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20.苛立ちの中の名案
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「あの……、申し訳ありません、アイザック様? わたしのせいで婚約者様と喧嘩はなさらないで?」
「そなたが謝る事じゃない。悪いのは、親切にしている君に暴力を振るった彼女のほうだ」
優しいまなざしで、腕にいやしくも縋りつく女子には優しい目を向け、リディアにはまるで汚らわしいものを見るかのような目で見てくるアイザック。
どうして、この男が一番ふさわしいと思ったのか、過去の自分に問い詰めたい気分だった。
『殿下も、そのような女に現をぬかしていると国王陛下がご存じになった時、きっとお許しになりませんわ!』
『リディア! 私は彼女に謝罪をしているだけだ。ルングレム王国の名を汚し貶めるだけではなく、私の名誉までも汚すのか!? なぜ、そのようになってしまったのだ。ルングレム王国では、失敗にも寛大だったではないか……』
それは、今も寛大な気持ちで浮気を許せということだろうか。
そんなの許せるはずもない。
自分が一番でなえれば気に済まないリディアは、もういいと怒りを露わにしたまま、ディリスの腕を掴んだ。
『ディリス様、わたしもう疲れました。家に帰りたいわ』
『そうだな――。アイザック、しばらくの寝床は自分で見つけてくれ』
『そうだな。リディアにも考える時間が必要だろうからな』
結局アイザックは謝罪することなく、学校の女子生徒をエスコートしてその場を離れて行った。
リディアには、その姿がみっともなく見えた。
アイザックにエスコートされていた女子生徒は、どうみても貴族じゃない。
マナーもなっていないし、公爵令嬢であるリディアに対する非礼に対して、まるで自分の方が被害者だと訴えるその卑しい心根が、人の慈悲に縋って生きている平民と同じだ。
馬車に乗り込むと、リディアはディリスに涙ながらに訴えた。
「もう嫌です。ルングレム王国に帰りたいわ。だって、ここの人たちはみんなわたしに冷たいんですもの。わたしは公爵令嬢なんですよ? それなのに、どうして王族でもない方から責められなければならないの? お店にも入れないし、ルングレム王国ではこんなこと絶対にありえませんのに」
「店に入れなかったのは、きっとアメル・リンデルスのせいだ」
アメルの名に、リディアは顔を覆っていた手を外す。
「アメルのせい? それはどういう――?」
「あの店はドックドリー商会と業務提携していると言っていた。ドックドリー商会は、アメル・リンデルスの隣にいた女の実家だったはずだ。今思い出した、どこかで見たことがあると思っていたんだ」
「その、ドックドリー商会って?」
「ああ、恐れ多くも帝室を差し置いて富を独占している平民の商会だ。目障りな商会だが、金だけは持っている。その金をバラまいて、リディアに嫌がらせをしているに違いない」
ドックドリー商会といざこざがあり店に入れないのは、ディリス自身のせいであるが、それはアメルのせいだと責任転嫁する。
リディアには平民に侮られているなどと、思われたくない。
それに、ディリス自身もそんな風に思いたくなかった。
「あの女は、私が直々に相手をしてやる機会を与えたのに、平民の分際で断り、あろうことか汚い手段を用いて私にすべての罪を擦り付けたのだ」
「ディリス様、わたしすぐに分かりました。アメルの側にいたあの子の性格が良くないって。この国の女性はきっとみんなあんな感じなんですね? ああ、アメルがわたしに冷たくするのも分かった気がします。きっと、その平民の娘がアメルを変えてしまったんだわ」
なんと恐ろしいところなのだろう。
アーバント帝国の女性は、みんながきっと性格がよくないのだ。
愚図でのろまで、気の利かないアメルなんてきっといいように手の上で転がす位は、ちょうどいい相手なんだろう。
そして、アーバント帝国の女性のように性格が悪くなってしまった。
その時、ふとリディアの脳裏に名案が浮かんだ。
「わたし、アメルの元で一緒に暮らそうと思うのです。アメルが変わってしまったのなら、従姉であるわたしが導かねばなりません。本当は、アイザック様たちこそわたしが正し道に戻さなければなりませんが、今は何を言っても無駄ですもの」
正直、アイザックたちの姿を見て、リディアはがっかりしていた。
か弱き女性であるリディアに対して、あのように罵声を浴びせるような男性では、恋心もあっさりと離れてしまう。
それにディリスもだ。
アーバント帝国に戻って来てから、なんとも頼りなく感じてしまった。
しかし、それに比べてアメルを庇った相手――デリックは違う。
昼食の時、苛立っていたが、情報も仕入れていた。
デリック・ノイマンとカイゼン・ブレーゼン。
どちらも、アーバント帝国では有数の資産家。
しかもデリックは公爵家の嫡男。
皇子であるディリスからもアメルを庇うだけの力があり、しかもかなり魅力的な男性だった。
彼こそ、自分にふさわしいのではないかとリディアは考え、どうすれば自分を知ってもらえるのか思い悩んだ。
そこで、アメルの存在だ。
アメルが彼に自分を紹介しないことに苛立ったが、デリックとアメルは同じ邸宅で暮らしていると聞いた。
だったら、アメルの従姉である自分のともに暮らすことに何の不思議もない。
きっと、側にいればアメルなんかよりも魅力的な自分を選ぶだろう、そんな確信がリディアにはあった。
アメルも好きなように扱えて一石二鳥とはこのことだ、とにんまり笑う。
本当は暮らしに不自由がないか確認し、アメルからともに暮らそうと誘うのが当然なのだが、そこは見逃してあげよう。
狭量だと、アイザックに責められたが、自分はとても寛大なのだ。
「わたし、アメルを救い出したいんです! あんな性格の悪くなったアメルでも、わたしの従妹ですもの。ですから、側で正しい道を示したいんです。どうかお許しください」
「そなたが謝る事じゃない。悪いのは、親切にしている君に暴力を振るった彼女のほうだ」
優しいまなざしで、腕にいやしくも縋りつく女子には優しい目を向け、リディアにはまるで汚らわしいものを見るかのような目で見てくるアイザック。
どうして、この男が一番ふさわしいと思ったのか、過去の自分に問い詰めたい気分だった。
『殿下も、そのような女に現をぬかしていると国王陛下がご存じになった時、きっとお許しになりませんわ!』
『リディア! 私は彼女に謝罪をしているだけだ。ルングレム王国の名を汚し貶めるだけではなく、私の名誉までも汚すのか!? なぜ、そのようになってしまったのだ。ルングレム王国では、失敗にも寛大だったではないか……』
それは、今も寛大な気持ちで浮気を許せということだろうか。
そんなの許せるはずもない。
自分が一番でなえれば気に済まないリディアは、もういいと怒りを露わにしたまま、ディリスの腕を掴んだ。
『ディリス様、わたしもう疲れました。家に帰りたいわ』
『そうだな――。アイザック、しばらくの寝床は自分で見つけてくれ』
『そうだな。リディアにも考える時間が必要だろうからな』
結局アイザックは謝罪することなく、学校の女子生徒をエスコートしてその場を離れて行った。
リディアには、その姿がみっともなく見えた。
アイザックにエスコートされていた女子生徒は、どうみても貴族じゃない。
マナーもなっていないし、公爵令嬢であるリディアに対する非礼に対して、まるで自分の方が被害者だと訴えるその卑しい心根が、人の慈悲に縋って生きている平民と同じだ。
馬車に乗り込むと、リディアはディリスに涙ながらに訴えた。
「もう嫌です。ルングレム王国に帰りたいわ。だって、ここの人たちはみんなわたしに冷たいんですもの。わたしは公爵令嬢なんですよ? それなのに、どうして王族でもない方から責められなければならないの? お店にも入れないし、ルングレム王国ではこんなこと絶対にありえませんのに」
「店に入れなかったのは、きっとアメル・リンデルスのせいだ」
アメルの名に、リディアは顔を覆っていた手を外す。
「アメルのせい? それはどういう――?」
「あの店はドックドリー商会と業務提携していると言っていた。ドックドリー商会は、アメル・リンデルスの隣にいた女の実家だったはずだ。今思い出した、どこかで見たことがあると思っていたんだ」
「その、ドックドリー商会って?」
「ああ、恐れ多くも帝室を差し置いて富を独占している平民の商会だ。目障りな商会だが、金だけは持っている。その金をバラまいて、リディアに嫌がらせをしているに違いない」
ドックドリー商会といざこざがあり店に入れないのは、ディリス自身のせいであるが、それはアメルのせいだと責任転嫁する。
リディアには平民に侮られているなどと、思われたくない。
それに、ディリス自身もそんな風に思いたくなかった。
「あの女は、私が直々に相手をしてやる機会を与えたのに、平民の分際で断り、あろうことか汚い手段を用いて私にすべての罪を擦り付けたのだ」
「ディリス様、わたしすぐに分かりました。アメルの側にいたあの子の性格が良くないって。この国の女性はきっとみんなあんな感じなんですね? ああ、アメルがわたしに冷たくするのも分かった気がします。きっと、その平民の娘がアメルを変えてしまったんだわ」
なんと恐ろしいところなのだろう。
アーバント帝国の女性は、みんながきっと性格がよくないのだ。
愚図でのろまで、気の利かないアメルなんてきっといいように手の上で転がす位は、ちょうどいい相手なんだろう。
そして、アーバント帝国の女性のように性格が悪くなってしまった。
その時、ふとリディアの脳裏に名案が浮かんだ。
「わたし、アメルの元で一緒に暮らそうと思うのです。アメルが変わってしまったのなら、従姉であるわたしが導かねばなりません。本当は、アイザック様たちこそわたしが正し道に戻さなければなりませんが、今は何を言っても無駄ですもの」
正直、アイザックたちの姿を見て、リディアはがっかりしていた。
か弱き女性であるリディアに対して、あのように罵声を浴びせるような男性では、恋心もあっさりと離れてしまう。
それにディリスもだ。
アーバント帝国に戻って来てから、なんとも頼りなく感じてしまった。
しかし、それに比べてアメルを庇った相手――デリックは違う。
昼食の時、苛立っていたが、情報も仕入れていた。
デリック・ノイマンとカイゼン・ブレーゼン。
どちらも、アーバント帝国では有数の資産家。
しかもデリックは公爵家の嫡男。
皇子であるディリスからもアメルを庇うだけの力があり、しかもかなり魅力的な男性だった。
彼こそ、自分にふさわしいのではないかとリディアは考え、どうすれば自分を知ってもらえるのか思い悩んだ。
そこで、アメルの存在だ。
アメルが彼に自分を紹介しないことに苛立ったが、デリックとアメルは同じ邸宅で暮らしていると聞いた。
だったら、アメルの従姉である自分のともに暮らすことに何の不思議もない。
きっと、側にいればアメルなんかよりも魅力的な自分を選ぶだろう、そんな確信がリディアにはあった。
アメルも好きなように扱えて一石二鳥とはこのことだ、とにんまり笑う。
本当は暮らしに不自由がないか確認し、アメルからともに暮らそうと誘うのが当然なのだが、そこは見逃してあげよう。
狭量だと、アイザックに責められたが、自分はとても寛大なのだ。
「わたし、アメルを救い出したいんです! あんな性格の悪くなったアメルでも、わたしの従妹ですもの。ですから、側で正しい道を示したいんです。どうかお許しください」
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