上 下
47 / 51

43 性格の悪いふたり / 孫にメロメロお祖父様

しおりを挟む
 ♦♢ニッキーside
 

 ニッキーは、ギャロウェイ伯爵と共にワイマーク伯爵領に向かう気にはなれなかった。アリッサのアイデアがきっかけで大成功した領地を見るなど、彼には苦痛でしかなかったからだ。

 ーーしかも、奇跡のように素晴らしい長男を生んだだと? むかつくよなぁ~~。なんで、アリッサばかりが幸せになるんだ?

  鬱々とした思いを抱えたまま、ニッキーは王都の大衆向け酒場に足を運んだ。雑多な客で賑わう店内で、彼はひときわ目を引く、派手な女性の姿に目を留めた。大胆な服を纏い笑顔を浮かべながら近づいてくる彼女は、かつての知り合い。なんと、セリーナだったのだ。

「セリーナ? まさか、こんなところで会うとはね・・・・・・いったい、ここでなにをしているんだい?」
 ニッキーが驚きの声を上げると、セリーナは苦笑しながら答えた。
 
「もちろん、ここで働いているのに決まっているじゃない? サミー卿と結婚したけど、途中で妊娠していないことがバレて、捨てられたのは知っているでしょう? その後、社交界では私が嘘つきだと噂が広まり、醜聞がどんどん広がって……今までの素行の悪さも災いして、とうとうお父様から勘当されてしまったのよ」
 
「やれやれ、君も大変だな。私もアリッサのせいで、いろいろと苦労しているよ。おとなしくサミー卿と結婚してくれれば良かったのに、私にとっては全く利益にならないライン卿と結婚しちまった。しかも、そのライン卿との間に赤ちゃんまで授かって・・・・・・それが奇跡のように美しくて賢い子だというんだよ。母上はその孫に夢中でワイマーク伯爵領に入り浸りさ。父上は今日、そんな母上を連れ戻しに出発したところだよ」
 
「アリッサか……ふん! あの子だけが幸せを手に入れたのね。聞いたわよ、ライン卿の領地にワイマーク伯爵家直営の画期的なお店を作ったんですってね。新聞や雑誌でアリッサを見かけない日はないわ。優秀な妹を持って、どんな気分?」
 
「優秀すぎて憎らしいぐらいさ。私が子供の頃、家庭教師に難しい公式を教わ
って四苦八苦していたんだが、そばで聞いていたアリッサが、まるで遊びのようにスラスラと模範解答を言ったんだよ。あの瞬間、能力の差をまざまざと見せつけられた。父上が言った言葉が忘れられないよ。『なぜお前は、アリッサのような頭脳を持って生まれなかったんだ?』ってね」
 
「アリッサは確かに優秀だものね。でも、あの子は金髪碧眼じゃないし、顔もそれほど美人じゃないわよ。女の子は少しぐらい抜けているほうが可愛いと思うわ」
 
「その通りだよ。賢こすぎたらいけない。アリッサみたいに、自分勝手で誰の意見にも従わない性格になっちまうからな」
 
 二人は軽口を交わしながら、互いの不満を吐き出していった。その間に、どこか気心が知れるような感覚が芽生え始める。
 
「嫌いな相手が同じだと、話も弾むものね」

 セリーナが微笑むと、ニッキーも少し気を緩め、セリーナの杯に酒を注ぎながら応じた。

「そうだな……いっそ、これからはもっと仲良くするか」

 セリーナは彼の言葉に応じるように、その艶やかな笑顔をさらに深めたのだった。



 
 ♦♢ギャロウェイ伯爵side
 
 
 こちらは、到着したばかりのギャロウェイ伯爵がワイマーク伯爵邸を訪れた場面である。ワイマーク伯爵はサロンへと案内され、憮然とした表情を浮かべながらソファに腰を下ろした。

 やがて、ギャロウェイ伯爵夫人がサロンに姿を現し、向かいの席に腰掛けるや否や、怒声を響かせ始めた。
「コンスタンティア! 迎えに来てやったぞ。お前はいつまで経ってもギャロウェイ伯爵邸に戻らず、妻としての義務を忘れているのか?」

「妻としての義務ですか? そんなものがまだあるのなら、そろそろ私も卒業する時期だと思いますわ。もう十分あなたには尽くしたと思いますもの。無理やり連れ帰ろうとなさるのなら、離縁しても構いませんわ。私はこれから、孫のために生きると心に誓いましたのよ」

 「なっ、ば、ばか者ぉーー! どうしたらそんな考えになるんだ、お前というやつは! 私は許さん、絶対に許さないぞ!……ん? 庭園にいるのはアリッサか? あの腕に抱いているのがシルヴィアスか。なにが“奇跡の孫”だ、馬鹿馬鹿しい!」

 憤然とした様子でギャロウェイ伯爵は庭園のアリッサのもとに向かった。色とりどりの花々が咲き誇る中、若草色の髪と瞳を持つ美しい赤子が、アリッサの腕に抱かれている。
 
「どれ、お前が私の初孫か。なるほど、確かに稀有な美しさだ。私はお前の祖父だぞ、わかるか?」

 すると、初めて会うにもかかわらず、シルヴィアスは小さな手をギャロウェイ伯爵に伸ばしてきた。伯爵もその小さな手を思わず握り返す。シルヴィアスは美しい若草色の瞳でじっとギャロウェイ伯爵を見つめ、やがて嬉しそうに声をあげて笑った。

「……なんと……この子は私が祖父だと理解しているのか?  間違いない。この子は私をわかっているんだ。よしよし、私がお祖父ちゃんだぞ。ふむ……見てみろ、アリッサ。もう私にすっかり懐いてしまったようだ」

 ギャロウェイ伯爵も、手を伸ばして抱っこをせがむ孫の可愛さには抗えなかった。さっそく抱き上げて、愛おしげに頭をなで、優しくあやす。シルヴィアスはぐずることなくニコニコと微笑み、その愛らしい表情に、ギャロウェイ伯爵もすっかり毒気を抜かれてしまったのだった。

 すぐ近くにはクリスタルもいた。庭に咲いている花で花冠を作るのを、侍女たちに手伝ってもらっている。ギャロウェイ伯爵はプレシャスそっくりのクリスタルに気づき、初めて胸が痛んだ。まるで、シルヴィアスの笑顔がギャロウェイ伯爵に人間らしい気持ちを取り戻させたように。

「考えてみれば、プレシャスにはかわいそうなことをしたなぁ。せめてもの罪滅ぼしだ。クリスタルには何不自由のない暮らしと幸せを与えてやらねばならんな。そうだ、クリスタルにはギャロウェイ伯爵家の財産の一部を贈与することにしよう。将来、嫁入り時の持参金が必要になった時に恥をかかぬようにな」
 
「お父様。私たちもリスタには充分なお金を残すつもりよ。プレシャス様と約束したのよ。自分の娘のように大切に育てるって」
 ギャロウェイ伯爵はアリッサの頭を子供の頃のように撫でた。これは幼い頃以来のことだった。
 
「本来ならば、クリスタルはギャロウェイ家でしっかりと育て、嫁入りの際の持参金も私が用意すべきものだ……それに、アリッサ、お前には持参金を持たせてやらなかったな……ちょっと待て、今からでも持参金を用意しようではないか……」
 
「お父様。ワイマーク伯爵家はとても裕福なのよ。お金には困っていないから大丈夫」
 
「そうですよ。ギャロウェイ伯爵、お金のことは心配しなくても大丈夫です。それよりも、シルヴィアスやクリスタルに愛情を注いでください。祖父母に可愛がられた思い出こそ、一生の宝です。お金は使えばなくなりますが、楽しい思い出は心にずっと残りますから」
 執務室から姿を現したラインが、柔らかな微笑を浮かべながらギャロウェイ伯爵に声をかけた。
 
 ギャロウェイ伯爵は深く頷き、孫たちに惜しみない愛情を注ぐことを心に決めた。

「よし、早速楽しい思い出を作ろうではないか。ライン卿、少し相談がある。ワイマーク伯爵邸の隣の敷地を私に譲ってくれないか?  あそこに別荘を建てたいのだ。もちろん、金は払うよ」

 ギャロウェイ伯爵夫人は、その提案に嬉しそうに笑い声をあげたのだった。



•───⋅⋆⁺‧₊☽⛦☾₊‧⁺⋆⋅───•


※シルヴィアスの愛称:シヴィ

※クリスタルの愛称:リスタ


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました

Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。 どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も… これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない… そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが… 5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。 よろしくお願いしますm(__)m

【完結】お世話になりました

こな
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

愛されなければお飾りなの?

まるまる⭐️
恋愛
 リベリアはお飾り王太子妃だ。  夫には学生時代から恋人がいた。それでも王家には私の実家の力が必要だったのだ。それなのに…。リベリアと婚姻を結ぶと直ぐ、般例を破ってまで彼女を側妃として迎え入れた。余程彼女を愛しているらしい。結婚前は2人を別れさせると約束した陛下は、私が嫁ぐとあっさりそれを認めた。親バカにも程がある。これではまるで詐欺だ。 そして、その彼が愛する側妃、ルルナレッタは伯爵令嬢。側妃どころか正妃にさえ立てる立場の彼女は今、夫の子を宿している。だから私は王宮の中では、愛する2人を引き裂いた邪魔者扱いだ。  ね? 絵に描いた様なお飾り王太子妃でしょう?   今のところは…だけどね。  結構テンプレ、設定ゆるゆるです。ん?と思う所は大きな心で受け止めて頂けると嬉しいです。

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

あなたの嫉妬なんて知らない

abang
恋愛
「あなたが尻軽だとは知らなかったな」 「あ、そう。誰を信じるかは自由よ。じゃあ、終わりって事でいいのね」 「は……終わりだなんて、」 「こんな所にいらしたのね!お二人とも……皆探していましたよ…… "今日の主役が二人も抜けては"」 婚約パーティーの夜だった。 愛おしい恋人に「尻軽」だと身に覚えのない事で罵られたのは。 長年の恋人の言葉よりもあざとい秘書官の言葉を信頼する近頃の彼にどれほど傷ついただろう。 「はー、もういいわ」 皇帝という立場の恋人は、仕事仲間である優秀な秘書官を信頼していた。 彼女の言葉を信じて私に婚約パーティーの日に「尻軽」だと言った彼。 「公女様は、退屈な方ですね」そういって耳元で嘲笑った秘書官。 だから私は悪女になった。 「しつこいわね、見て分かんないの?貴方とは終わったの」 洗練された公女の所作に、恵まれた女性の魅力に、高貴な家門の名に、男女問わず皆が魅了される。 「貴女は、俺の婚約者だろう!」 「これを見ても?貴方の言ったとおり"尻軽"に振る舞ったのだけど、思いの他皆にモテているの。感謝するわ」 「ダリア!いい加減に……」 嫉妬に燃える皇帝はダリアの新しい恋を次々と邪魔して……?

処理中です...