【完結】あなたに従う必要がないのに、命令なんて聞くわけないでしょう。当然でしょう?

チカフジ ユキ

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31.不毛な罵り合い

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 周囲がアイザックへと視線を向けた。

 アイザックは正統派王子と言った容姿を持っている。
 そのアイザックがただれた生活を送っていたと知り、信じられない目で見ていた。

 デリックが言ったことが、嘘かもしれないのに、誰もが彼が語ったことが真実なのだと信じたのは、デリックがアーバント帝国でも有数の権力者の嫡男であり、ルングレム王国からの留学生待遇だったアイザックたちの態度があまりにひどかったからだ。

 もし、品行方正に学校生活を送っていれば、さすがにデリックの言ったことを鵜呑みにすることはなかったはずだ。

『何? どういうこと? 説明して頂戴!』

 リディア一人がデリックの言ったことを理解していない。
 しかし、彼の一言でアイザックがひどく立場を無くしていることはなんとなく分かった。

 そのため、自分を助けてくれるのかと、デリックに向けて弱弱しく訴えた。

『デリック様! わたしを助けに来てくれたんですね!?』

 しかし、デリックは完全にリディアを無視し、道を空けた。

「ルングレム王国に帰るのなら止めないが、ホテルでの滞在費はきちんと支払ってからにしれくれ」

 その響きは、田舎の貧乏人が、という嘲笑が混ざっていそうだ。
 踏み倒すなど絶対に許さないぞと睨む。

「ぜひとも、それはお願いしたいですね。まさか、今までの買い物を全て、こちらの好意で支払いを免除していると思っていらっしゃいました?」

 デリックの後ろからひょこりとカイゼンが現れた。

「色々なものをお買い上げいただけて、こちらはとてもうれしく思いますが、支払いをしないままお国に戻られれば、抗議の文面を大使殿に送ることになります」
「そなた! 好きに買い物をしてくれと言っていたではないか!? 支払いについても後日でよいと!」
「言いましたけど、支払いは後日で言いというのは、踏み倒していいという意味ではありませんよ? ルングレム王国にお戻りになられるのなら、支払いを全て終えてからお願いしますね」

 アメルは、デリックとその隣のカイゼンに目を細めた。

「些細な金額で大騒ぎするなど、恥ずかしいものだ。金にばかり固執するなど、卑しいもののすることだと知らないのか?」
「それはルングレム王国での話でしょう。アーバンド帝国では、些細な金額でもしっかり請求するのがお国柄なんですよ。知りませんでしたか?」

 にこりと笑みを浮かべるカイゼンに、デリックが睨んだ。

「俺は――」
「あ、はいはい! あとで話合おうね、デリック」

 さらりと流すカイゼンが、懐から用紙を取り出しアイザックに渡す。

「こちらは請求書ですよ」

 バッと勢いよく奪い、アイザックが確認する。
 そして、目を見開いた。

「不当な金額の請求ではないか!」
「全く不当ではありませんよ。我が家は最高級のものしか置いていません。小さな石一つとっても、他の店のものとは比べようもありません。アイザック様から贈られた宝石を、みなさん喜んでいませんでした?」

 カイゼンの実家が運営する商会の宝石は、どの店よりも一級品だ。
 それこそ、帝室の人間だって好んで商会を利用する。

 アーバンド帝国では、カイゼンの店で取り扱われている宝石を身に着けることが、女性たちの夢でもあった。

『ああ、あなたは確か大陸共通語がご理解いただけていないんですよね? 少し説明しますと、アイザック様は装飾品を数多くの女性に送っておりまして、その支払いを請求しておりました』

 カイゼンは懇切丁寧にリディアに説明する。

『かなりの金額ですが、それだけ価値のある宝石ばかり。私はあなたに贈るものだとばかり思っておりましたが、どうやら違ったようですね』

 その煽るような一言は余計だ。
 リディアが、キッとアイザックを目つき鋭く睨む。

『わたしに罪を擦り付ける前に、あなた様はその女性にだらしないところを直した方がよろしいですわね? アイザック様はわたしが公爵令嬢だから求婚したとおっしゃいましたが、わたしだってあなたが王太子だから求婚を受けようと思ったんです』
『私を愚弄するのか!?』
『事実を申し上げたまでです。宝石一つすぐに支払えない貧乏人では、わたしにはふさわしくないことがよく分かりました。本当に、あなたの本性を知れてほっとしています。小さな石で満足するような売女がよほどお似合いですわね?』

 不毛な争いが繰り広げられ、デリックが余計な事を言ったカイゼンの足を蹴っているのがアメルの目に映った。

 お互いがお互いを罵り合う姿に、ある者はしらけ、ある者は大いに楽しみ、ある者はつまらない喜劇を見ているかのようにその現場を見ていた。

 翌日には、学校中に知れ渡るこの騒動は、しばらく他の噂では書き消えない娯楽だろうな、と自国の恥に、深くため息をついた。

 

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