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59 リネータ視点

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※リネータ視点です。

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「私はベリンダちゃんに騙されたのですわ。これほど強い毒とは思いませんでしたし、この計画もベリンダちゃんが考え出したものです」

 私は必死に自分の罪が軽くなるように弁解するけれど、国王陛下は厳しい眼差しで私を睨んでいた。

「格上貴族の令嬢を傷つけることが軽い罪で済んだら貴族社会の秩序が乱れ、気に入らない格上貴族に危害を平気で加えようとする低位貴族が増えるだろう。貴族だからこそ重い罰が与えられる場合もあることを理解できるか?」

 ぞっとする冷たい声に思わず身震いをして、祈るような気持ちで裁可を待った。

「お前は犯罪奴隷23年、その両親は犯罪奴隷10年の刑とする。貴族として生まれながら愚かなことをしでかした罪は、時として平民より重くなることを覚えておけ」

(こんなのはおかしい! 絶対不条理だわ)

「ベリンダちゃんはデリクと罪を分け合い、犯罪奴隷10年と聞きました。私だけなぜ23年なのですか? 不公平です」

「罪を分かち合ってくれるような使用人や恋人がいれば頼んでみたら良い。その者が心から望んでいるのならベリンダのように刑期を半分にしよう」

「デリクは望んでいなかったはずです。だったら使用人が拒んでも私の刑期を半分にしてくださいますよね?」

「デリクはベリンダの婚約者で甘やかしていた。だが使用人とリネータの関係はそれと同じではない。心からお前を助けたいと思う者にしか負担を科すことはできない」

 国王陛下が面白がる表情を浮かべる。まるでそんな者は見つけられないとわかっているように。





「お願い。一緒に犯罪奴隷になってちょうだい。あなたが手伝ってくれたら半分に短縮されるのよ」

 私はフィントン男爵家の使用人達を地下牢に呼んでもらい、必死で土下座しながら頼み込んだ。

「リネータお嬢様は今まで私達に優しくしたことが一度だってございましたか? こんな時にだけ助けてほしい、だなんて虫が良すぎますよ」

 侍女達は呆れたように鼻を鳴らす。

「おいらは嫌だよ。なんであんたを助けて犯罪奴隷にならなきゃならない? 今まで散々威張りくさっていたんだ。ざまぁみろだよ」

 御者や馬丁達は嘲り笑った。

「はぁ? 一緒に犯罪奴隷に墜ちてくれって? なんでお嬢様にそこまでする義理があるのですか? 私達はただのメイドで、とても安い賃金で働かされているのですよ? ふざけないでください」

 メイド達はプンプンと怒りだして、日頃の不満を並べ立てた。

 誰一人首を縦に振る者などいなかった。自分が今までしてきたことのツケが回ってきたのよ。そう思うしかないほどに、使用人達からは嫌われていた。






 犯罪奴隷になった私は鉱山で重い土砂を運び出す仕事についた。手足は擦り傷だらけになり、空中に舞う粉塵で喉が痛い。少しでも休もうとすればムチが飛んできた。

 想像していたよりずっと過酷な仕事にくじけそうになる。それでも必死で働き5年ほど経った頃に、現場監督ドニーノさんに呼び出された。

「真面目にしっかり働いているお前にご褒美だ。食堂勤務に就いてもいいぞ。料理はしたことがあるかい?」

「いいえ、ありません。でも、料理を作る方が重い土砂を運ぶより楽そうです」

 鉱山で働く労働者用の食堂で慣れない料理をした。包丁で手を切ったり調味料を間違えたりと失敗もしたけれど、頑張っただけ料理の腕は上がっていった。

「今日のスープは美味いね。隠し味があるのかな?」

 ドニーノさんが頻繁に食堂にやって来て褒めてくれる。

「いいえ、普通のコンソメスープですよ」

「そうかい。あんたの見た目はアレだが、料理の腕はどんどん良くなるね」

 顔の皮膚はすっかり赤黒く定着し頬の湿疹が消えない私は、誰が見ても醜い女の仲間入りになっていた。可愛いとか綺麗という代名詞がつくことはもうないだろう。

 それに慣れてくると私の心境も変化した。容姿で相手にされないから異性に無欲になり、自分のできることを探していったのよ。今は一生懸命に料理の腕を磨いた。

 ドニーノさんも顔に傷があった。熊のように大柄で髭を無造作に生やした、お世辞にも格好いいとは言えない風貌だったけれど、見た目より心はずっと綺麗で優しい。





 それから5年、私とドニーノさんは友人のようになんでも話せる関係になった。事件から10年の歳月が経っていた。残りの刑期はあと13年もある。

「結婚しないか? 犯罪奴隷であと13年刑期が残っているのは知っているよ。でも二人で分け合えば6年半で終わる。俺は現場監督を辞めて犯罪奴隷としてここで働くさ」

「嘘・・・・・・そんな危険なことさせられません。このまま私が自分で罪を償うから大丈夫なんです。ここで鍋をかき回して、肉や魚を焼いていれば時間なんてあっという間です」

「大丈夫。体力には自信があるんだ。刑期が終わったらどこか田舎で定食屋を開こうな」

「あ、ありがとう。こんな私で良いんですか? こんな顔でも・・・・・・」

「顔なら俺だって人のことは言えないよ。リネータが良いんだよ。一所懸命に今できることをして、愚痴も不満も言わない君は良い人間だ。だから好きなんだよ」

 愚痴や不満は確かに口にはしなかった。言ったところでどうにもならないから。決して自分は良い人間じゃないけれど、ドニーノさんに言われると顔がにやけた。容姿を褒められるよりも、人間性を褒められるのはこれほど嬉しいものなんだ。

 鉱山という場所でも結婚は許されて、私はドニーノさんの妻になり彼は犯罪奴隷になった。ありがたくて何度も何度もドニーノさんにお礼を言った。





 それから2年が経ったある日、鉱山で大事故があり夫はあっけなく亡くなった。私の罪を分かち合って奴隷にならなければ彼は生きていたのに。

 王命が下り私は刑期が残っているにも拘わらず鉱山を出られた。

「お前は充分真面目に働いた。それに、真実の愛を見つけたお前が罪を犯すことはもうないだろう」
 
 王宮の謁見の間で、国王陛下は穏やかな口調でそうおっしゃった。

「もちろんです。今更、また犯罪者になろうなんて思いません」

 命を懸けて私と一緒になることを選んだドニーノさんに、顔向けできないことは今後するつもりはない。彼は死んだけれど私の心の中でずっと生き続けるのよ。

 コンスタンティン様が好きだった昔の私はバカだった。男を見る目が全くなかったのね。

 今ならわかる。身分が高く顔が良い男より、自分を本当に愛してくれる男が運命の人だって。

「真面目に生きなさい。必ず、その先に幸せはあるから」

 国王陛下は夫ドニーノさんの遺産を私に相続させてくれた。夫は長年鉱山で現場監督をしていたので、かなりの貯金を持っていた。

 まもなく彼の子供を授かっていたことがわかり、私は嬉しさのあまり泣き出す。生きる目標は愛する人の子供を育てることになった。

 彼の残してくれたお金で小さな定食屋を営む。忙しく働きながらの子育ては大変だったけれど、ドニーノさんの子供だと思えば頑張れた。







 今は息子夫婦と同居し孫に囲まれて賑やかに暮らしている。今日も、孫との散歩コースの池にいるガマガエルに話しかけていた。

「昔はさ、いろいろあったけれど今はとっても幸せだよ」

「ゲロ」

 大きなガマガエルが相づちを打った気がした。

(ふふっ、そんなわけはないのにねぇ)

 孫と手を繋いで歩く散歩道には花が咲き、午後の暖かな陽光が池の水面を煌めかせる。

(たくさんのものはいらないね。こうして生きているだけで幸せさね)

 老女になった私は心から微笑んだのだった。
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