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19.往来での騒ぎ

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「なぜ入れないのだ!」

 やってきた店の前で、入店を拒否されているディリスが道の真ん中で叫んだ。
 往来の多い、帝都の中央街でのことで、周囲は何事だと足をとめ、ディリスとリディアを見ている。

「私が誰か知っているのか?」
「はい、もちろんですとも。アーバント帝国において、あなたを知らない者はいないでしょう、第一皇子殿下」

 店の従業員と思わしき人物が、にこりと微笑んだ。

「帝室の人間を入店させないとは、これは反逆罪になるぞ!?」
「恐れ多くも、我々はアーバント帝国の帝室に反逆するようなことは考えておりません。しかしながら、上の指示にて、殿下の入店はお断りさせていただくしかありません」
「なんだと?」
「以前、ドックドリー商会と殿下の間でいざこざがありましたよね?」
「それがどうした? お前のところとは問題を起こしてはいないだろう!」
「そうですが、実は先日ドックドリー商会と業務提携を結びまして。そのため、殿下の入店はご遠慮いただきたいのです」

 相手は下手の態度だが、明らかにディリスを侮っていた。

 なにせディリスは、アーバント帝国では有名なバカ皇子として名を馳せている。
 それは貴族だけでなく、ほとんどの国民の知るとこだ。

 ディリスは、その評価こそが間違っていると声高に父王にも訴えているが、それが認められることはなかった。
 
 帝位継承権を失うとはよっぽどのことだが、リディアやルングレム王国の知り合いには、不当にも弟に嵌められたのだと言っていた。

 国民の指示もあると。

『ディリス様、どうされたのですか? なぜ、お店に入れないのでしょうか?』
『ああ、リディア。我が敵対分子が、我々の入店を拒否しているのだ。全く、リディアという他国の高貴な女性がいるにも関わらず、彼らは商機を逃していることになぜ気づかないのだ。ふん。店はここだけではない。考えてみれば、この店ではリディアの容姿を満足させる品は手に入らなかったな』
 
 負け惜しみを吐き出し、ディリスはリディアを連れて馬車に引き返そうとした。
 その時、店の中から出てきたのは、なんと王太子アイザックとその側近たち。
 全員、リディアに求婚していた者たちばかりだ。

 それなのに、彼らの横には、それぞれ学校の制服を着た女子たちがいた。
 腕を組み、媚びるような笑みを浮かべた女子たちが、嬉しそうに彼らに話しかけていた。

『ちょっと! アイザック様、これは一体どういうことですか!?』

 リディアが叫び、ディリスのエスコートを振りほどき、店から出てきたアイザックにリディアは詰め寄った。

 リディアたちは店から入店を拒否されたのに、アイザックたちは何の問題もなく利用できていることにも腹がたつが、それよりもリディアと仲直りするための品を買い求めるどころか、女子たちと一緒にいるのはどういうことなのか。

 もし、買い物を手伝ってもらっていたとしても、リディアの好みを知るはずがないのだから、謝罪も兼ねて自分を誘うのが筋というものではないか。

『リディア、この者たちは君に恥をかかされた者たちだ。かわいそうに、彼女は頬が腫れている。本来なら、訴えられても仕方がないところ、私がこうして彼女に謝罪をし、謝罪の証として品物を買ってあげていた』
『わたしが悪いとおっしゃるのですか? そこの女が弁えず殿下を誘惑しようとなさっているから、わたしが殿下のためを思い悪者になりましたのに!』

 アイザックの隣にいる存在をぎろりと睨むと、まるで弱弱しい存在のようにアイザックの陰に隠れる。
 その口元には笑みが浮かんでいた。

 しかし、アイザックやその側近たちはそのことに気づかず、リディアが一方的に弱者をいたぶっているようにしか見えなかった。

 アイザックは目じりを吊り上げて、リディアを叱責する。

『リディア、君はもう少し視野を広げた方がいいだろう。こんな視野の狭いままでは、一国の王妃は務まらないぞ!』

 突然の叱責に、リディアは困惑するよりも怒りの方が上回った。

 もともと、アイザックがリディアを選んだのではなく、リディアがアイザックを選んでやったのだ。
 求婚してきた者の中で、最も自分自身にふさわしいと思ったから。

 何を勘違いしているのだと、憤慨した。

『あら奇遇ですわね。わたしも殿下との結婚は考え直した方がよいと思っておりましたのなにせ、浮気症のある殿方との結婚は不幸にしかなりませんもの。一国の王妃になるにあたり、わたしほど知性と品格を兼ね揃えた者はいないというのに、殿下そのような下賤な女のためにわたしを得る機会を永遠に失うのですね』
『口が過ぎるぞ、リディア! ルングレム王国ではそなたに逆らうものは居なかったかもしれないが、アーバント帝国ではそなたは何も持たない女なのだ! 彼女たちこそ、様々なものを兼ね揃えている。色々話を聞くと、お前の知性の低さを思い知ってしまう』
『なんですって? 貴族学院では、わたしは女子でトップの成績ですのよ。そのわたしに向かって知性がないと!?』

 貴族学校では試験がない代わりに、課題の出来で評価される。
 その課題はすべてアメルがやっているのだが、その事実さえ忘れているリディアは、自分の成績を侮辱されて、怒りのあまりめまいがした。


  
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