【完結】陸離たる新緑のなかで

ゆい

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オッドレイ様とあの診察の時から、約3週間が経った頃に、オッドレイ様が会いに来てくれた。

「シオン君、その後はどう?」

「はい、おかげさまで、起き上がれるようになりました。イクリス先生も、患部も治ってきているって言ってくれました。」

「良かったよ。それにしても僕に会いたいなんて、惚れちゃった?僕、これでも30過ぎているし、人妻で、一児の母だよ?」

「そうなんですか?30歳過ぎには見えないです。私より2、3歳上かと思っていました。」

「ふふっ、ありがとう。でも、話したいことは違うことでしょ?」

「はい、…鑑定で何が見えましたか?」

「…従者がいない方がよくない?それとも日本語で話す?」

「いえ、彼は知っています。知った上で、私に付いていてくれています。日本語だと、元々の言葉遣いが粗いので、このままで大丈夫です。」

「そう。鑑定では、『憑依者』『元日本人』『母親に捨てられた子』って出ていた。前2つはいいとして、最後が気になっていた。だから、僕も会って話をしたかった。ちなみに僕は『転生者』『元日本人』です。夫にすら話した事はないよ。5歳の時に前世の記憶を取り戻してから、誰にも話したことはないんだ。もう、前世の記憶を合わせて、僕という人間が出来上がったんだから、今更言う必要はないからね。」

「わかりました。絶対に口外しません。」

「あとで、誓約魔法をかけさせてもらうね。従者君も。僕のことで夫が知らないことは、誰も知らなくていいことだから。」

「わかりました。ネリもいい?」

「はい、かしこまりました。」

「ありがとう。で、シオン君の話を聞かせて?」

私は、前の世界の話を話した。ばあちゃんに育てられたこと、叔父さん家族のこと、母親のこと、憑依することになった出来事、この世界に来てからのことを全部話した。
オッドレイ様は、口を挟まずに聞いてくれた。
全部を聞いて、

「虐待の極みだな。はぁ、現代社会の病みだな。昔はさ、虐待って負の連鎖って言われていたんだよ。虐待を受けた子が大人になると、自分の子を虐待するって。育った環境がそうだから、子どもはそうやって育つものだって、間違った認識したまま大人になるっていうものだ。でも、シオン君の話を聞くと、おばあさんも、叔父さんもそうでないのに、母親がネグレクトという虐待をした。つまりは、どこに原因があるかわからない。それが2000年以降、顕著に報告例があがっているって何かの記事で読んだことがある。正にそれだな。」

「……でも、この世界に来れて良かったです。両親と兄が出来ましたし。」

「そうだね。いっぱいこの世界を楽しみなよ。家族も恋人もいるなら、毎日が楽しいことばかりだ。」

「はい。だから、治療しに来ました。」

「そうだった、忘れていた。ごめん。」

「いえ、同郷の方にも会えましたし。オッドレイ様、ありがとうございます。」

「アルサスでいいよ。様もやめて。」

「えぇっと、アルサス、さん?」

「それでいい。歩けるようなったら、僕が魔法を教えてあげるよ。うん、と。あった。手紙を書いて、コレを上に乗せると、僕に届くから。」

と収納魔法からガラス細工の鳥を出した。

「いいですか?」

「いいよ。そろっと帰らないとだから、誓約魔法をかけさてもらうよ。君達なら、誰にも話さないとは思うけど、念の為。それに無理に聞き出そうとする人がいたら、スタンガン並みの雷魔法が発動するようにしておこう。」

と、アルサスさんは、私とネリの眉間にちょんと、人差し指を押した。

「はい、これで終わり。」

「えっ?もう、終わりですか?」

「んっ?終わったよ。不安かい?従者君、私が転生者と紙に書いてみて?」

「?はい。」

と、ネリはいつも持ち歩いている手帳を出し、余白部分に書こうとしたけど、手が途中から動かなくなった。

「うん、大丈夫だね。話すこと、文にすることなど、人に伝わることを禁止したからね。話そうとすると、口が開かなくなるから。今は、この3人だから、普通に話せるんだ。だから試せないんだけど。」

「「わかりました。」」

「じゃあ、今日はこれで失礼するね。お大事に。」

と言って帰っていった。
ネリは、アルサスさんの魔法に驚いたと言っていた。
収納魔法も、ガラスの鳥にかけられた伝達魔法も、上級魔法師でもなかなかできないことらしい。
しかも、ネリに色々と人が教えてくれるらしく、アルサスさんがこの療養園を建てた人らしい。
知識も魔法も人格も、とても優れている人で有名らしい。
私が魔法を教えてもらえるのは、凄く珍しいことだと言っていた。
何だかすごい人と知り合えたようだ。

父様達に手紙を書けるくらいに、体力は回復してきた。
イクリス先生もだいぶ治ってきているから、ネリがついているなら、ベッドの回りを歩く練習をしてもいいって言ってくれた。
まだトイレまではダメだったけど。
湯浴みもできるようになった。
浴室は、介護者が入れるように広かった。
髪も伸びてきたから、ネリに切ってもらおうと思ったが、ネリが『こちらの国は、髪の手入れの品数が豊富ですので、伸ばされたらどうですか?シオン様の髪質なら、更に綺麗になりますよ。』なんて言って切ってくれなかった。



療養園にきて、3ヶ月が経つ頃、アベルとカインから手紙届いた。
再来週あたりにこちらにお見舞いに来れるって書いてあった。

「ネリ、再来週あたりにアベルとカインが来るって!」

「シオン様良かったですね。」

「どうしよう、私、変なところないかな?前より太ったし。」

「大丈夫です。太ったわけでなくて、筋肉が付いてきたので、体重が増加しただけです。歩くのもだいぶ滑らかになってきましたし。」

「そう?なら、安心だ。」

「私もシオン様の喜んだお顔が見れて、安心しました。」

「ネリ、…いつもありがとう。ネリが付いていてくれるから、私は頑張られるよ。」

「シオン様が付いていくって決めたのは私です。だから、感謝の言葉はいりませんよ。」

「それでも、私は言いたいんだよ。」

「はい、それがシオン様ですね。」

「そう、これが私だから。」




「神経や魔力の回路は、完全に回復した。これでもう痛むことはないと思う。魔法も使えるようになる。治癒魔法は終わりだ。」

「先生、ありがとうございます。」

「お礼はここを出れる時だけでいい。」

「はい。」

「あとは、どこか違和感がないか、様子見だな。敷地内なら、ゆっくり散歩してほしい。今廊下で歩く練習をしているのを見ている限り大丈夫だと思う。ただ、外には手すりがないから、ネリさんと一緒だよ。」

「はい、わかりました。」

「魔法も使えるか試さないとだな。城の練習場でも借りるか?」

「あの、先生、魔法はアルサスさんが見てくれるって言ってくれましたので、アルサスさんにお願いしてもいいですか?」

「アルサスに?!…わかった。その時は私も同行するから。」

「はい、ありがとうございます。」

私は早速アルサスさんに手紙を書いた。
封をして、鳥を乗せる。すると、鳥は本物のように動き出し、手紙を咥えて飛び立って行った。
動きが可愛かった。
イクリス先生とネリは唖然としていたけど。

すぐに手紙を咥えて鳥が戻ってきた。

「先生、『明後日の午後からどうですか?病室に迎えに来る』って書いてありました。」

「わかった。それでいいって返信してくれ。明後日は、病衣から動きやすい私服に着替えておいてくれ。」

と、サクサクと話が決まっていった。


魔法の練習の日。
ネリが新しく用意してくれた服に着替えて、アルサスさん達を待っていた。

「お待たせ!」

と言って、アルサスさんとイクリス先生が入って来た。

「じゃあ行こうか。」

と、私とネリとイクリス先生を転移魔法で、練習場まですぐに移動した。

「アルサス、転移するなら一言言ってくれ。心臓に悪い。」

イクリス先生から小言が入る。

「ごめんごめん。時間短縮だよ。夕方まで申請出してあるから、時間いっぱい練習しようか。」

「シオン君は、たしか記憶喪失から魔法は使ってないんだよね。」

「はい。魔力がそもそもわからないです。」

「じゃあ、両手を出して。」

と言われ、両手を出すとアルサスさんに握られる。

「魔力を流してみるね。温かいのを感じない?これが魔力だよ。全身に巡らせるように、ゆっくりと。」

言われるがまま、してみる。
手から腕へ、腕から身体を駆け巡るものを感じる。

「うん、上手。元々の素質がいいね。魔力量もあるし。」

アルサスさんが手を離し、今度は魔法を出してみようと言った。
まずはお手本にと、アルサスさんが『灯火トーチ』と言うと、小さな炎が出た。
青白く綺麗な炎だ。

私も真似してが『灯火トーチ』と言うと、赤い炎が出た。

「できたね。」

「色が違います。」

と、しょぼんとしてしまった。

「こんな青白い炎は、こいつ以外出せないから。でも、魔法は使えそうだな。」

と、イクリス先生。
アルサスさんは、小さい魔法ですら規格外らしい。

「他にも使えるか試してみよう。」

初級魔法を出していくが、難なく出せていく。

「大丈夫そうだね。」

「魔力の回路も異常が診られないな。腰とか脚に痛みはないか?」

「はい。大丈夫です。ちょっと疲れましたが。」

「なら、もう少し体力をつけたら退院できるな。あと、1ヶ月くらいだな。」

「そんなに早くできるんですか?半年以上はかかると思っていました。」

「シオン君達が頑張った成果だ。歩く練習もそうだけど、ネリさんの支えがあったおかげだ。」

「イクリス先生、私にそんな褒め言葉はいらないです。従者は主人に支えるのは当たり前です。」

「ネリさんは素直にイクリスの言葉を受け取ればいいじゃない。2人で頑張った成果だよ。」

「わかりました。イクリス先生ありがとうございます。」

「イクリス先生、アルサスさん、ありがとうございます。ネリもありがとう。」

「シオン様。」

「よし、時間も余ったし、城の庭園を案内してあげよう。今はバラが見頃だよ。」

アルサスさんは、城の庭園を案内してくれた。
バラは、初咲で、とても瑞々しく、種類が豊富だった。
何年か前にアルサスさんが品種改良したという青バラも見せてもらった。

「青バラの花言葉って知っている?」

みんなは首を横に振る。

「『儚い』だよ。誰もが挑戦して、夢破れたからね。でも、僕が青バラを作るのに成功したから、花言葉は『成功』になってもいいと思わない?第2王子もこのバラでプロポーズしたら、大成功したみたいだったし。」

なんて、第2王子の逸話まで話してくれた。
そんなエピソードがあるなら、花言葉も変わっていいんじゃないかなって思った。
城の庭園を堪能したあと私達は、療養園へと戻った。

戻った後は、イクリス先生から、退院に向けての話をしてくれた。

早速、私は父様達に手紙に迎えの馬車が到着次第帰れる旨を書いた。
来週には、アベルとカインに逢えるから、その時に伝えようと思っていたし、行き違いの可能性もあるので、アベル達には手紙を書かないでおいた。

ネリの補助が完全になくても一人で歩けるようになった頃、ネリと二人で中庭に出てみた。
自分の足で外に出るのは久しぶりだった。

「ネリ、噴水の水が光って綺麗だね。」

「はい、やっとシオン様に見ていただくことが叶いました。」

「私に見せたかったの?」

「はい、あと、王都に美味しいお菓子の店ですとか、広場の公園にもお連れしたいです。」

「迎えがきたら、家族と一緒に行こうか。私達2人だけ楽しんだら寂しがられるよ。」

「そうですね。案内できるように、色々と話を聞いておきますね。」

「よろしくね。ちょっとあのベンチに座っていいかな。噴水を眺めていたい。」

「わかりました。日差しが強くなってきたので、私は帽子をとってきますね。くれぐれも一人で動かないでくださいね。」

「わかっているよ。急がなくていいからね。」

噴水の水が日の光で、キラキラと七色に輝いて見える。
ずっと見ていても飽きないなと思う。

後の方から足音が聞こえたので、ネリかと思い後ろを見れば、アベルとカインが歩いてきた。

「「シオン」」

「アベル、カイン。」

私は、ベンチから立ち上がり、2人の元に歩いた。
2人は、その場で私を待っていてくれた。
本当は駆け寄りたかったが、走る許可はまだ出ていなかった。
一歩一歩がもどかしくもあったが、自分の足で歩いている姿を見せたかった。
2人の元に辿りついた私は、2人に飛びついた。

「逢いたかった!」

「私達も逢いたかった。」

「シオン、逢いたかったよ。」

私達は再会を果たした。















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