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29 薬草工場への視察・・・・・・そしてプレシャスが・・・・・・

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 澄み渡る青空の下、アリッサとラインはワイマーク伯爵領の薬草工場へと足を進めていた。木造の建物が森の中に溶け込むように佇み、周囲には色とりどりの薬草が豊かに生い茂っている。アリッサは石畳の道を歩きながら、爽やかな緑の香りに包まれ、思わず深呼吸をした。

「ここが薬草工場なのですね」

 目の前に広がる景色に感嘆の声を漏らし、アリッサはラインに話しかける。工場内では、領民たちが忙しそうに働いている。彼らは慎重に薬草を選別し乾燥させ、粉末や液体に加工する作業に取り組んでいた。アリッサはその光景を興味深く見つめながら、一人の年配の女性に声をかける。

「お疲れ様です。この薬草は何に使われるのですか?」
「奥様、これは風邪の治療に使うものです。乾燥させてお茶にすると、熱を下げる効果がありますよ」
 女性は微笑みながら答えた。
「そうですか。それは助かりますね。皆さんがこうして頑張ってくださっているおかげで、私たちが健康でいられるのですね」

 アリッサの言葉に、女性たちは嬉しそうに頭を下げた。ワイマーク伯爵領は「春の息吹が染み渡る大地」と呼ばれ、一年を通じて草木が青々と茂り、花が絶えず咲き誇る。そのため、ほとんどの薬草は青空のもとで育てられていたが、特に暑い国から仕入れた品種は広大な温室で育てられていた。

 温室はガラスで覆われ、太陽光を効率的に取り込み、内部の温度と湿度を適切に保っている。

「この温室、素晴らしいわね。温度や湿度を細かく調整できるのね。ここでなら洗濯物もすぐに乾きそうだわ」

 アリッサが軽く笑いながら言うと、ラインは目を輝かせて彼女に向き直った。

「それだよ、アリッサ! まさにその通りだ。ここを乾燥室としても使えるなんて、どうして思いつかなかったんだろう」
「え? ここでドレスや下着を乾かすつもり?」とアリッサが驚くと、ラインは笑いながら首を振った。
「違うよ。薬草を乾燥させるんだ。この地域では霧が多いから、屋外での乾燥は苦労していたんだ。でも、ここなら、天候に左右されずに品質の良い薬草を乾かせる」

 ラインは温室を使った新たな乾燥方法を考えつき、アリッサのつぶやきで生産効率が劇的に向上することを確信した。アリッサも自分が少しでもラインの役に立てたことに誇りを感じた。

「アリッサのおかげで、ワイマーク伯爵領はさらに発展していくね。本当にありがとう」
「私一人の力ではありませんわ。ライン様や領民の皆さんと一緒に、もっと良い領地にしていきたいです」

 アリッサはさらに、収穫効率を向上させる新たな提案を思いついた。彼女は収穫スケジュールを見直し、薬草の成長速度や収穫時期を工夫することで、より効率的な収穫を実現する計画を考えた。

「温暖な気候と精霊の力のおかげで薬草はよく育つけれど、特に効果の高い一部の薬草は成長が早すぎて、収穫のタイミングを逃しやすいわ。だから、温室を使って成長を少し調整してあげればいいと思うの」

 ラインはその提案に目を見張った。

「なるほど、アリッサ。確かに、今までは薬草の収穫時期を自然に依存していたから、無駄にすることも多かった。でも、君の言う通り、温室を活用すれば収穫のタイミングを人為的に調整できるわけか」

 温室を使って薬草の成長周期を細かく管理することにより、収穫の効率を最大限に高め、需要に応じた薬草の供給が可能になることに気付いた二人は、新たな農業計画に胸を膨らませた。

 アリッサはギャロウェイ伯爵家で受けた特別な教育に改めて感謝した。収支の管理やコスト削減の方法など、経営の核心に迫るスキルを身に付けられた。帳簿を見れば不一致や無駄な支出を即座に見抜くことができるし、多くのアイディアもそこから生まれる。それらの知識が、今こうして役立っている気がした。
 

 そして、ふと実家のことを思い出したアリッサは、自然と幼い頃の記憶に思いを馳せていた。
 幼い頃のアリッサが病に伏した時、母ギャロウェイ伯爵夫人は常に寄り添い、冷たいタオルで額を冷やし、優しい歌声で子守唄を歌ってくれた。病気が治るまで、一晩中そばにいてくれた母の記憶がよみがえる。その頃、ニッキーもまた、外で遊びたくても病気で外に出られないアリッサのために部屋で一緒に遊んでくれた。絵を描いたり、アリッサのお人形遊びに付き合ったりと、その頃の彼は妹に対して優しかった。父も仕事の合間にアリッサを膝に乗せ、貿易先の外国の話をしてくれた。

(あの頃の家族に戻れたらいいのに……)

 心の中でそう呟くアリッサは、今でもどこかで、家族への思いを捨てきれないのかもしれない。

 

 アリッサは工場で働く領民たちと和やかに会話を交わし、彼らの生活や仕事についての話を聞くために、何度も工場を訪れるようになった。初めはラインと訪れていた工場だが、最近のアリッサは一人で行くことも多い。ラインがいない時のほうが、工場の女性たちの様々な意見や希望を聞きやすいと、アリッサが感じたからだ。

「奥様は親しみやすく、私たちの声に真剣に耳を傾けてくださいます。本当にありがたいです。実は、ワイマーク伯爵には言いづらいことだったのですが……」と、工場で働く女性たちが続けた。

「ワイマーク伯爵領で生産される医薬品や化粧品は、素晴らしい効能を持っているのですが、ほとんどが高価で私たちのような者には手が届きません。もっと手頃な価格で、この村でも購入できる商品があれば、どれほど助かることでしょう」

「そうよね。簡単な化粧品を考えて作ってみましょうか。安価なものなら商業ギルドを通さなくても販売できると思うわ。ライン様に相談してみますね」

 確かに、ワイマーク伯爵領で生産される医薬品や化粧品は、その効果が優れていた。しかし、その品質ゆえに高級品となり、庶民には到底手が届かない価格がつけられているものが多い。さらに、それらを手に入れるには、商業地区まで足を運ぶか、高額な配送料を支払って自宅に届けてもらう以外の方法はない。村人たちにとっては、あまりにも高嶺の花だった。アリッサは馬車に揺られながら、新たな化粧品や医薬品の開発について思案しつつ、屋敷へと帰路についた。


 ところが、屋敷に着くと、異様な騒ぎに気づく。使用人たちが慌てふためいている様子が見えた。胸騒ぎがしたアリッサは急いで馬車から降りると、すでにワイマーク伯爵家のお抱え医者がプレシャスの診察にあたっていた。

「アリッサ、お帰り。プレシャス様の体調が少し前から悪化している。急いで医者を呼んで診てもらったが、どうやら産気づいているようだ」

 居間にいたラインは難しい表情を浮かべていた。あまり良くない状況であることが、アリッサにも伝わった。

「まだ予定日には早いと思ったけれど……様子を見てくるわ」

 急遽用意された産室では、プレシャスが苦しげな声をあげていた。彼女は何時間も苦しみ、医師が必死に助けようとするが、次第にプレシャスの体力は限界を迎えていく。

「母子ともに危険な状態です」医者の無情な言葉に、アリッサの心は凍りついたのだった。
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