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 しばらくアリスの他愛もない話を聞きながら、世話をされる。
 全身痛むが、特に胸の肋骨が痛む。
 そのせいで、腕を動かすのも一苦労だ。
 水さえ上手く飲めずに、アリスに手伝ってもらう始末。
 アリスはそんなアリーシアを嫌がらず、手を貸してくれた。

「あ……りがとぅ」
「いえ! そんな!」

 なんとかアリーシアが礼を言うと、アリスは恐縮して手を振った。

「とにかく今はゆっくり休むのが先ですよ! 怪我は無理すれば悪化しますからね。お食事はいかがしますか?」

 正直あまりお腹が空いていなかった。
 アリーシアは首を横に振る。
 それを見たアリスが、にこりと笑った。

「だめですよ! せめて少しは食べないと。あ、一応言っておきますが、ここの料理長はすごく腕がいいんです! とくにスープは絶品ですよ。せめてそれだけでも食べて下さい。わたし準備してきます!」

 はじめからこちらの意見は聞かないらしい。
 ただ、アリスのいう事も最もだ。

 ただでさえ体力が落ちている自覚がある。
 早く直さなければ、ずるずる迷惑をかけてしまう。
 結局、アリーシアはアリスを止める事は無かった。

 それを肯定と受け取ったのか、アリスはにこにこ笑いながら頭を下げ部屋を出ようと扉を開けた。

「あ、旦那様。お客様に御用ですか?」

 どうやら、タイミングよくこの邸宅の主、ローレンツがやってきたらしい。

「起きているか?」
「今ちょうど起きましたよ。わたしはこれから食事の用意に行ってきますが、何か御用はありますか?」
「いや、少し顔を見に来ただけだ」
「そうですか……それでは少しの間お願いします」

 堂々と主人に頼みごとをするアリス。
 この邸宅では、主人もまた労働者の一人のようだ。

「アリス……、確か座学は主席ではなかったか? 彼女は淑女で、普通は男との面会時には一対一は避けるべきで――……」
「知ってますよ。でも、ザックさんがいるじゃないですか。これで一対一じゃありません」
「おいおい、アリス嬢ちゃん。俺も男だぞ?」
「『愛妻家』と付く男性なら、問題ないと判断しました。それに、この間に比べたらまだザックさんがいるだけましだと思いますけど? アンドレ様が旦那様を怒っていた姿をこの邸宅の人ならみんな知ってますよ」

 アリーシアはこの間という言葉に首を傾げた。
 もしかしたら、結構色々貴族としてまずいことをやらかす主人なのかも知れない。元平民だと言っていたの教育が遅れている事は十分考えられる。
 なにせ、昨夜も一人でこの部屋を訪ねてきた。
 昼間の時より尚悪い。
 向こうはアリーシアが眠っていると思っていたから、仕方ないのかも知れないが。

「もういい。さっさと行け。お前と言い合っても時間の無駄だな」
「あ、でもちょっとお待ちください! 部屋のお客様に入れていいか聞いていません!」

 そこで二人の沈黙。
 なんとなくため息でも吐いていそうな雰囲気だ。
 アリーシアは頭の回転は速いし気が利くと思ったのに、どこかで抜けている。

「あの、旦那様と護衛のザックさんをお通ししてもよろしいですか?」

 振り向きアリスがアリーシアに問う。
 すぐにアリーシアは許可を出すために頷く。
 断ることは失礼だろう。なにせ、この邸宅の主人にお礼さえ言えていない。
 どういう状況下分からずとも、彼がアリーシアを助けてくれたことだけは分かる。

「どうぞ」

 アリスが身体をずらして、二人を中に通す。
 昨夜は薄暗い中での事だったが、日の光の下で会うとまた違った印象がある。

 ローレンツの後ろから中に入ってきたのは、いかにも荒事が得意だと言わんばかりの人物であったが、人懐っこそうな笑みに、必要以上に怯えずに済んだ。

「ど、げほげほ!」

 『どうぞおかけください』と言おうとして、せき込む。
 そんなアリーシアの背に大きな手が触れ、さすってくれた。
 同時に、グラスを渡される。

「無理はするな。もう何日も眠っていたのだから。一時は本当に危険な状態だったんだ」
「で、も――!」
「いいから、とりあえず飲め」

 アリーシアは逆らうことはせず、渡されたグラスの水を半分ほど飲む。

「喉もつぶれかかっていたんだ。声を出すのはもう少し癒えてからにしろ」
「そうだぜ、お嬢ちゃん。旦那の言う通りにしておけよ」
「これから出かけるので、本当に様子を見に来ただけなんだが……後で医者を寄越すのでしばらくは絶対安静だ。いいな?」

 逆らう事は許されないような念の押し方だ。
 しかし、押しつけがましいわけでもなく、アリーシアを心配して言ってくれているのだと感じた。
 昨夜も思ったが、なぜこんなにアリーシアに親切にしてくれるのか、良く分からない。

「しかし、心配した。この間あれだけ意識がはっきりしていたので、少し長いしすぎたようで、あれから三日も眠ったままだった」
「みっ――!」

 つい昨夜の事だと思っていたが、どうやらかなり時間が立っていたようで、アリーシアは驚きで固まった。



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