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7.マリアサイド2

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 マリアの母親は元高級娼婦で貴族を相手にすることが多かった。
 不特定多数の男とまぐわいながら、伯爵である父親に狙いを定めたそうだ。

 理由は単純だから。

 娼婦はそのほとんどが避妊薬を飲んでいる。
 だからよっぽどのことがないと妊娠しないが、貴族の男どもは何も分かっていないのが現実。
 特権階級の人間は、自分より明らかに下に属する女の腹の中でなら精を放っても、高貴な血を娼婦が孕むことはないと思っている節がある。
 マリアの父親がまさにそうだった。

 マリアの父親は、浮気性で不特定多数の女と常に遊んでいるような男。
 それなのに、今まで子供を成したのは正妻との間しかないと自慢げに語りながら、もし底辺階級の女が身籠ったらきっと運命なんだと平然と言うバカ男。
 単純で操りやすく、まあ金もそこそこ持っているようだったので、選んだだけ。
 
 だから身籠った事を言うと、それはそれは喜んで、身請けして伯爵邸の一角に住まわせてくれたそうだ。
 正妻は良く思っていなくても、マリアの母への入れ込みように、大勢の愛人と楽しむよりは一人の方がいいかと思っていたのもあって、受け入れてくれた。
 ただし、面倒はかけるなとも言われていた。

 産まれてくる子供も認知しないと。

「マリア、賢く生きるには男をどれだけ手玉にとれるかが大事な事なのよ。いい? 正妻に頭が上がらなくても男は単純な生き物。あなたも見たのでしょう? ふふふ、そろそろちゃんと・・・・教えなくてはね?」

 あののぞき見した夜の事はすべて母親が仕組んだことだったのだとマリアは気づいた。
 まだ十歳の子供ながら、マリアは女としては成熟が早く、理解も早かった。
 だから、あれが母親なりの教育なのを理解した。

――貴族になって贅沢に暮らすなら、いい男を落とさないと。

 くすくす母親に窘められて、マリアはその通りだなと思うようになった。
 綺麗なドレス、輝く宝石。
 それを好きなだけ与えてくれる人。
 そして、社交界で一番もてはやされてみたい。

 そのためにはまずは貴族になるしかない。

 しばらく後に殊勝な態度で父親に謝り、きちんと教育を受けたいと言った。
 しばらく渋る姿が、マリアを認知するつもりはない、よって教育など最低限でよいという態度なのが良く分かる。
 それでも、粘るとしぶしぶ了承してくれた。
 正妻の件を持ち出して、どういう風に振る舞うべきだったかきちんと学びたいと言えば、頷いてくれた。

 そしてマリアはそれだけでは不十分だと思っていた。
 なにせ正妻はマリアの事を完全に嫌っている。
 だから、認知して貴族の籍を得るのに、マリアに味方してくれる人が必要だった。

 目を付けたのは、あの時悪し様にマリアを罵っていた、正妻の息子であり跡取り。

 厳選した人間に異母兄に薬を盛らせて、うまく誘導してもらい、自分を襲わせた。
 とはいっても、母はすべてを知っていて、偶然を装ってそれを阻止し、それを種に長男を強請った。

 なにせ、母は父親のお気に入り。
 そして、異母兄妹での肉体関係は倫理的にタブーになるため、そんな事をしでかした事を世間に知られれば、公然と叩かれ、社会的に殺される。
 それどころか、家名まで地に落ち、それを防止するためにきっと、長男の爵位継承はなくなる。

 さらに、実は長男は先日結婚したばかり。
 しかも、格上の令嬢を娶っていた。
 知られれば、どうなるか。

 結局長男はマリアの言いなりとなった。
 貴族の男と結婚するために協力しろと。
 苦虫を嚙み潰したような顔で、長男は了承した。
 心から嫌っているマリアに顎で使われる屈辱の顔はなんともすっとした。

 そして、運命の夜会。

 実は、ヘンリーとの出会いは偶然ではない。
 長男がヘンリーを外に誘い出し、マリアはただ姿を見せるだけ。

 それで引っかかればよし。
 無理なら次に。
 だが、ヘンリーは簡単に誘いに乗り、あとは母親に教えてもらった通り、身体と心を偽りの愛情で満たしてやった。

 何度も情を交わし、ヘンリーがマリアに気持ちがある事を確認し、結婚したいとも言われ、やっとかと思った。

 それなのに、まさか貧乏伯爵家だったとは。
 長男の事前情報では、金遣いが派手で着ている物も持ち物も一流の代物。
 金がある事は間違いないとの事だった。

 しかし、ヘンリーといい感じになったのに、その直後に知った事実は投資に失敗し多額の借金がある事。
 それもかなり昔からで、実はヘンリーの使っている金さえも、借金だった。

 そのため金持ちの娘との縁談話がヘンリーの父親によって決められていた。
 ヘンリーはそれでも、マリアと結婚したいようだったが、マリアはごめんだった。

 金のない男に価値はない。
 舌打ちしたい気持ちだったが、しかし話を聞くと、心は完全にマリアのあったので、その女から金だけむしり取り、それで贅沢するのも悪くないと考えを改める。
 正妻の座は期間限定で譲っていやるのだから、それくらいは当然だろうと思った。
 
 多少は、ヘンリーを見限ってほかの男を選ぼうかとも思ったが、少なくとも、ヘンリーは見た目は極上。
 身体も若いだけあってまあまあ悪くない。

 正妻によってどこかのジジイに売り飛ばされるよりはよっぽどましだと考えた。
 ヘンリーは下手な男より見た目は自分の横に並んでも見劣りしない。
 その為に、マリアは再び策を練る。
 そして、ヘンリーにささやいた。

 それは毒となってヘンリーを支配し、マリアの望み通りに行動してくれた。
 


――もうすぐだ。もうすぐ、全部わたしの物になる……

 マリアをそっとおなかを撫でて、弧を描くように唇を吊り上げた。
 そして、先日分かった我が子をそっといとおしんだ。



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