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後編
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「コリーヌ。俺の革靴がないよ。どこに置いたのかな? おまけに、時計もないんだ」
「あぁ、あの靴はだいぶ傷んでいたでしょう? 時計もずいぶん昔の物よね? だから、新しい物を買っておいてあげました」
「え? 修理に出してくれたのかい? ありがとう」
「違うわ。従兄弟にあげたのよ」
途端に顔色を変える夫を、私はにこやかに見つめる。
「あの靴はお気に入りで、修理しながらもずっと履いてきたんだよ。すでに亡くなった一流の靴職人が手がけた、金では手に入らない貴重な物さ。時計だって古いけれど、俺の祖父から譲り受けた思い出の品だ。返してもらっておくれよ」
「えぇーー。物に執着するなんて卑しいですわ。既にあげてしまった物を返してほしいなんて言えませんわ」
「・・・・・・姉上と妹にジョアンナの持ち物を返してもらうから、俺の物も返してもらってくれよ。頼むよ」
これが復讐だと気づいたイシュメルは慌ててそう言ってきたわ。
「私の宝石も少しばかりなくなっていますが、それも返却していただきたいわ。貸して、と言って持って行ったきり返してくれないのは泥棒ですからね」
「わ、わかった。ちゃんと返して貰うから」
自分の物が2点しかなくなっていないのに、血相を変えてカルメン様の屋敷に向かうのがおかしかった。
(自分のこととなると必死なのね?)
私はサロンに並べられた持ち去られた物を呆れ顔で見ている。ジョアンナの服はどれもシミだらけだし、ベビーカーの車輪は壊れていた。赤ちゃん用の可愛い食器は端っこが欠けていたし、木馬は傷だらけだ。おもちゃは手垢でべったり汚れて嫌な匂いがしている。
「ずいぶん乱暴に使われたのね。これでは返してもらってもなんの意味もないわ」
「服はしみ抜きすればきっと綺麗になるさ。ベビーカーも修理に出せば元通りだし、食器は買い直せばいい。木馬は傷なんかついていても乗れるのだから問題ないよね? おもちゃも拭けば大丈夫」
夫の言葉に私はキレた。
(もう我慢できないわ)
私は隠してあった夫の靴と時計を奥の部屋から出してくる。
「なんだ、従兄弟にあげたのはやっぱり嘘だったんだね。あぁ、良かった。早くそれを返してよ」
イシュメルの嬉しさで輝いた顔を踏みつけてやりたい気持ちでいっぱいよ。
「いいえ、これからやることがありますわ」
私は夫の靴に腐った生ゴミをポンポンと詰め込み、腐ったミカンジュースで満たす。さらに、時計の文字盤カバーにはヤスリをあてて、細かな傷をたっぷりとつけた。
「うわっ! なにをするんだ。酷いよ。酷すぎる・・・・・・」
「どちらが酷いのですか? 私はやられたことをそのまましてあげただけですわ。ところで、私の宝石は返却されていませんね?」
「あ、そのぅーー、とても気に入ったからもう少しだけ、貸してほしいと言っていた。コリーヌはたくさん宝石を持っているだろう? だから悪いけどもうしばらく貸してあげて・・・・・・」
「はぁーー。いいですよ。もうそれは差し上げると言っておいてくださいませ。この返却されたものも、戻していいですわ。こんな無惨な姿になった思い出の品を見ていると悲しい気分になってしまいますから。それから、あなたもロダム男爵家に戻すことにします」
「え? 俺を戻す? 俺はジョアンナの父親だよ」
「娘や妻より、自分の姉や妹を優先するような男は要りません! 出て行きなさい!」
私はさっさと夫を追い出した。ロダム男爵家はカルメン様のめちゃくちゃな領地経営で、かなり厳しい経済状態らしいが知ったことではない。
シェリダン様の嫁ぎ先のピットマン子爵家にも嫌味の手紙を書いてあげましょう。あそこはそこそこ裕福な家系でプライドが高い一族で有名だった。シェリダン様はきっときつくお説教されるはずよ。
ピットマン卿
ピットマン子爵家はウォラル伯爵家の物を略奪しなければ娘の服も用意できないのですか? お気の毒に。ジョアンナのお古を少しばかり送りますね。
コリーヌ・ウォラル伯爵より
このような手紙とともに、着古したジョアンナの服を段ボールに詰めて送った。主犯格はカルメン様でも、そのおこぼれをもらっていたに違いないシェリダン様にも少しは復讐しないとねぇ。
私は決して泣き寝入りはしない女なのだ。この先の元夫家族の行く末に幸あれ! まぁ、私はもう関係ないけどね。
「おかーしゃま。おとーしゃまがいないでしゅね?」
それから三日後のこと、ジョアンナが初めて気づいたように尋ねる。
「お父様はね、もう私達の世界にはいないのよ。そう、もとからいなかったような気がするわ」
私は愛娘を抱き上げてにっこり微笑んだのだった。
(あぁ、すっきりした!)
完
「あぁ、あの靴はだいぶ傷んでいたでしょう? 時計もずいぶん昔の物よね? だから、新しい物を買っておいてあげました」
「え? 修理に出してくれたのかい? ありがとう」
「違うわ。従兄弟にあげたのよ」
途端に顔色を変える夫を、私はにこやかに見つめる。
「あの靴はお気に入りで、修理しながらもずっと履いてきたんだよ。すでに亡くなった一流の靴職人が手がけた、金では手に入らない貴重な物さ。時計だって古いけれど、俺の祖父から譲り受けた思い出の品だ。返してもらっておくれよ」
「えぇーー。物に執着するなんて卑しいですわ。既にあげてしまった物を返してほしいなんて言えませんわ」
「・・・・・・姉上と妹にジョアンナの持ち物を返してもらうから、俺の物も返してもらってくれよ。頼むよ」
これが復讐だと気づいたイシュメルは慌ててそう言ってきたわ。
「私の宝石も少しばかりなくなっていますが、それも返却していただきたいわ。貸して、と言って持って行ったきり返してくれないのは泥棒ですからね」
「わ、わかった。ちゃんと返して貰うから」
自分の物が2点しかなくなっていないのに、血相を変えてカルメン様の屋敷に向かうのがおかしかった。
(自分のこととなると必死なのね?)
私はサロンに並べられた持ち去られた物を呆れ顔で見ている。ジョアンナの服はどれもシミだらけだし、ベビーカーの車輪は壊れていた。赤ちゃん用の可愛い食器は端っこが欠けていたし、木馬は傷だらけだ。おもちゃは手垢でべったり汚れて嫌な匂いがしている。
「ずいぶん乱暴に使われたのね。これでは返してもらってもなんの意味もないわ」
「服はしみ抜きすればきっと綺麗になるさ。ベビーカーも修理に出せば元通りだし、食器は買い直せばいい。木馬は傷なんかついていても乗れるのだから問題ないよね? おもちゃも拭けば大丈夫」
夫の言葉に私はキレた。
(もう我慢できないわ)
私は隠してあった夫の靴と時計を奥の部屋から出してくる。
「なんだ、従兄弟にあげたのはやっぱり嘘だったんだね。あぁ、良かった。早くそれを返してよ」
イシュメルの嬉しさで輝いた顔を踏みつけてやりたい気持ちでいっぱいよ。
「いいえ、これからやることがありますわ」
私は夫の靴に腐った生ゴミをポンポンと詰め込み、腐ったミカンジュースで満たす。さらに、時計の文字盤カバーにはヤスリをあてて、細かな傷をたっぷりとつけた。
「うわっ! なにをするんだ。酷いよ。酷すぎる・・・・・・」
「どちらが酷いのですか? 私はやられたことをそのまましてあげただけですわ。ところで、私の宝石は返却されていませんね?」
「あ、そのぅーー、とても気に入ったからもう少しだけ、貸してほしいと言っていた。コリーヌはたくさん宝石を持っているだろう? だから悪いけどもうしばらく貸してあげて・・・・・・」
「はぁーー。いいですよ。もうそれは差し上げると言っておいてくださいませ。この返却されたものも、戻していいですわ。こんな無惨な姿になった思い出の品を見ていると悲しい気分になってしまいますから。それから、あなたもロダム男爵家に戻すことにします」
「え? 俺を戻す? 俺はジョアンナの父親だよ」
「娘や妻より、自分の姉や妹を優先するような男は要りません! 出て行きなさい!」
私はさっさと夫を追い出した。ロダム男爵家はカルメン様のめちゃくちゃな領地経営で、かなり厳しい経済状態らしいが知ったことではない。
シェリダン様の嫁ぎ先のピットマン子爵家にも嫌味の手紙を書いてあげましょう。あそこはそこそこ裕福な家系でプライドが高い一族で有名だった。シェリダン様はきっときつくお説教されるはずよ。
ピットマン卿
ピットマン子爵家はウォラル伯爵家の物を略奪しなければ娘の服も用意できないのですか? お気の毒に。ジョアンナのお古を少しばかり送りますね。
コリーヌ・ウォラル伯爵より
このような手紙とともに、着古したジョアンナの服を段ボールに詰めて送った。主犯格はカルメン様でも、そのおこぼれをもらっていたに違いないシェリダン様にも少しは復讐しないとねぇ。
私は決して泣き寝入りはしない女なのだ。この先の元夫家族の行く末に幸あれ! まぁ、私はもう関係ないけどね。
「おかーしゃま。おとーしゃまがいないでしゅね?」
それから三日後のこと、ジョアンナが初めて気づいたように尋ねる。
「お父様はね、もう私達の世界にはいないのよ。そう、もとからいなかったような気がするわ」
私は愛娘を抱き上げてにっこり微笑んだのだった。
(あぁ、すっきりした!)
完
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