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10.???サイド
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「旦那様、まもなくつきます」
御者の言葉に、馬車の中で書類を眺めていた男は、視線を窓の外へと向けた。
流れていく景色は、どこか懐かしい。
しかし、そのなつかしさは怒りと苦々しさまで同時に思い出させる。
「ここはあまり変わり映えしないな」
そうつぶやく声は低く色気を纏い、そんな声を耳元で囁けば女は一瞬で虜になる。
事実、その声だけで女性をイかせたことがあるとも言われる美声。
ただ、その誰もが虜になるような声音は、今はただ無感動だった。
男の整った容貌は、無表情になると怖いくらいだ。
薄い栗色の髪と同色の瞳はどちらもありふれていながら、その顔のパーツは、神の思し召しなのではないかと思うほど完璧な配置。
母親の似の顔は、端正で在りながらどこか中世的な美しさも兼ねそろえているが、その体躯は堂々として勇ましく男らしい。
長い脚を組む姿はまさに支配者、そんなものを纏っていた。
「旦那様、着きました」
「ご苦労。しばらく待っていてくれ」
馬車の扉を開ける御者に言付けて、男は歩き出した。
その周囲にはまるで男を守るかのように二人の男も付き従う。
「別に付き合わんでもいいんだが?」
「一応仕事ですからねぇ。旦那が強いの分かってますけど、多勢に無勢では一人より三人の方がいいっしょ?」
お調子者の雰囲気だが、強面の男が笑いながらそう言うと、もう一人の若い男がもじもじと言う。
「そうですよ。お一人では危険ですよ……そりゃ僕より旦那様の方が強いけど……」
「卑下すんなって。大丈夫! 旦那の盾ぐらいにはなれるから!」
「ひ、ひどいっすよ、団長!」
「静かにしてくれ……」
男が痛いとでも言うようにため息を吐く。
団長と呼ばれた男がくくくと笑いながら、にやりと笑う。
「で? 今日はなんだってこんなところまでお越しで? ここにはいい思い出などないでしょうに」
「……文句言うなら来るな」
「いやいや、行きますよ。ただ、純粋な興味ですよ」
強面の男は肩をすくめながら答える。
男はちらりと相手を見ると、淡々と言った。
「確認しておきたかったんだ。俺が本当に未練はないのかどうかを」
「そっすか」
それだけであっさりと引く強面の男は、美貌の男の横顔を見ていた。
視線を感じても男は何も言わず、馬車から少し歩いた邸宅前に来て、ひっそりとその邸宅を見上げた。
本当に変わらない。
何もかも。
思い出すのは十五年も前の事。
その思い出は今もまだ、男の中で決着がついていない。
だからこそ、力をつけた。
今度こそ、全てを断ち切るために。
しばらくそうやって邸宅を見て、満足する。
自分の胸に宿る決意は、弱まることはないと。
「邸宅を一周してから帰ろう。もう二度と来ることもないだろう」
男は迷いなく足を踏み出す。
この辺は、貴族の邸宅が立ち並ぶ一等地で、ほぼ十五年前のままだった。
だからこそその地理は男の頭の中にしっかり残っている。
表から裏に入り、塀伝いに歩いて行く。
すでに夜遅く、人気はない。
傍から見れば、男たち三人は非常に怪しい集団だ。
そのため、人目に触れないようにひっそりと足音を消して歩いて行く。
そしてちょうど表門から考えて裏に位置する場所に差し掛かった時、強面の男が行く手を阻み、陰に隠れるように指示を出した。
「静かに――……誰か出てくるぞ」
男の記憶のある限り、この先は使用人の使う扉があるはずだ。
「裏に荷馬車が止められているな……こんな時間に搬入か?」
「ありえない。とくに上級貴族の屋敷では新鮮なものを運ぶのが常だ。こんな時間に何か運び入れることはしない」
「じゃあ、なんでしょうね?」
その時、扉が開き男が出てきた。
今日は月明りでその扉から出てきた男の姿はよく確認できた。
出てきたのは、燕尾服を身にまとった執事と下男二人。
そのうち一人は荷物のように何かを方に担いでいた。
その瞬間、男の脳裏に十五年前の出来事が思い出された。
全身が怒りに満ち、それは我を忘れるほどのものだ。
すぐにそれを察知したのは、強面の男。
体格でいえば男よりも一回り大きく、男の事を羽交い絞めにし、口を覆う。
強面の男の腕の中でもがく男は、その荷馬車が遠ざかるまで、落ち着くことはなかった。
強面の男は、次第に遠ざかる荷馬車を追うように若い男に視線で支持を出す。
出来るなら、その馬車を奪取しろと。
弱いといいながらもその動きは俊敏で、すぐさま若い男は行動する。
――あれは、違う……だが同じだ!
ぐるぐるとした思いが脳裏を駆け巡りながら、自分を羽交い絞めにしている男の腕に爪を食い込ませた。
「旦那、落ち着いてくだせい。あいつは足が速い。すぐに追いつくはずだ。冷静になれ、それこそが戦場で生きる道だ。そうだろう? 腕を離すが暴れんなよ、旦那」
男は、暴れなかった。
ただし、強面の男を睨みつけた。
「なぜ邪魔をした!」
「旦那こそ、自分の立場ってものを分かってくだせぇ。こんなところで騒ぎを起こすのは、問題だ。そうでしょ?」
その正論に男は、それ以上何も言わない。
「とりあえず、馬車に向かいましょ。きっとあいつがなんとかしてっから、問題ねぇですよ」
男は無言で踵を返し、馬車に戻る。
そして急いで出発させた。
強面の男は馬に乗り、馬車を先導する。
まるで行く道が分かっているかのような動きだ。
しばらくすると、人気のない道で二人の男が倒れ、その傍に若い男が立っていた。
もちろん荷馬車もある。
「お待ちしてました。結構疲れましたよ、団長。手当お願いするっす」
明るく言い放つその言葉に、男の方が頷いた。
「俺が払う」
「えっ……いいですか?」
面倒をかけさせたのは自分だという自覚がある男が、若い男に言う。
突然の事に、恐縮している若い男を横目に、男が荷馬車に乗り込む。
その中身は大量の酒樽とそれに隠すようにシーツに包まれた荷物。
どこか緊張して、男はそのシーツを手に取る。
そしてそっとシーツを剥ぐと、現れたのはひどく殴られた跡のある女で、その小さな呼吸は虫の息だった。
御者の言葉に、馬車の中で書類を眺めていた男は、視線を窓の外へと向けた。
流れていく景色は、どこか懐かしい。
しかし、そのなつかしさは怒りと苦々しさまで同時に思い出させる。
「ここはあまり変わり映えしないな」
そうつぶやく声は低く色気を纏い、そんな声を耳元で囁けば女は一瞬で虜になる。
事実、その声だけで女性をイかせたことがあるとも言われる美声。
ただ、その誰もが虜になるような声音は、今はただ無感動だった。
男の整った容貌は、無表情になると怖いくらいだ。
薄い栗色の髪と同色の瞳はどちらもありふれていながら、その顔のパーツは、神の思し召しなのではないかと思うほど完璧な配置。
母親の似の顔は、端正で在りながらどこか中世的な美しさも兼ねそろえているが、その体躯は堂々として勇ましく男らしい。
長い脚を組む姿はまさに支配者、そんなものを纏っていた。
「旦那様、着きました」
「ご苦労。しばらく待っていてくれ」
馬車の扉を開ける御者に言付けて、男は歩き出した。
その周囲にはまるで男を守るかのように二人の男も付き従う。
「別に付き合わんでもいいんだが?」
「一応仕事ですからねぇ。旦那が強いの分かってますけど、多勢に無勢では一人より三人の方がいいっしょ?」
お調子者の雰囲気だが、強面の男が笑いながらそう言うと、もう一人の若い男がもじもじと言う。
「そうですよ。お一人では危険ですよ……そりゃ僕より旦那様の方が強いけど……」
「卑下すんなって。大丈夫! 旦那の盾ぐらいにはなれるから!」
「ひ、ひどいっすよ、団長!」
「静かにしてくれ……」
男が痛いとでも言うようにため息を吐く。
団長と呼ばれた男がくくくと笑いながら、にやりと笑う。
「で? 今日はなんだってこんなところまでお越しで? ここにはいい思い出などないでしょうに」
「……文句言うなら来るな」
「いやいや、行きますよ。ただ、純粋な興味ですよ」
強面の男は肩をすくめながら答える。
男はちらりと相手を見ると、淡々と言った。
「確認しておきたかったんだ。俺が本当に未練はないのかどうかを」
「そっすか」
それだけであっさりと引く強面の男は、美貌の男の横顔を見ていた。
視線を感じても男は何も言わず、馬車から少し歩いた邸宅前に来て、ひっそりとその邸宅を見上げた。
本当に変わらない。
何もかも。
思い出すのは十五年も前の事。
その思い出は今もまだ、男の中で決着がついていない。
だからこそ、力をつけた。
今度こそ、全てを断ち切るために。
しばらくそうやって邸宅を見て、満足する。
自分の胸に宿る決意は、弱まることはないと。
「邸宅を一周してから帰ろう。もう二度と来ることもないだろう」
男は迷いなく足を踏み出す。
この辺は、貴族の邸宅が立ち並ぶ一等地で、ほぼ十五年前のままだった。
だからこそその地理は男の頭の中にしっかり残っている。
表から裏に入り、塀伝いに歩いて行く。
すでに夜遅く、人気はない。
傍から見れば、男たち三人は非常に怪しい集団だ。
そのため、人目に触れないようにひっそりと足音を消して歩いて行く。
そしてちょうど表門から考えて裏に位置する場所に差し掛かった時、強面の男が行く手を阻み、陰に隠れるように指示を出した。
「静かに――……誰か出てくるぞ」
男の記憶のある限り、この先は使用人の使う扉があるはずだ。
「裏に荷馬車が止められているな……こんな時間に搬入か?」
「ありえない。とくに上級貴族の屋敷では新鮮なものを運ぶのが常だ。こんな時間に何か運び入れることはしない」
「じゃあ、なんでしょうね?」
その時、扉が開き男が出てきた。
今日は月明りでその扉から出てきた男の姿はよく確認できた。
出てきたのは、燕尾服を身にまとった執事と下男二人。
そのうち一人は荷物のように何かを方に担いでいた。
その瞬間、男の脳裏に十五年前の出来事が思い出された。
全身が怒りに満ち、それは我を忘れるほどのものだ。
すぐにそれを察知したのは、強面の男。
体格でいえば男よりも一回り大きく、男の事を羽交い絞めにし、口を覆う。
強面の男の腕の中でもがく男は、その荷馬車が遠ざかるまで、落ち着くことはなかった。
強面の男は、次第に遠ざかる荷馬車を追うように若い男に視線で支持を出す。
出来るなら、その馬車を奪取しろと。
弱いといいながらもその動きは俊敏で、すぐさま若い男は行動する。
――あれは、違う……だが同じだ!
ぐるぐるとした思いが脳裏を駆け巡りながら、自分を羽交い絞めにしている男の腕に爪を食い込ませた。
「旦那、落ち着いてくだせい。あいつは足が速い。すぐに追いつくはずだ。冷静になれ、それこそが戦場で生きる道だ。そうだろう? 腕を離すが暴れんなよ、旦那」
男は、暴れなかった。
ただし、強面の男を睨みつけた。
「なぜ邪魔をした!」
「旦那こそ、自分の立場ってものを分かってくだせぇ。こんなところで騒ぎを起こすのは、問題だ。そうでしょ?」
その正論に男は、それ以上何も言わない。
「とりあえず、馬車に向かいましょ。きっとあいつがなんとかしてっから、問題ねぇですよ」
男は無言で踵を返し、馬車に戻る。
そして急いで出発させた。
強面の男は馬に乗り、馬車を先導する。
まるで行く道が分かっているかのような動きだ。
しばらくすると、人気のない道で二人の男が倒れ、その傍に若い男が立っていた。
もちろん荷馬車もある。
「お待ちしてました。結構疲れましたよ、団長。手当お願いするっす」
明るく言い放つその言葉に、男の方が頷いた。
「俺が払う」
「えっ……いいですか?」
面倒をかけさせたのは自分だという自覚がある男が、若い男に言う。
突然の事に、恐縮している若い男を横目に、男が荷馬車に乗り込む。
その中身は大量の酒樽とそれに隠すようにシーツに包まれた荷物。
どこか緊張して、男はそのシーツを手に取る。
そしてそっとシーツを剥ぐと、現れたのはひどく殴られた跡のある女で、その小さな呼吸は虫の息だった。
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