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35 アリッサを襲う刺客

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「最近、ワイマーク伯爵夫人が開発された化粧品や医薬品が話題になっていますね。これらの取引は我々商業ギルドが取り仕切るべきものです。何故我々に相談もなく商売を拡大されたのか、お聞きしたい」

「あの商品は、富裕層ではない一般の領民のために開発したものです。商業ギルドを無視するつもりはありませんが、領民の生活を豊かにすることは伯爵家の責務です」
 アリッサは冷静に応じた。

「我々ギルドの影響力が弱まれば、結局のところ困るのは伯爵家です。貴族は商売に口を出すべきではありません。市場を管理するのは我々商人ですから」
 シメオンは眉をひそめ、さらに厳しい口調で反論する。

「市場は常に進化するものです。あなたたちが市場を保護する役割は理解していますが、変化を恐れていては発展しませんわ。領民が手の届く製品を身近で買えるようにしただけですよ? なぜ、それほど目くじらを立てるのですか?」
 アリッサは毅然とした態度で応じた。

「これ以上好き勝手されるようなら、ギルド全体で対抗せざるを得ません。貴族令嬢のお遊びがどれほど危険か、ご存知ですか?」
 シメオンは不満げに口元を歪めたが、その瞬間、背後からラインの声が響いた。屋敷の前で言い争う声を聞きつけたのだ。

「シメオン、私の妻を侮辱することはやめたまえ」
 
 シメオンは驚きつつも、ラインに向き直る。
「ワイマーク伯爵、奥方を甘やかしてはいけません。商いは我々に任せ、貴族は社交の場に専念するべきです」

「アリッサはギャロウェイ伯爵家の出身で、幼い頃から特別な教育を受けてきた。彼女がやっていることは素人の遊びではない。ギャロウェイ伯爵家が大規模な貿易や輸送業を直接経営してきた貴族であることは知っているよな?」

 シメオンは少し言葉に詰まったが、それでも強気を崩さずに主張する。
「それでも、ギルドを無視してこのようなことをするのは無謀です」

「ライン様、今が商業ギルドと輸送ギルドの利権を見直す良い時期だと思いますわ。領民のために、より効率的な運用を検討すべきです。現行のシステムでは、無駄な輸送コストがかさんでいます。これを機に改革を進めるべきです」
 アリッサがラインに向き直り、提案した。

 ラインはアリッサの言葉に頷き、シメオンに向かって言い放つ。
「我々は領民の利益を最優先に考える。商業ギルドや輸送ギルドがこれまで握り続けてきた権力も、もう一度見直されるべきだ。異議があるなら、私に直接訴え出るがいい。だが、その時には覚悟をしておくことだ」

 シメオンは冷ややかにラインを見つめたが、反論の言葉が見つからず、唇を噛み締めて退いた。アリッサとラインは、領内の配送ネットワークを大改革する決意を新たにした。

 その後、アリッサはワイマーク伯爵領の物流を効率化し、領民の生活を向上させるための新しいシステムを導入する計画を進めた。医薬品、化粧品、日用品の配送に焦点を当て、領内の複数の町や村に倉庫を設置し、物資を効率的に管理・配送できるようにしたのだ。この計画が成功すれば、商業ギルドや輸送ギルドによる流通の独占を打破し、より公平で効率的な配送システムが構築される見込みだった。

 しかし、アリッサは商業ギルドのシメオンたちが、どのような行動に出るかを見誤っていた。まさか、彼らがアリッサに危害を加えるまでのことをするとは思いもよらなかったのだ。
 
 
 穏やかな午後、物流システムの進展により領民の生活が少しでも豊かになることを願いながら、アリッサは庭園に続く森の中を一人で散策していた。思索を深めるための時間を求め、彼女はしばしば一人で森を歩く。精霊に守られているとされるこの場所に、アリッサは絶対的な安心感を抱いていたため、今日は護衛もつけていなかった。

 柔らかな日差しが差し込み、木々が風に揺れる静かなひととき。だが、ふと背後で微かな物音がした。反射的に振り向く間もなく、黒い装束に身を包んだ男が茂みから飛び出してきた。鋭い短剣を手にしたその男は、迷いなくアリッサに向かって突進してきたのだった。
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