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涙が落ちる。
この涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
安定した暮らしのために僕と結婚し、子供を作るのが条件の結婚。
今の状況をみて、彼と子供を作るのは無理だと思った。
僕は、彼と彼が愛する人が抱き合う姿をこれ以上見ていられずに、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。14歳。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼は伯爵家次男で、彼が婿に入る話だった。
代々騎士の家系である彼は、幼い頃より体格も良く、騎士として有望株の一人でもあった。
2歳歳上のエドガーの噂は聞くことがあったが、話をしたことはなかった。
学園ではいつも幼馴染みの男爵令息といるのを見かけていた。
幼馴染みは、病弱で、学園に登校した日は必ずエドガー様が隣にいた。
顔合わせの席で見た彼は、赤い髪、金色の瞳がキラキラ輝いて見えて、太陽みたいな人だと思った。
顔も美丈夫と言われる伯爵様に似ていた。
僕は、赤茶色の髪に薄い水色の瞳、顔も良くも悪くもない平凡な顔だった。
名前は覚えられても、顔を初対面の人に覚えられることは少なかった。
彼はどこか冴えない顔の僕より、病弱でも綺麗な幼馴染みを選ぶんだろうなぁと思った。
父に庭園を案内するように言われた。
二人っきりになれば、話すことは何もなかった。
共通の話題だって、学園に通っているくらいで、学年が違えば何を話していいかわからなかった。
ある一角に辿り着くと、叔父上からいただいたバラを紹介した。
白バラなのに、花弁の先にいくにつれ紫色になっていく珍しいバラだ。
叔父上は品種改良の際にできたので、数株いただいたからと分けてくれた。
「綺麗だね。一輪もらってもいいか?」
と聞かれた。
僕は『はい』と答えた。
彼は嬉しそうな顔をした。
僕はその顔を見て、少しドキッとした。
庭師に頼み、一輪切ってもらい、彼に渡した。
『ありがとう』と喜んだ顔は、とても嬉しそうだった。
その後伯爵の申し出により、エドガー様と婚約を結んだ。
父に何度もいいのかと聞かれたけど、僕は『いい』としか答えなかった。
エドガー様は騎士になる鍛練を、僕は領地経営の勉強で、学園が休みの日でもあまり会うことはなかった。
たまに顔合わせのお茶会にきても、僕から話してもエドガー様からはお話をされず、1時間もしない内に帰られていく。
少ないお茶会さえ、エドガー様の幼馴染みが具合が悪いのでお見舞いに行くことになったと返信が時々くるようになった。
エドガー様と病弱な幼馴染みの仲の良さは、僕だけでなく周りも知っていた。
僕は了承するしかなかった。
よくわからぬ婚約者より綺麗な幼馴染みを必然に選んだと思う。
彼が高等科に上がってからは、全く会えない日が続く。
たまに手紙を書いても、鍛練や学園の勉強で忙しいと返事がくる。
婚約者を大事にできないのなら、白紙に戻した方がいいのかもしれないが、僕は彼に恋してしまった。
白紙にする話を父にすることはできなかった。
ある時からエドガー様と幼馴染みが恋仲になったという噂が流れ始めた。
友達のハロルドは心配してくれた。
周りは『やっぱり』とこそこそと陰口を言っている。
家格は僕の方が高いのではっきりと言わないが、平凡顔の僕をエドガー様には不釣り合いと、どこかでバカにしているのは知っていた。
ただ胸が痛かった。
心がバラバラに張り裂けそうだった。
気づいたら、学園の裏の林にまで走っていた。
泣いても泣いても涙が止まらない。
嗚咽も漏れる。
それでも、誰にも見つからないように手で口を押えていたのに、
「誰かいるのか?」
声を掛けられた。
振り返ると、アレクセイがいた。
「アーシェ、か?」
「…セイ君。」
「どうした?!誰かにいじめられたか?!」
「違う、大丈夫。」
「ああ、もう、すぐに大丈夫なんて言うな!」
アレクセイは僕の元にきて、頭をポンポンと撫でる。
優しい温かな手が、僕の涙を徐々に止めてくれる。
「アーシェは、どうしてここに?」
「…セイ君は?」
「俺は今週薬草の水やり当番。高等科の3年になると、当番があるんだよ。」
「大変だね。」
「慣れているから。」
「そうだったね。ふふっ。」
アレクセイは、小さい頃は母親に連れられて、農産科の薬草園にいることが多かった。
水やりの手伝いということで魔法を叩き込まれていた。
アレクセイの同僚の叔父上に連れられて行った僕も一緒にやらされたけど。
僕が3歳の時、流行病で母が亡くなってから、父は領地経営と家の切り盛りで忙しかった。
父がいない日中は、独り身の叔父上が僕の面倒を見てくれた。
叔父上は、農産科に勤務しており、今同僚も子供連れで勤務しているから、遊び相手に丁度良いと僕を家から連れ出してくれた。
その時にアレクセイ親子と出会った。
3歳上のアレクセイは兄貴風を吹かせて、何かと僕の面倒を見てくれた。
僕もアレクセイを兄のように慕っていた。
この国最強夫婦と言われている2人からアレクセイと一緒に魔法と剣術の指導を受けた。
アレクセイが学園に入ってからも、農産科に帰ってくるので、夕方だけだが一緒に時を過ごしていた。
僕が学園に入ってからは、交流が途絶えた。
男爵子息のアレクセイと侯爵子息の僕が一緒にいれば、何を言われるかわからないって。
父からも農産科に行くことを止められた。
王宮は子供の遊び場所じゃないって。
「…アーシェ、今日この後暇なら、鍛練場に来るか?」
「僕、最近剣握ってないよ?」
「たまには身体を動かせ。泣くよりよっぽどいい。」
「ん。」
「よし、決まり!」
と、僕の手を取って、鍛練場に向かった。
道すがら、アレクセイは彼の母親の話をした。
今隣国に気になる人がいるって。
その気になる人は、母親に助けを求めた時はとても衰弱した状態だった。
政略結婚だったけど、旦那様に大事にされずにいて、壊れかけていたそうだった。
今は離縁し、元気になってきているって言った。
今日はその人と隣国の王様とまた釣りに行くって朝張り切って家を出たらしい。
「王様?!」
「そう、王様。相変わらずどこに行っても、王族を扱き使っている。」
「副団長も気が安まらないでしょ?」
「父さんはもう気にしなくなったよ。『浮気さえしなければいい』って言って好きなようにさせてる。」
「浮気。」
「いまだにラブラブな2人が浮気なんてあり得ないし。」
「…そうだね。お二人の仲の良さには定評があるもんね。」
「朝からいちゃつく両親と飯を食べるのもつらいよ。」
「それは、…なんとも。」
「さ、着いたし、やろうぜ。」
と鍛練場に入った。
放課後、騎士を目指す生徒のために学園は開放してくれている。
事前に申請をしておけば、先生からの指導も受けられる。
鍛練場の観覧席には、婚約者や恋人の応援に来ているものもいた。
上着を脱ぎ、木剣を握る。
「軽く打ち合いからな。」
と、アレクセイは剣を振り落とす。
僕は剣で受け止めるが、相変わらず重かった。
「アーシェ、こいよ。」
挑発とわかっても、僕はがむしゃらになりながら、剣を振る。
「右脇が甘い。」
と、右側にきた剣を咄嗟に止める。
「相変わらず、反応だけは速いな。」
と、アレクセイからの右、左とくる連撃を受け止める。
重い剣を受け続け、握力がなくなり、僕の剣が弾き飛んだ。
「あっ!」
「はぁ、悪い。反応が良いから、力を入れ過ぎた。」
「相変わらず重い剣だね。手が震えてる。」
両手がプルプルしている。
当分持てそうなかった。
「休憩しようか?」
「うん。」
壁際におっかかりながら、しゃがみ込む。
「アーシェはもう少し筋肉つけないとな。」
「勉強が忙しくて、鍛練の時間が持ててなかったよ。」
「次期侯爵様だもんな。」
「うん。覚えられることがいっぱいだ。」
「…父さんがアーシェが騎士になれないのを残念がっていたよ。」
「副団長が?!嬉しい褒め言葉だね。」
「父さんが剣を教えて、母さんが魔法を教えたのなんて俺以外はアーシェだけだからな。」
「そう聞くと贅沢だね。」
「贅沢か?スパルタ過ぎて何度も逃げ出したぞ。」
「でも、すぐに捕まっていた。」
「父さんは足が速いし、母さんは拘束魔法を使うし。今だに逃げられないわ。」
「諦めて鍛練したら?」
「逃げるのも鍛練だ。」
「ふふっ、何それ。」
雑談をしていると場内の一角が騒がしくなる。
なんだろうと、アレクセイと見やれば、上位貴族だろう人達が打ち合いをしていて、観覧席には何人かの応援者がいた。
打ち合いをしている中にエドガー様もいた。
「ああ、またか。アイツらが来ると煩くてかなわない。」
「そう、なの?」
「やることが派手で俺は好きじゃない。技の前に基本がなっていないし、あの程度じゃ打ち合いにもなっていない。」
よく見れば、単調な打ち合いにしか過ぎなかった。
変則的な攻撃でもないし、音はカンッカンッて高い音で重さを感じなかった。
「たしかに。」
「そろそろ、俺らもやろうぜ。アーシェからでいいぞ。」
手をグーパーすれば、握力も戻ってきている。
「うん、大丈夫そう。やろうか。」
と、立ち上がる。
立ち位置を確認して、木剣を両手で握る。
目を閉じて深呼吸をする。
カッと目を開けた瞬間、アレクセイに向かって行く。
ジャンプをして、上から剣を振り落とす。
ガンッ!
と剣を受け止められる。
着地と同時に剣を片手に持ち替えて、右から横に薙ぎ払う。
アレクセイは難なく躱す。
両手に持ち直し、速さを乗せて右、左と繰り出す。
速さを重視すると力がない僕の剣は、軽くなる。
でも、段々と速くなる僕に、アレクセイはついていけず、右からの打ち込みが、アレクセイの左脇腹に綺麗に入った。
「っってぇ!」
「あ、セイ君、ごめん!」
と、倒れたアレクセイに駆け寄る。
「いや、大丈夫、大丈夫。父さんのより全然痛くない。」
「本当ごめん。寸止めできなかった。」
「あの速さを急には止められないだろ?油断していた俺が悪い。」
「セイ君。」
「父さんに内緒な?アーシェに負けたなんて知ったら、鍛練が倍になる。」
「ふふっ、わかった。」
と、僕達は立ち上がる。
なんか周りが僕達を観ている。
「君!すごいね!オッドレイに一撃入れられるなんて!」
と、声をかけられた。
「本当!高等科でも敵なしのコイツに勝ったよね?!」
「セイ君、敵なしなの?」
「俺より強いのがいないだけだ。先生相手なら、時々負けている。」
「それでも時々だろ?」
「しかも名前呼びが嫌いなオッドレイが『セイ君』だって。ぷぷっ」
「お前らうるさいぞ!アーシェ煩くて悪いな。コイツら、騎士試験仲間なんだ。」
「そうなんですね。初等科7年のアシェル=オルストです。」
「君、初等科だったの!」
「あの速さでの打ち込みはすげぇ!」
「当たり前だろ。父さんが教えたんだから。」
「副団長仕込みなの!」
「直々の指導。羨ましい。」
「お前らも今日分が終わったんなら、帰ろうぜ?」
「セイ君、医務室行かないの?」
「アーシェの剣は軽いから、行くほどでないよ。それよりもう少し筋肉つけろよ?」
「うっ、付きにくいの知っているくせに。」
と、僕達は鍛練場を出た。
エドガーが僕をじっと見ていたことには気付かなかった。
翌日は軽い筋肉痛になっていた。
朝食の時に父から心配された。
久しぶりに剣を握ったからと伝えた。
父はあまりいい顔をしなかった。
後継は僕しかいないから、危ないことはして欲しくないようだ。
だから、昨日は久しぶりにアレクセイと話せて、打ち合いが出来て楽しかった。
学園に登校したら、ハロルドが昨日は心配したと言ってきた。
突然どこかに走って行ったって探したけど見つからなくて、時間になったから帰らなくてはいけなかったって、話してくれた。
「ハロルド、心配かけてごめん。探してくれてありがとう。」
「ん。」
彼は自分の席に戻っていった。
僕の学年は貴族が少ない。
学年の人数も少なく、半分は平民だ。
ハロルドも苗字がなかったから、平民だと思われている。
でも、時折考え方や所作が、上位貴族を思わせるので、貴族の庶子かもしれない。
ハロルドが自分から言わないから僕は知らない。
僕から聞くこともなかった。
放課後、アレクセイが今週薬草畑の水撒きの当番って言っていたので、昨日のお礼を言いに行ってみることにした。
校舎を出て薬草畑までは、林になっている。
途中、林の奥で、赤いものが目に入った。
木々で隠れるようにエドガー様と、知らない誰かが抱き合っていた。
隠れているつもりでも、エドガー様の赤い髪が緑と対照的に目立っていた。
顔を寄せ合い話をしたり、また抱きしめ合ったりしている。
噂は真実だったのか。
と、他人事のように思えた。
でも、ポロリと涙が溢れる。
もう、彼を婚約者として想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはないなら、もう諦めよう。
僕は涙を拭い、その場から音を立てずに立ち去った。
家に帰った僕はその日のうちに婚約の白紙を父に申し出た。
この涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
安定した暮らしのために僕と結婚し、子供を作るのが条件の結婚。
今の状況をみて、彼と子供を作るのは無理だと思った。
僕は、彼と彼が愛する人が抱き合う姿をこれ以上見ていられずに、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。14歳。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼は伯爵家次男で、彼が婿に入る話だった。
代々騎士の家系である彼は、幼い頃より体格も良く、騎士として有望株の一人でもあった。
2歳歳上のエドガーの噂は聞くことがあったが、話をしたことはなかった。
学園ではいつも幼馴染みの男爵令息といるのを見かけていた。
幼馴染みは、病弱で、学園に登校した日は必ずエドガー様が隣にいた。
顔合わせの席で見た彼は、赤い髪、金色の瞳がキラキラ輝いて見えて、太陽みたいな人だと思った。
顔も美丈夫と言われる伯爵様に似ていた。
僕は、赤茶色の髪に薄い水色の瞳、顔も良くも悪くもない平凡な顔だった。
名前は覚えられても、顔を初対面の人に覚えられることは少なかった。
彼はどこか冴えない顔の僕より、病弱でも綺麗な幼馴染みを選ぶんだろうなぁと思った。
父に庭園を案内するように言われた。
二人っきりになれば、話すことは何もなかった。
共通の話題だって、学園に通っているくらいで、学年が違えば何を話していいかわからなかった。
ある一角に辿り着くと、叔父上からいただいたバラを紹介した。
白バラなのに、花弁の先にいくにつれ紫色になっていく珍しいバラだ。
叔父上は品種改良の際にできたので、数株いただいたからと分けてくれた。
「綺麗だね。一輪もらってもいいか?」
と聞かれた。
僕は『はい』と答えた。
彼は嬉しそうな顔をした。
僕はその顔を見て、少しドキッとした。
庭師に頼み、一輪切ってもらい、彼に渡した。
『ありがとう』と喜んだ顔は、とても嬉しそうだった。
その後伯爵の申し出により、エドガー様と婚約を結んだ。
父に何度もいいのかと聞かれたけど、僕は『いい』としか答えなかった。
エドガー様は騎士になる鍛練を、僕は領地経営の勉強で、学園が休みの日でもあまり会うことはなかった。
たまに顔合わせのお茶会にきても、僕から話してもエドガー様からはお話をされず、1時間もしない内に帰られていく。
少ないお茶会さえ、エドガー様の幼馴染みが具合が悪いのでお見舞いに行くことになったと返信が時々くるようになった。
エドガー様と病弱な幼馴染みの仲の良さは、僕だけでなく周りも知っていた。
僕は了承するしかなかった。
よくわからぬ婚約者より綺麗な幼馴染みを必然に選んだと思う。
彼が高等科に上がってからは、全く会えない日が続く。
たまに手紙を書いても、鍛練や学園の勉強で忙しいと返事がくる。
婚約者を大事にできないのなら、白紙に戻した方がいいのかもしれないが、僕は彼に恋してしまった。
白紙にする話を父にすることはできなかった。
ある時からエドガー様と幼馴染みが恋仲になったという噂が流れ始めた。
友達のハロルドは心配してくれた。
周りは『やっぱり』とこそこそと陰口を言っている。
家格は僕の方が高いのではっきりと言わないが、平凡顔の僕をエドガー様には不釣り合いと、どこかでバカにしているのは知っていた。
ただ胸が痛かった。
心がバラバラに張り裂けそうだった。
気づいたら、学園の裏の林にまで走っていた。
泣いても泣いても涙が止まらない。
嗚咽も漏れる。
それでも、誰にも見つからないように手で口を押えていたのに、
「誰かいるのか?」
声を掛けられた。
振り返ると、アレクセイがいた。
「アーシェ、か?」
「…セイ君。」
「どうした?!誰かにいじめられたか?!」
「違う、大丈夫。」
「ああ、もう、すぐに大丈夫なんて言うな!」
アレクセイは僕の元にきて、頭をポンポンと撫でる。
優しい温かな手が、僕の涙を徐々に止めてくれる。
「アーシェは、どうしてここに?」
「…セイ君は?」
「俺は今週薬草の水やり当番。高等科の3年になると、当番があるんだよ。」
「大変だね。」
「慣れているから。」
「そうだったね。ふふっ。」
アレクセイは、小さい頃は母親に連れられて、農産科の薬草園にいることが多かった。
水やりの手伝いということで魔法を叩き込まれていた。
アレクセイの同僚の叔父上に連れられて行った僕も一緒にやらされたけど。
僕が3歳の時、流行病で母が亡くなってから、父は領地経営と家の切り盛りで忙しかった。
父がいない日中は、独り身の叔父上が僕の面倒を見てくれた。
叔父上は、農産科に勤務しており、今同僚も子供連れで勤務しているから、遊び相手に丁度良いと僕を家から連れ出してくれた。
その時にアレクセイ親子と出会った。
3歳上のアレクセイは兄貴風を吹かせて、何かと僕の面倒を見てくれた。
僕もアレクセイを兄のように慕っていた。
この国最強夫婦と言われている2人からアレクセイと一緒に魔法と剣術の指導を受けた。
アレクセイが学園に入ってからも、農産科に帰ってくるので、夕方だけだが一緒に時を過ごしていた。
僕が学園に入ってからは、交流が途絶えた。
男爵子息のアレクセイと侯爵子息の僕が一緒にいれば、何を言われるかわからないって。
父からも農産科に行くことを止められた。
王宮は子供の遊び場所じゃないって。
「…アーシェ、今日この後暇なら、鍛練場に来るか?」
「僕、最近剣握ってないよ?」
「たまには身体を動かせ。泣くよりよっぽどいい。」
「ん。」
「よし、決まり!」
と、僕の手を取って、鍛練場に向かった。
道すがら、アレクセイは彼の母親の話をした。
今隣国に気になる人がいるって。
その気になる人は、母親に助けを求めた時はとても衰弱した状態だった。
政略結婚だったけど、旦那様に大事にされずにいて、壊れかけていたそうだった。
今は離縁し、元気になってきているって言った。
今日はその人と隣国の王様とまた釣りに行くって朝張り切って家を出たらしい。
「王様?!」
「そう、王様。相変わらずどこに行っても、王族を扱き使っている。」
「副団長も気が安まらないでしょ?」
「父さんはもう気にしなくなったよ。『浮気さえしなければいい』って言って好きなようにさせてる。」
「浮気。」
「いまだにラブラブな2人が浮気なんてあり得ないし。」
「…そうだね。お二人の仲の良さには定評があるもんね。」
「朝からいちゃつく両親と飯を食べるのもつらいよ。」
「それは、…なんとも。」
「さ、着いたし、やろうぜ。」
と鍛練場に入った。
放課後、騎士を目指す生徒のために学園は開放してくれている。
事前に申請をしておけば、先生からの指導も受けられる。
鍛練場の観覧席には、婚約者や恋人の応援に来ているものもいた。
上着を脱ぎ、木剣を握る。
「軽く打ち合いからな。」
と、アレクセイは剣を振り落とす。
僕は剣で受け止めるが、相変わらず重かった。
「アーシェ、こいよ。」
挑発とわかっても、僕はがむしゃらになりながら、剣を振る。
「右脇が甘い。」
と、右側にきた剣を咄嗟に止める。
「相変わらず、反応だけは速いな。」
と、アレクセイからの右、左とくる連撃を受け止める。
重い剣を受け続け、握力がなくなり、僕の剣が弾き飛んだ。
「あっ!」
「はぁ、悪い。反応が良いから、力を入れ過ぎた。」
「相変わらず重い剣だね。手が震えてる。」
両手がプルプルしている。
当分持てそうなかった。
「休憩しようか?」
「うん。」
壁際におっかかりながら、しゃがみ込む。
「アーシェはもう少し筋肉つけないとな。」
「勉強が忙しくて、鍛練の時間が持ててなかったよ。」
「次期侯爵様だもんな。」
「うん。覚えられることがいっぱいだ。」
「…父さんがアーシェが騎士になれないのを残念がっていたよ。」
「副団長が?!嬉しい褒め言葉だね。」
「父さんが剣を教えて、母さんが魔法を教えたのなんて俺以外はアーシェだけだからな。」
「そう聞くと贅沢だね。」
「贅沢か?スパルタ過ぎて何度も逃げ出したぞ。」
「でも、すぐに捕まっていた。」
「父さんは足が速いし、母さんは拘束魔法を使うし。今だに逃げられないわ。」
「諦めて鍛練したら?」
「逃げるのも鍛練だ。」
「ふふっ、何それ。」
雑談をしていると場内の一角が騒がしくなる。
なんだろうと、アレクセイと見やれば、上位貴族だろう人達が打ち合いをしていて、観覧席には何人かの応援者がいた。
打ち合いをしている中にエドガー様もいた。
「ああ、またか。アイツらが来ると煩くてかなわない。」
「そう、なの?」
「やることが派手で俺は好きじゃない。技の前に基本がなっていないし、あの程度じゃ打ち合いにもなっていない。」
よく見れば、単調な打ち合いにしか過ぎなかった。
変則的な攻撃でもないし、音はカンッカンッて高い音で重さを感じなかった。
「たしかに。」
「そろそろ、俺らもやろうぜ。アーシェからでいいぞ。」
手をグーパーすれば、握力も戻ってきている。
「うん、大丈夫そう。やろうか。」
と、立ち上がる。
立ち位置を確認して、木剣を両手で握る。
目を閉じて深呼吸をする。
カッと目を開けた瞬間、アレクセイに向かって行く。
ジャンプをして、上から剣を振り落とす。
ガンッ!
と剣を受け止められる。
着地と同時に剣を片手に持ち替えて、右から横に薙ぎ払う。
アレクセイは難なく躱す。
両手に持ち直し、速さを乗せて右、左と繰り出す。
速さを重視すると力がない僕の剣は、軽くなる。
でも、段々と速くなる僕に、アレクセイはついていけず、右からの打ち込みが、アレクセイの左脇腹に綺麗に入った。
「っってぇ!」
「あ、セイ君、ごめん!」
と、倒れたアレクセイに駆け寄る。
「いや、大丈夫、大丈夫。父さんのより全然痛くない。」
「本当ごめん。寸止めできなかった。」
「あの速さを急には止められないだろ?油断していた俺が悪い。」
「セイ君。」
「父さんに内緒な?アーシェに負けたなんて知ったら、鍛練が倍になる。」
「ふふっ、わかった。」
と、僕達は立ち上がる。
なんか周りが僕達を観ている。
「君!すごいね!オッドレイに一撃入れられるなんて!」
と、声をかけられた。
「本当!高等科でも敵なしのコイツに勝ったよね?!」
「セイ君、敵なしなの?」
「俺より強いのがいないだけだ。先生相手なら、時々負けている。」
「それでも時々だろ?」
「しかも名前呼びが嫌いなオッドレイが『セイ君』だって。ぷぷっ」
「お前らうるさいぞ!アーシェ煩くて悪いな。コイツら、騎士試験仲間なんだ。」
「そうなんですね。初等科7年のアシェル=オルストです。」
「君、初等科だったの!」
「あの速さでの打ち込みはすげぇ!」
「当たり前だろ。父さんが教えたんだから。」
「副団長仕込みなの!」
「直々の指導。羨ましい。」
「お前らも今日分が終わったんなら、帰ろうぜ?」
「セイ君、医務室行かないの?」
「アーシェの剣は軽いから、行くほどでないよ。それよりもう少し筋肉つけろよ?」
「うっ、付きにくいの知っているくせに。」
と、僕達は鍛練場を出た。
エドガーが僕をじっと見ていたことには気付かなかった。
翌日は軽い筋肉痛になっていた。
朝食の時に父から心配された。
久しぶりに剣を握ったからと伝えた。
父はあまりいい顔をしなかった。
後継は僕しかいないから、危ないことはして欲しくないようだ。
だから、昨日は久しぶりにアレクセイと話せて、打ち合いが出来て楽しかった。
学園に登校したら、ハロルドが昨日は心配したと言ってきた。
突然どこかに走って行ったって探したけど見つからなくて、時間になったから帰らなくてはいけなかったって、話してくれた。
「ハロルド、心配かけてごめん。探してくれてありがとう。」
「ん。」
彼は自分の席に戻っていった。
僕の学年は貴族が少ない。
学年の人数も少なく、半分は平民だ。
ハロルドも苗字がなかったから、平民だと思われている。
でも、時折考え方や所作が、上位貴族を思わせるので、貴族の庶子かもしれない。
ハロルドが自分から言わないから僕は知らない。
僕から聞くこともなかった。
放課後、アレクセイが今週薬草畑の水撒きの当番って言っていたので、昨日のお礼を言いに行ってみることにした。
校舎を出て薬草畑までは、林になっている。
途中、林の奥で、赤いものが目に入った。
木々で隠れるようにエドガー様と、知らない誰かが抱き合っていた。
隠れているつもりでも、エドガー様の赤い髪が緑と対照的に目立っていた。
顔を寄せ合い話をしたり、また抱きしめ合ったりしている。
噂は真実だったのか。
と、他人事のように思えた。
でも、ポロリと涙が溢れる。
もう、彼を婚約者として想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはないなら、もう諦めよう。
僕は涙を拭い、その場から音を立てずに立ち去った。
家に帰った僕はその日のうちに婚約の白紙を父に申し出た。
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