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12.突然の求婚と困惑2

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「信じがたい話かも知れませんが侯爵領を買ったんですよ。一括で払う事はできないので、一定の金額を毎年振り込んでいました。それも今年で終わりですが」
「ええと?」
「つまり、この先彼女と婚約し結婚すれば侯爵家の土地の名義は私であっても、結局自分たちのものでしょう? 次代になっても侯爵家の血が引き継がれていくわけですからね。悪くない取引だと向こうは思ったようです。私としては土地さえあれば良かったわけですので、婚約は彼女が成人したときにもう一度考えることになってました」
「は、はぁ。土地、ですか? それは売り買い出来るものなんですね?」

 確か領地は担保にすることが出来ないと法律で決まっていたはずだ。
 そのせいで、金貸しはそれ以外の物を担保に領地を持つ貴族に金を貸すと聞いている。
 つまり、土地の売り買いは出来ないわけで……。

「法律の隅をつつくような事ですけど、できない訳じゃないんですよ。当主が財産設定から土地を外せば売ることも出来ます。実際は、そんな事をすれば自分たちが困る事が分かっているので普通はしません。なにせ領地があれば、そこから上がる税収で暮らせるのに、それを手放す馬鹿はいませんから」

 暗に、婚約者の侯爵家はバカなのだと言っている。

「かの侯爵は借金で非常に困窮していました。しかし、派手好きで金遣いが荒い。売れるモノと言ったら領地ぐらいなものですが、下手の所に売れば名誉に傷がつく。上位貴族というのは体面も重要でしてね。領地を売ったとなれば、社交界ではいい笑いものです」

 むしろ、社交界からつまはじきにされるのではないだろうか。
 なにせ、お金がないと言っているのも同然なのだから。

「私はあの土地が少々魅力的でして、爵位はどうでもいいのですが、あの土地だけは手に入れたかったんです。侯爵に売ってほしいと言ったらあっさりと決りました。もちろん、令嬢との婚約が条件に出されましたが、先ほど言った通りの事を説明したら、とりあえず納得してくれました」

 確実に婚約しておいた方が良いような気がして、困惑する。

「ああ、もし私が死んだ場合、領地の売買契約金は一括で振り込まれ、されに領地は侯爵家に戻る予定でした」
「それは、ミルドレット侯爵家にとって不利な条件だったのではないでしょうか?」
「これは両親も知らない事です。侯爵領を買った事も、この契約の内容も。ただ、婚約したという事実だけを信じました」

 もちろん、体面的には婚約者として振る舞ってほしいと侯爵から頼まれたそうだ。 
 そうでないと、疑われるからと。

「両親は私が婚約していると思っていたので、ちょっとややこしい問題になりそうでした。あ、ちなみになぜ婚約者として振る舞っていたのかと言いますと、面倒だったからです。私もいい年でしたから、方々から婚約の打診が舞い込んでいましてね」

 つまり、結婚したくなかったから、婚約したと見せかけていたという事だ。
 よく両親にもバレなかったなと心底思う。

「しかし、それでは彼女の方が不名誉な傷になるのではないでしょうか?」

 婚約していなかったとしても、婚約者として振る舞っていれば、付き合いがなくなった時点で婚約解消かもしくは破棄されたと思われてもしょうがない。
 男性が悪くても、多少なりとも女性にだって傷がつく。
 特に、社交界の華である彼女の婚約に関することは面白おかしく広まってもおかしくない。

「もちろんお互い納得の形で解消という手立てをとるつもりでした。最悪、私が悪になってもいいと。これは侯爵との契約で令嬢にはなんの咎もない事も分かっていましたので。父親が無能なのは令嬢のせいではないし、多少同情しました。なので、新たな婚約に支障がない様に結婚するのに必要となる持参金は私の方で渡す予定だったのです」

 予定、という事はそうしなかったわけだ。

「先ほど、彼女が侯爵邸に乗り込んできたと言ったでしょう? 私が浮気していると。しかし、実は彼女の方こそ若い男性と夜を過ごすこともあったようですよ」
「それは、その……なんと言ってよいか」

 実際は婚約していなかったわけだから、浮気ではない。
 侯爵の方はその事実を知っていたはずなのに、娘は婚約しているといつの間にか自分の中で変化していたそうだ。
 事実を指摘すると、すごい剣幕で捲し立てられたとルドヴィックは言う。ついでに、両親――というか父親にもネチネチ言われたそうだ。
 なぜ、そこまでして婚約したと思わせていたのかという事になるけど、ルドヴィックには気になる女性がいたとの事だ。

「とりあえず、十一の子供と婚約したと思わせておけば、結婚まで時間が稼げます。そして、ゆっくりと対策を練ろうと……」
「対策?」
「そうです。自分が好きな女性と結婚するための対策です。まさか、もう少しのところで隣国との国境で問題が発生するとは思ってもみませんでしたが」

 不穏な発言だ。一体どんな対策なんだろうか。突っ込みたいが、突っ込めない。
 ルドヴィックは、隣国との事を思い出しているのか忌々しそうに今にも舌打ちをしそうな雰囲気になった。
 しかし、それもほんの一瞬ですぐに微笑みを戻す。

「ええと……それでその女性と結婚するのでしょうか?」
「私の中ではする予定です。もっと早く決着付ける予定が狂わされ、思わず八つ当たりしてしまいましたが、それも些細な問題です」

 誰にどうやって八つ当たりしたのか、きっと聞かない方が自分のためだと勘が囁いた。
 それにしても、ルドヴィックにここまで思われているなんてと、ヴィクトリアはその女性を羨む以上に不憫に思えてきた。
 執着――というかストーカー。いいのかそれで、騎士団長ともあろう人が。
 ただ、そんな話重要な話をヴィクトリアにしても問題ないのか気になった。
 口の堅さには自信があるが、信用されていると思っていいものか。
 その真意を聞きたくてヴィクトリアは口を開いたが、ヴィクトリアの言葉に重ねる様にルドヴィックが話し出した。

「あの……」
「あのような男が好みでしたが?」
「え?」
「確かに、彼は社交界の若い女性の間ではなかなか人気でしたが、あなたもあのような容姿の男が好きなのかと」


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