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38.告白と勝負

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 久しぶりに戻ってきた実家は、周囲環境の変化に比べて変わることはなかった。
 見慣れた邸宅は、よく手入れされているし、使用人もみんな変わりなく元気で温かい。

 夜、アメルは一人で庭を散策する。
 なんとなく寝付けない気がして、少し動けば値付けるだろうと思った。

 少し肌寒いので、肩にショールを羽織る。
 いつも整えられている庭園は、月の明かりで幻想的に思えた。
 見慣れているはずなのに、どこか他人の家のようにも感じる。

「おい、自分の家だろうが夜に一人で外をフラフラするなよ」
「デリック」

 長身がひょっこりと姿を現す。
 そして、横に並んで歩き出した。

「お父様と商談があったんじゃないの?」
「すぐに終わった」
「部屋で休めばいいのに」
「部屋に戻る途中で、お前が庭に出るのが見えたか追いかけてきた」

 心配性だなとアメルは苦笑した。

「お父様となにかあったの?」
「なんで?」
「なんか不貞腐れた? みたいに見えたから」

 商談の際にやりこめられたのかとでも思ったが、どうやら違うようだ。

 アメルをじっと見る目がやけに真剣で、アメルは一瞬たじろいだ。

「な、何?」
「いや、別に。リンデルス伯爵からお前を口説く許可を貰っただけ」

 さらりと口にしたそれに、アメルの身体が固まった。

「え、ええと?」
「いきなり俺を意識しろ、とは言わないが、壁を作るのはやめてくれ」

 アメルはどこかで男に対して壁を作っている。
 それはリディアの男性歴を見てきたからなのか、それとも周囲の男連中に嫌な事をされたり言われたりしたからなのかは分からない。

「リンデルス伯爵は、お前にディール公爵家を継いでほしいとは思っていないみたいだった」
「それは、わたしが不甲斐ないから?」
「そうじゃなくて、娘が苦労するところを見たくないってところなんだろう」

 デリックが頭をがしがし掻いて、横に並ぶアメルを正面から捕らえた。

「アメルがどんな道を選ぶかはお前次第だが、その選択の一つに俺との結婚という選択肢もある。今言うのは卑怯かもしれないが、言っておかないと伝わらないかなら」

 デリックが息を小さく吐き出し、覚悟を決めたような顔つきになった。

「俺は、もうずっとお前の事が好きだ。お前だけが気づいていないだけで、周りは全員知ってる」
「デリック……、それは――」
「とりあえず家の事とか全部無視して、俺の事は男として絶対に見られないか? 少しの希望もないか?」

 アメル自身も考えた事はなくはない。
 デリックと、というよりもアーバント帝国で結婚して、生涯ルングレム王国を離れるということを。

 それに、デリックに対して時々どきりとさせられることがあったことも認める。
 だけど、どうしても家の事も考えてしまう。

「わたしは……、デリックの事は嫌いじゃない。だけど……」
「まあ、今すぐに答えがほしいわけじゃない。気長に待つつもりだったが、今言っておかないと、お前は絶対ルングレム王国に帰ってしまうだろう? だけど、俺の気持ちを知れば揺らぐだろう、少しくらいは。つけ入る隙があるのなら、俺は見逃さない」

 その告白に、デリックが急に知らない男性のように感じてしまう。
 今までともに過ごした時間はそれなりに長いのに、こんな男の顔をしたデリックは知らない。

 デリックの顔が見れなくなり、アメルが顔を俯かせた。

「アメル」

 ポンと肩に乗せられるデリックの手が、熱い。
 恐る恐る顔を上げると、間近にデリックの顔が迫る。
 思わず、ぎゅっと目をつぶると、頬に軽く触れる唇の感触。

「これくらいは、お休みの挨拶だろ。今日はこれ以上はしない。部屋まで送る」

 そうだ、頬へのキスなど挨拶だ。
 なのに、なぜこんなに鼓動が早いのか。

「早くアーバント帝国に帰りたいな。遅くなればなるほど、課題が増えるし」

 アメルは頬が熱いのに、デリックは余裕ある態度で、その差が悔しい。
 まるで、アメルが何も知らないような子供のようだ。

「つ、次の試験でも負けないから」
「そうかよ。でも、次はなんとなく俺が勝ちそうな気がする」
「負けない!」
「それじゃあ、勝った方が負けた方に一つだけ命令できるっていうのは?」

 さすがに即答は避けた。

 今のところアメルの方が学業面においては一歩勝っているとは言っても、少しの油断で負けてしまう。

「俺が勝っても変な事は頼まないさ。そこは保証する。なんなら誓約書でも書くか?」

 デリックがそこまで言うのなら、本当に変な事は言わないと思うが、それでも先ほどまでの流れを考えると、疑ってしまうのは仕方がないと思う。

「もしかして、負けそう?」

 煽られるように言われると、なんとなくムッと来る。

「分かった……、変な事を頼まないのなら。言っておくけど、わたしにできる範囲でだからね」
「約束な」

 口角を上げて機嫌よく笑うデリックを胡乱な目でアメルは見た。

 そして、嫌でも意識させられたデリックの思いに、どう答えるべきか頭を悩ます日々が訪れることになった。


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