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3 アイリスは私のふりをするようです

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アイリス達は途中で寄り道をしたのだろう。ずいぶん先に出発したのに私よりずっと後にホテルに到着した。

私はカツラを被り客室係の制服を着て分厚いメガネをかけた。私がここにいるとはあいつらは思いもしないだろうからバレることはまずない。

フロントの女性がアイリスに深くお辞儀をして、
「ようこそ、いらっしゃいませ! オークリー女伯爵様ご夫妻でいらっしゃいますね。お待ちしておりました」
と、ハキハキとした声で確認をした。

「え? うふふ。そうね、私がオークリー女伯爵ですわ! こちらは夫と娘ですの。一番高い部屋を予約してあるはずよね?」

「はい、ご用意しております・・・・・・」

アイリスはこのホテルでは私のふりをすることに決めたようだ。マイクの腕に自分の右腕を絡めて左手はシャーロットの手をしっかりと繋いでいた。アイリスがいるその場所は、本来は私がいるべき場所だ。

彼らを特別室に案内するのはもちろん私。アイリスは客室係など人とは認めていないのだろう。まるでいないものとしてイチャイチャとマイクに寄りかかっている。
「お人好しのお姉様は今頃仕事漬けね? あの人はお金を稼ぐ人、私達はそれを使ってあげる人! すっごくいいバランスよね」
廊下を移動する間にもそのような言葉を口にするアイリスは、ここではすっかり警戒心をなくしている。リゾートホテルはそういう場所だ。普段では味わえない開放感に人は迂闊に本音を漏らし、普段はできない行動をする。

「うわぁ! 素敵。お姉様がいる本邸はこれぐらい立派だけれど私がいつもいる離れは質素ですもの」
アイリスは特別室に着くとはしゃいで感嘆の声を上げた。

「すまないね。こればっかりは仕方がないよ。でも、ほら、そのうち妻のダーシーも病気になったり事故に遭うかもしれないし、いなくなればアイリスが本邸に住めるさ。どっちみち、シャーロットが跡継ぎだ。君の地位は安泰だよ」

早速聞けたその言葉に、私は怒りを通り越していっそ笑い転げたい気分だった。これはオークリー伯爵家乗っ取りだ。

「そうよ、ママ。私はママとマイク伯父様の子供だもの。そして女伯爵になる身だわ。女伯爵になったらあんな女は追い出してやるわ。だって、いっつもうるさいことばかり言って勉強を押しつけてくるもん」
シャーロットは鼻の頭に皺を深く寄せて不満顔だった。

「あぁ、そうよね。だってそれはシャーロットが実の娘じゃないから意地悪しているのよ。あんな女の言うことなんて聞かなくてもいいわよ」
アイリスはシャーロットの頭を愛おしげに撫でた。

「そうだよ。あいつは金を稼ぐしか能のない女さ。僕の子供ですら産めない役立たずだろう? だからそんな女の言うことは無視していい・・・・・・」

「あんな人、殺しちゃえばいいのに」
シャーロットの子供とは思えない残忍な口調に私は驚愕する。

「あっははは。そうなんだよね、それが一番僕達が幸せになる方法なんだけど・・・・・・ダーシーは天才的事業の経営手腕があるから、今のうちにたくさん金を稼いでもらおうと思ってね・・・・・・金が増えて困ることはないだろう? あいつは働き蜂だ。アイリスとシャーロットは女王蜂だよ。」
マイクはシャーロットにそう言い聞かせると自分の言葉に気を良くして愉快そうに笑ったのだった。

私は制服のポケットに忍ばせた録音機能のある魔石をぎゅっと握りしめ、丁寧に彼らにお辞儀をした。
「では、ごゆっくりとお寛ぎくださいませ」
お決まりの客室係のセリフを言うと私はその部屋を後にした。



☆彡★彡☆彡



ディナーの時間になりご馳走が次々とアイリスの部屋に運ばれて行く。このホテルは部屋でゆっくりと食事が楽しめるようにとの配慮で客室に食事を運ぶようになっていた。私は前菜のスープにある液体を入れそれをマイクの前に置いた。



ーーほんの少しの嫌がらせよ。まぁ、死にはしないわ。

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