると寡黙そうなのに。
アリスの朗らかなおしゃべりも好きだが、彼の話す姿も好きだ。
はじめは震えるアリーシアに気を使って、わざと面白おかしく話をしてくれているのかと思った。
でも、今はこれがローレンツの性格なのだと分かってきた。
ぎゅっと握られた手から感じる温もりと、彼の会話で心が落ち着いた。
「ギャップがすげーだろ?」
とはザックの言葉。
うるさいぞと睨まれて、へいへいと引くがにやにや笑っているので完全に引いてはいない。
――ところでいつまで、握っているのかしら?
二人がにぎやかに言い合っている間も、アリーシアの手をローレンツに握られたままだ。
いやではないが、なんだか恥ずかしい。
それに、いけないことだ。
そもそも、知り合いでもない親しい相手でもない女性にこんな軽々しく触れるのは、平民であってもマナー違反だとアリーシアは思う。
握られている手をアリーシアが見ていることに先に気付いたのはザックだった。
「ところで旦那、名残り惜しいのはわかるけどよ、そろそろ放さねぇと。つーか、これマナー違反だろ? またアンドレに怒られそうだな」
「ち、違う! 俺はただ安心してほしくてだな――……! 邪な気持ちでは!!」
そんな事は分かっている。
だってアリーシアは、自分の事を良く分かっている。
実家でも婚家でも容姿についてあまり好ましく思われていなかった。
そして、アリーシアもまた自覚している。
ありきたりな茶色の髪、瞳の色だけは美しい翡翠のような瞳なのだが、それが不釣り合いで、家族にもよく言われていた。
目鼻立ちだって、容姿が整っている貴族の中では平凡な方だ。
それに比べてローレンツは本当に容姿が整っている。それこそ平民とは思えないほどに。
きっと女性だってより取り見取りで、彼に隣には美人な女性こそが似合う。
そんな人がアリーシアに邪な気持ちを抱くはずがない。
――勘違いなんてしないわ……
分かっている。
これはローレンツがアリーシアを励ますためにしていることなのだと。
「その、すまない!」
そっと外される温もりを悲しく思いながらアリーシアは分かっているという意味で、困ったように微笑み頷いた。
29
お気に入りに追加
3,727
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る
新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます!
※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!!
契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。
※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。
※R要素の話には「※」マークを付けています。
※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。
※他サイト様でも公開しています
一年で死ぬなら
朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。
理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。
そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。
そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。
一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる