上 下
1 / 9

1.婚約者との疲れる会話

しおりを挟む
「君は血も涙もないのだな」

 不愉快そうに足を組みわたしと対面しているのは婚約者のフランツだ。
 わたしは何度も交わしたこの言い合いに辟易として、目をつぶって頭を押さえた。

「ですから、何度も申し上げました。世間の目をもう少し気にしてほしいと。それだけの願いなのに、どうしても聞いて下さらないのですか?」
「世間の目? そもそも、アメリアは従姉だ。従姉と出かけるのは不自然ではない。君こそ、もう少し彼女を気遣いたまえ。彼女は、君のような庶民とは違い貴族だ。そして、可哀そうなことに、不誠実な男と婚約することになってしまったんだぞ!?」

 だからなんだ。

「可哀そうに。両親にまるで売られるように、婚約させられて、ただでさえ虚弱な彼女はすっかり弱ってしまった。僕が側にいなければ、儚くなってしまう! それなのに、君はまるで人殺しだな」

 そうですね、はい。もうそれでいいです。

「いいか! 金でこの僕の隣を買ったのだから、僕の使う金にケチ付けるな! アメリアはこの侯爵家の分家の人間。手助けするのは当然だ。むしろ、借金だって、お前がどうにかするべきことなのに、見捨てるからこんなことになったのだ! 理解力のない女だな」

 その借金は、全部自業自得だとご存じですか?
 見捨てるとは言いますが、その婚約はわたしとの婚約が決まる前に決まっていたので、完全に無関係ですよ。

「いいか! 今の今まで我慢していたが、これ以上傲慢にもアメリアを傷つけるのなら、僕だって黙っていないからな! ああ、それから。アメリアの誕生日パーティーが今度ある。僕は彼女のエスコートをするから、お前は一人で来い。見苦しくも誰かと一緒に来れば、浮気とみなすからな!」

 そもそも、その従姉いとこ様も婚約者がいることご存じですよね? それでなぜあなたがエスコートを?

「話は終わりだ。全く、馬鹿な女との会話は疲れる。おい、僕はいつかアメリアを正妻に迎えるのだから、そのつもりでいろよ。今は弱みに付け込まれているが、僕が必ず救い出すんだからな。ああ、その時はお前を愛妾にでもしてやるさ。お前のような気の強い女と結婚したいような奴はいないだろうから、ありがたく思え」

 ……さっさと終わらないかしら、この話。

 もうすでに、飽き飽きとしてきたわたしは、頭の中で決済すべきことを考え出す。
 すると言いたいことを言って満足したのか、フランツはふんと鼻息荒く、わたしの部屋から出て行った。

「はあ、面倒くさい男。貧乏になりたくないからアメリアと結婚しないだけじゃない」

 ぐったりと疲れてソファの背にもたれる。
 既に、こんな言い合いを一年は繰り返していた。

 フランツの言っていたアメリアとは母方の従姉で、今年二十三歳の行き遅れ。
 二十二歳のフランツとは、年が近いせいか、とても仲が良い。
 子供の頃から、ずっと一緒に遊んですごした近しい親族で、もともと分家の家柄で領地も隣り合っているので、それこそ子供の頃から結婚の約束をしていたらしい。
 らしい、というのは、周りの人間がさりげなく・・・・・教えてくれたから知っているだけで、わたし自身が本人から聞いたわけではないからだ。

 では、なぜ婚約して結婚しないのかというと、色々事情がある。
 フランツの家は侯爵家で領地もそこそこ広いが、特産物や観光地など特になく、また努力もしなかったので、年々税収が減っていき、今では領地を担保に借金している有り様。
 そのため、フランツの結婚相手は同格の貴族かもしくは金持ちの娘以外は、父親が納得しなかった。
 もちろん、フランツは結婚適齢期になったアメリアと結婚したいと言ったらしい。
 しかし、相手にもされなかったようだ。
 それに、わたしの見るところ本気でもなさそう。
 お金のないアメリアとの結婚がどういう事になるか、頭のどこかで理解している。
 今は、わたしのおかげでそれなりにお金が回っているので、アメリアに対する熱が再熱しているようだ。

 アメリアの実家は実家で、うまい言葉にそそのかされて投資をし、失敗。
 多額の借金のため、綺麗に生まれついた娘を金持ち貴族と婚約させたという訳だ。
 貴族にはありがちな政略結婚。
 ちなみに、わたしは目的があって婚約したけど、今は後悔しかない。

「ヴィオレッタ様、もうよろしいのではないでしょうか?」

 フランツの話をこっそり部屋の隅で控えて聞いていた側近のルーナが心底呆れてりのが良く分かる。
 そして言外に、さっさと出て行きましょうと誘いをかけるのも、またいつもの事で、わたしは苦笑した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄が国を亡ぼす~愚かな王太子たちはそれに気づかなかったようで~

みやび
恋愛
冤罪で婚約破棄などする国の先などたかが知れている。 全くの無実で婚約を破棄された公爵令嬢。 それをあざ笑う人々。 そんな国が亡びるまでほとんど時間は要らなかった。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

私を家から追い出した妹達は、これから後悔するようです

天宮有
恋愛
 伯爵令嬢の私サフィラよりも、妹エイダの方が優秀だった。  それは全て私の力によるものだけど、そのことを知っているのにエイダは姉に迷惑していると言い広めていく。  婚約者のヴァン王子はエイダの発言を信じて、私は婚約破棄を言い渡されてしまう。  その後、エイダは私の力が必要ないと思い込んでいるようで、私を家から追い出す。  これから元家族やヴァンは後悔するけど、私には関係ありません。

妹と婚約者が結婚したけど、縁を切ったから知りません

編端みどり
恋愛
妹は何でもわたくしの物を欲しがりますわ。両親、使用人、ドレス、アクセサリー、部屋、食事まで。 最後に取ったのは婚約者でした。 ありがとう妹。初めて貴方に取られてうれしいと思ったわ。

結局、私の言っていたことが正しかったようですね、元旦那様

新野乃花(大舟)
恋愛
ノレッジ伯爵は自身の妹セレスの事を溺愛するあまり、自身の婚約者であるマリアとの関係をおろそかにしてしまう。セレスもまたマリアに対する嫌がらせを繰り返し、その罪をすべてマリアに着せて楽しんでいた。そんなある日の事、マリアとの関係にしびれを切らしたノレッジはついにマリアとの婚約を破棄してしまう。その時、マリアからある言葉をかけられるのだが、負け惜しみに過ぎないと言ってその言葉を切り捨てる。それが後々、自分に跳ね返ってくるものとも知らず…。

皆様ごきげんよう。悪役令嬢はこれにて退場させていただきます。

しあ
恋愛
「クラリス=ミクランジェ、君を国宝窃盗容疑でこの国から追放する」 卒業パーティで、私の婚約者のヒルデガルト=クライス、この国の皇太子殿下に追放を言い渡される。 その婚約者の隣には可愛い女の子がーー。 損得重視の両親は私を庇う様子はないーーー。 オマケに私専属の執事まで私と一緒に国外追放に。 どうしてこんなことに……。 なんて言うつもりはなくて、国外追放? 計画通りです!国外で楽しく暮らしちゃいますね! では、皆様ごきげんよう!

【完結済み】妹の婚約者に、恋をした

鈴蘭
恋愛
妹を溺愛する母親と、仕事ばかりしている父親。 刺繍やレース編みが好きなマーガレットは、両親にプレゼントしようとするが、何時も妹に横取りされてしまう。 可愛がって貰えず、愛情に飢えていたマーガレットは、気遣ってくれた妹の婚約者に恋をしてしまった。 無事完結しました。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

処理中です...