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9 ギャロウェイ伯爵家を訪れたライン

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「浮気癖があるのはサミー卿ではないですか? 婚約破棄はされていません。婚約破棄したのです。セリーナ嬢――今ではウィルコックス伯爵夫人ですが――が浮気をしたことは明白な事実ですし、良ければ婚約破棄の理由を明記した書類をお見せしてもいい。あなたがたは浮気者同士、お似合いのカップルだと思いますね」

「なんだって? セリーナ、どういうことなんだい? 君は浮気されて、こちらから婚約破棄したと言っていたよね?」

「ライン卿の嘘だわ。信じないで」

「ウィルコックス伯爵夫人、もし嘘の話を広め続けるおつもりなら、私も婚約破棄の真実を記した証明書をロイヤル・タイムズに公表することを考えざるを得ません。あなたが浮気をした結果としての婚約破棄だったにもかかわらず、事実を歪めた作り話を流すなど、到底許されることではないからです。これまで私が公にしなかったのは、あなたへの最後の情けと配慮でした。それを裏切り、虚偽の話を広めるというのであれば、どのような結果になるかおわかりでしょう?」

 セリーヌが項垂れて小さな声でつぶやいた。

「ごめんなさい。どうかお願いだから、それだけはやめてください。ロイヤル・タイムズなんかに掲載されたら、外を歩くこともできないわ」

「ウィルコックス伯爵夫人、私がいつでもそれができることをお忘れなく。それから、ウィルコックス伯爵。アリッサ嬢のよからぬ噂をなぜ否定しないのですか? 自分の保身がそれほど大事ですか? まったく、呆れはてた人たちだな。・・・・・・さぁ、アリッサ嬢、あちらに移動しましょう。ここはどうも空気が悪い」
 
 ラインは堂々とした口調で言いたいことをはっきりと言い放つと、アリッサの手をとり庭園のほうへと移動した。

「嘘だろう・・・・・・アリッサがもう他の男とつき合うなんて・・・・・・それに、浮気したのがセリーヌのほうだったなんて・・・・・・」

 サミーは酷く動揺した声をだした。




 ラインは庭園を散歩しながら、アリッサに心を込めて話しかける。

「さきほどの私の話を考えておいてください。私はアリッサ嬢をずっと守ると約束します」

「……まだライン卿のことをよく存じ上げてはいませんが、私のことを庇ってくださったり、褒めてくださったことがとても嬉しかったです。ダンスもとても楽しくて……これから少しずつお互いを理解していけたらいいな、と思っています」

「それでは、私たち結婚を前提にお付き合いを始めましょう。無理に婚約を進めるつもりはありませんので、私のことをもっと知っていただき、受け入れられると思えた時に考えていただければ結構です。サミー卿との件で心を痛められたでしょうから、少しでも私がその傷を癒やすことができれば嬉しい」

 ラインはアリッサを心の底から守りたいと思ったのだった。



 翌日、ワイマーク伯爵家の使者により、ライン卿から訪問の許可を求める手紙が、ギャロウェイ伯爵家に届いた。



 ギャロウェイ伯爵殿

 拝啓

 本日はご多忙のところ、突然の手紙を差し上げますことをお許しください。私はライン・ワイマークでございます。ギャロウェイ伯爵家の令嬢アリッサ嬢との件につき、どうしても直接お話ししたく存じます。

 つきましては、ギャロウェイ伯爵のご都合のよい日と時刻をお知らせいただければ幸いです。貴家に訪問し、ご挨拶を申し上げるとともに、重要なお話をさせていただければと存じます。

 どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

 敬具
 ライン・ワイマーク伯爵


「なんというか、今どき、やけに古風な男だな。使者に伝言で簡単に済ませてもいいのに」

 ギャロウェイ伯爵が読んでいた手紙を、勝手に覗き込んだニッキーは茶化したように笑った。ここは家族が寛ぐ居間で、ギャロウェイ伯爵家の人々は午後のお茶を楽しんでいた。

「アリッサ様に特別な思いがおありなのですわ。とても礼儀正しい誠実な方だと思います」

 プレシャスはアリッサに、優しく笑いかけた。アリッサはプレシャスの言った「特別な思い」という言葉に、胸が高鳴る。まだ、好きという気持ちは湧かない。だが、ラインはとても気になる男性であることは間違いない。

「はい、とても礼儀正しい優しい方です」

「礼儀正しくて優しいか・・・・・・まぁ、そんなことはどうでもいい。ライン卿か・・・・・・あの方はセリーナ嬢――いや、今ではウィルコックス伯爵夫人だな――の婚約者だった方だろう。確かに、ギャロウェイ伯爵家とは釣り合う方だ。しかし、思いつきもしなかったな」

 ギャロウェイ伯爵は人間性よりも家格のことが気になっていた。

「ワイマーク伯爵家は領地に大規模な薬草園を持ち、代々医薬品や化粧品の開発・販売を事業にしている堅実な家柄ですよ。経済誌にもよく載っているし、かなりの利益をだしていると思われます。アリッサにしては上出来だよ」

「そうね。年齢も釣り合いますわね。ダイヤモンド鉱山が医薬品や化粧品になってしまったけれど、アリッサ。気に病むことはありませんよ」

 ギャロウェイ伯爵夫人はアリッサを励ますように言った。アリッサは複雑な気持ちになってしまう。もともとダイヤモンド鉱山に執着する気持ちはアリッサにはない。ただ、サミーに一目惚れをしたので、サミーのために彼の事業を頑張って支えていこう、そう思っただけだ。

 ギャロウェイ伯爵はこの訪問の意図を理解し、手紙を受け取った翌日に返事を送った。その返事には、訪問の日時が指定され、ギャロウェイ伯爵家としてラインを歓迎する旨が記されていたのだった。


 ◆◆


「旦那様、ライン卿が時間通りにお越しでございます。サロンへお通ししますか?」

 数日後、ギャロウェイ伯爵家の執事がラインの来訪を告げた。ラインはサロンに通され、アリッサは両親と緊張しながらサロンに向かう。もちろん、ニッキー夫妻も後に続いた。

 ラインは年代物のワインと花束を持っており、ギャロウェイ伯爵とアリッサにそれぞれを差し出す。

「こちらのワインはギャロウェイ伯爵に。この花束はアリッサ嬢に差し上げます」
「おぉ、これは私の一番好きな銘柄ですよ。ありがとうございます。さぁ、どうぞおかけください」
「この花束を私に? 素晴らしく綺麗な白百合ですね。香りもとてもいいわ」
「アリッサ嬢に相応しい花だと思いましてね。清楚で美しい。まさに白百合のような女性だから」

 アリッサの頬がピンクに染まった。嬉しそうに白百合を受け取ると、侍女に花瓶を持ってこさせ、みずから花たちをバランスよくいけた。

「素敵・・・・・・私のお部屋に飾りますね」
「気に入ってくださって嬉しいですよ。ところで、ギャロウェイ伯爵。この度はお時間を頂き、誠にありがとうございます。私は、アリッサ嬢との交際を真剣に考えております。そして、彼女と結婚を前提としたお付き合いをお許しいただきたく、お願いに参りました」

 それに続いて、ライン卿はワイマーク伯爵家の事業を詳細に説明していった。ワイマーク伯爵家は領地の豊かな自然環境を活かして多種類の薬草を栽培し、それを用いた医薬品や化粧品の製造・販売を手がけていること。特に貴族や富裕層向けの高価な薬や化粧品を製造しており、健康管理や美容に重きを置く人々に絶大な人気があること。その効能の素晴らしさも他の医薬品とは一線を画しており、多くの利益をだしていること。そのような内容だった。

「それは素晴らしい。アリッサの結婚相手として充分満足できる方です。アリッサはこのように愛らしさに欠けるので男性受けはいまひとつですが、能力の高さは自慢できます。母国語と共通語の他に、五カ国語ほど話したり書いたりできます」

「そうなのですよ。とても賢い娘ですわ。財務の管理に長けており、帳簿の監査や資金の流れを的確に把握することができましてよ。コスト削減や利益の最大化を図るための財務計画を立案し、資産を効果的に運用するノウハウも学ばせています。これはサミー卿の婚約者であったから、学ばせていたようなものですけれど、医薬品の販売でも役立つ知識でございます」

「サミー卿の領地にはダイヤモンド鉱山があり、彼はライン卿よりもはるかに裕福だった。しかし、アリッサにとってライン卿は充分にふさわしい結婚相手だと思いますよ。以前の条件が良すぎただけさ。失望するなよ、アリッサ」

「ニッキー様、ライン卿に失礼ですよ」

 同席していたプレシャスがニッキーに注意をするが、ニッキーはプレシャスを軽く睨みつけただけだった。

「プレシャス様のおっしゃるとおりですわ。お兄様、ライン卿に失礼なことを言わないでください。失望しているのはお兄様でしょう? ダイヤモンド鉱山の事業に携わることができたら、とてつもない利益がでますものね?」

「いや、お前だって、サミー卿に嫁いだほうが贅沢できたのだぞ? しかも女性なら誰でも憧れるあの美貌。もっと、お前がしっかり捕まえていれば・・・・・・」

(結局は、私の魅力が足りなかったと言いたいのね。でも、好きでこの容姿に生まれたわけではないのに・・・・・・)

「ニッキー卿。ずいぶんおかしなことをおっしゃいますね? なぜ、アリッサ嬢が責められるのですか? 『もっと、お前がしっかり捕まえていれば・・・・・・』とは、どういう意味ですか?」

「どういう意味って『アリッサにサミー卿を繋ぎとめておく魅力がなかったから、他の女性に浮気され奪われた』ということですよ。わざわざ、聞かなくてもわかりそうなものだが」

「・・・・・・失礼ですが、ニッキー卿の目は見えていますか? ギャロウェイ伯爵夫妻の目も心配ですね。私が優秀な医者を紹介しましょう」

「はぁ? すこぶる目はいいほうです。なぜ、そんなことをおっしゃるのですか?」

 ニッキーは明らかに気分を害して、思わずラインを睨みつけたのだった。
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