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8.お互いの事情

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「さて、ヴィオレッタ。君には礼を言わなければならないな」
「できれば、ルーとお呼びくださいと何度も申し上げているんですが? あなたの頭は鳥頭ですか?」
「可愛げがないね。まあ、そこが君のいいところだけど。なんだか一年前の事を思い出すなぁ」

 馬車に相乗りさせてもらっているのは大変ありがたいけど、いい加減特別親しくもない女性の名前を呼ぶのは止めていただきたい。
 周囲に誤解を生む。
 自慢ではないけど、わたしもツェルナー侯爵も社交界ではかなりの有名人だ。
 今日は、その有名人二人が同時に婚約破棄されたので、しばらくはその話題で持ちきりだろうけど、親しげに名前を呼ばれていると、その渦中にわたしも飛び込むことになる。

「一年前、君が乗り込んできた時は驚いたけど、結果的には良かったよ。いや、むしろこちらがお礼をいいたいな」
「言葉ではなく現物支給でお願いします」
「おっと、これは手厳しい」

 苦笑しながら、ツェルナー侯爵は懐から封筒に入った手紙をわたしに渡してきた。

「これ、向こう側・・・・の領地経営権。でも、君本当にすごい事考えるね。まあ、上手くいけば私にも利益があるから協力したけど」
「ふん、あの強欲ガマガエルにこれ以上いい様にされては堪りません!」
「そうだね。隣国からの唯一の関所のある、ロブドリー公爵は私もいい加減なんとかしたかったんだ」
「だから、彼女・・と婚約したのでしょう?」
「まあね、結果としたら上々さ」

 ふっと口元を吊り上げたツェルナー侯爵。その姿にわたしは多少アメリアに同情した。
 この男に目を付けられてのが、運の尽き。
 まあ、そのぶん領地は潤ったはずだし、その金で好き勝手やっていたのだから、お互い様ともいう
 
「皇室も噛んでいるから、困ったものだったよ」
「全く困った顔しておりませんが?」
「それは、誤解というものだよ。さて、これから忙しくなるな。早く売り手を決めておかないと。まあ、もう有力候補は決まっているけどね」

 楽しそうに輝きながら口にする言葉は、えげつないの一言。
 さすがにわたしだってそこまではしない。
 せめて選ばせてやるくらいの優しさはあるのだ。

「アメリア嬢は見た目だけは可憐で庇護欲をそそるから、加虐趣味の男には大人気なんだよね。本性知っても、躾け好きは多いから」

 さすがに口元が引きつった。
 もっと愛ある方向にはいかなかったのか。
 そんなわたしの様子に、ツェルナー侯爵がくすくす笑うが、瞳の輝きが歪んでいた。

「娼館に売って一時的に金銭が増えるよりも、影響力のある男に売った方が、結果的には私にとって有利になるんだから、仕方がないんだよ。ちなみに、一番の筆頭相手を聞きたい?」
「特別興味がないので、結構です」
 
 そう、残念と言いながら、あっさりと引いたが、どうせそのうち噂が流れてくるだろう。

「今回、子爵領を私が手に入れたからロブドリー公爵も黙っていないだろうから、私も皇室に多少の貢物はしておかないとまずいんだよ」

 と、思っていたら、半分以上のネタ晴らし。
 皇室の方々の性癖など、知りたくないし、聞かなかったことにして、無理矢理話を変えた。

「はじめから回りくどい手を使わずに、さっさと子爵領を手中に収めればよかったじゃないですか」
「お金はあるけど、さすがになんの咎もない子爵家をつぶすには良心が痛むんだよ」

 なんて言ってるけど、それが口だけなのは分かっている。
 狙いは子爵一家も含めてだろうが、この下種野郎閣下。

 そもそも事の起こりは、隣国との唯一の関所のあるロブドリー公爵が代替わりしたところから始まった。
 その男は強欲で、輸入品や輸出品にかんして領地独自の関税を取り入れた。
 ちなみに、これは違法ではない。
 領地経営では、そこを通過する品物に自由に関税をかけていい事になっている。
 しかし、やりすぎると多方面からにらまれるので、やっている領地はほとんどいない。もしやるにしても政敵ぐらいだ。

 ところが、この新ロブドリー公爵は、自分のところが唯一の関所であると分かっているので、やりたい放題やり出した。
 新ロブドリー公爵の奥方は隣国のラットン公国の公女様で、母親は現国王陛下の妹。
 そのせいで、苦情を言ったところで流されて、逆に盾突こうとすれば、隣国からの品物は入ってこない。

 そんな中、ツェルナー侯爵は王都に向かう最も近い通り道である子爵領を手中に収め、ロブドリー公爵に嫌がらせを始めた。
 領地関税をかけたのだ。
 そのせいで、完全にロブドリー公爵とツェルナー侯爵が敵対。
 そして、ルー商会はツェルナー侯爵の肩を持つことになった。
 むしろ、ツェルナー侯爵がルー商会に目を付けたと言ってもいい。
 というのも、子爵家の本家である侯爵家の領地を借金の形にあらかた押さえているのがルー商会だったからだ。
 皇都に向かうのに通る道はいくつかあるが、その二つを押さえておけば、とりあえず最大限に抑止力になるということだ。

 つまり、皇都に向かうための領地すべてを押さえておきたい侯爵と、ロブドリー公爵に対し被害のあるルー商会は手を組むことになった。
 その一環で、名乗りを上げたのがわたしという事だ。

 まあ、一言でいえば、領地権を完全に手に入れる事。
 そして、新たな交易路の確保。
 
 実は試してみたいことがあったので、嬉々として名乗りを上げた。

「まさか、山を削って交易路を作るとか、考えてもみなかったな」

 その話をしたときのツェルナー侯爵は、本気で驚いていて、わたしは少しだけうれしかった。



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