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姉編

1 目覚めたら、なにかおかしい?

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 私は、馬車のなかで、目覚めて外の景色を眺めた。エメラルド王国ならば、海が見えているはずなのに、山に囲まれて、たくさんの花が咲いている小道を、のんびりと馬車が走る。

「コーナー辺境伯のお嫁様が来たよおぉおーー」

「おぉーー、おめでたい!」

「おめでとうございまぁーーす! わぁーー、すっごい美人さんだぁーー」

 私の馬車を見て、農民達が、嬉しそうに拍手をしていた。私は、わけがわからず、傍らの侍女に声をかけると、いつもの戦闘侍女達は一人もいない。ここに、いるのはクリスティンの侍女達だった。

「クリスティン様、お目覚めですか? もうすぐ、着きますからね」

「え? なにを、言っているの? 私はクリスティンではないわ」

私は、その侍女に、微笑みながらも戸惑っている。

「イグナ王の城には、クリスティン様が行かれました。自らがお望みになったのです。カリスタ様は、このままクリスティン様として、生きれば良いのです」

「え? クリスティンとして生きる?」

 私は、ただ、敵国に花嫁として嫁ぐように育てられた。どこに嫁いでもいいように、公用語の他にも数ヵ国語を学び、マナーもダンスも、なにもかも、完璧にマスターした。毒の研究も、ナイフの扱い方も、ロープの縛り方、およそ王女に相応しくない勉強の数々は、私の使命を果たすためだった。

 全ては、アーメッド王国を守るため。好戦的な国に囲まれた我が国は、まともに戦争して勝てるほどには軍事力に欠けた。それで、考え出されたのが、王女を嫁がせて、その王を殺めるというもの。先代の王女も、その前の王女も使命を果たして、自国に戻ることはなかったという。

 そのようなことを繰り返しても、問題にならなかったのは、毒で自然死に見せかけていたのかもしれないし、女に殺されたとあっては、王の尊厳が傷つくから公表しなかったからなのかもしれない・・・

 この時代の王は臣下や親類から毒殺されることも、とても多かった。

 私ひとりの命で戦争が免れるのなら、それで良いと思った。これは、運命なのだろうから。ただ、その日の為に淡々と生きていた。それを、クリスティンとして生きていいと、言われても、どうしていいかわからない。

「着きましたよ」

 侍女が勇気づけるように、私の背中をそっと撫でた。私は、クリスティンの侍女達とも仲良しだったのだ。

 さっと、馬車の扉が開くと、背の高い精悍な顔立ちの男性が嬉しそうに声をかけてきた。

「ようこそ! コーナー辺境伯家へ! 疲れただろう? さぁ、早く、降りて。お茶を用意させよう。あ、その前に湯浴みにするかい? ここまでは、遠かっただろう?」

 そう言いながら、軽々と抱きかかえられて、馬車から降ろされた。

「顔を見せて。すごく綺麗だ。釣書の写真はよくぼやけて見えなかったからね」

 この男性に抱きかかえられてわかったのだが、この男性の身体は強固な筋肉で覆われていた。この太い腕も、多分筋肉だわ。かなり鍛えられている。



*:゚+。.☆.+*✩⡱:゚



 私は、花が咲き乱れている庭園の四阿で、ケンドル様と隣り合って座って紅茶をたしなんでいる。この紅茶は、飲んでも大丈夫かしら。慎重に香りをかいで、色合いをチェック。毒はなさそうね。

 舌でほんの少し舐めて、雑味がないかを確かめる前に、虫で毒がないかをわからぬようにチェックしたいが、そのようなことをさりげなくしてくれるはずの戦闘侍女達はここにはいない。身代わりの魔法に使う人形もこちらの荷物には入っていなかった。困ったわ・・・この辺境伯は悪い人じゃなさそうだけれど、他の者が毒を入れる可能性もあるのだ。

「ふふふ。大丈夫! 毒はないよ?」

 ケンドル様は、私のカップの紅茶を飲み干して、にっこりと微笑んだ。

「ここには、カリスタ王女を傷つけようとする者は一人もいないよ」

 え? 私が、カリスタ王女だってバレているの? 沈黙している私にケンドル様は、呆れ顔だ。

「私は、辺境伯だよ? 今でこそ、魔物はいなくなったけれど、代々それと対峙してきた我が一族は、当然軍事力も強固だし、情報収取も頻繁におこなっている。貴女の戦闘侍女のリーダーは、私の部下だ」

 あまりのことに、持っていたカップを落としてしまった。私は、このケンドル様が怖い・・・にこにこしているけれど、恐ろしく頭が良さそうで、すでに我が城に部下を送っていたなんて・・・

 戦闘侍女のリーダーは、いつも私を気にかけてくれて、第2の母親か姉のような気がしていたのに・・・この男性に雇われていたの?・・・・


「誤解しないでほしい。あの者は、途中で貴女の部下になると言って、私の監督下から抜けた。たまにあるんだ。密偵が、その先の主人に惚れ込んでこちらを裏切ることが・・・それでも、この場合は許せた。私は、その者から報告を受けるたびに貴女が好きになっていたから」

 ケンドル様は、私の頬にキスをして私を抱きかかえると、髪を撫でてやさしくこうおっしゃったのだった。

「カリスタ王女は、ここではなにひとつ心配しなくていいんだ。今まで散々、楽しいことを我慢して子供らしい遊びもできなかっただろう? これからは、私とその時間を取り戻そう! 身代わりの魔法なんて、ここでは使う必要もない。もう、お人形さん遊びは卒業だ。侍女長、カリスタ王女へのプレゼントを持ってきてくれ」

 ケンドル様の言葉に頷いた侍女長が、手に抱えていたのは、私の行方不明になった猫だった。

「ティア! どうして、ここにいるの? まぁ、子猫だったのに・・・大きくなったのねぇーー」

 ティアは私の足下に来て、ゴロゴロと喉をならせた。

「まだ、それだけじゃないよ? ティアは、お母さん猫だよ」

 ケンドル様の言葉に呼応するかのように、侍女達が子猫を3匹連れてきた。

「まぁーー! ティアがお母さんなの? すごいわ!」

 私に褒められたティァは、得意そうに、ますます喉をならす。

「カリスタの妹のクリスティンは、性格が悪いようだね? この猫はクリスティンが森に棄てたらしい。戦闘侍女のリーダーの報告で、私がこの猫を保護する為に迎えに行ったんだ。一目ぼれだったよ」

「あぁ、このティアにですよね? 真っ白い毛並みが、とても綺麗ですよね? 大きな目も、深いブルーで」

「ううん。艶やかな金髪の青い目の美人さんのことだよ」

 笑いながら、私の手の甲にキスをして、一層強く抱きしめられた。これって、・・・いきなり愛されてる展開なのだけれど・・・私は、毒にも暗殺にも詳しいけれど、恋については学んでいない。

 このくすぐったいような甘い感覚は・・・・・・なんなのだろう・・・

「愛しい奥方様。結婚式は明日だ。今日は、ゆっくり休んで? それと、私に望むことはあるかい?」

望むことは、ひとつしかないわ・・・・・・私は妹を憎みきれない・・・・・・戦闘侍女達も殺させたくない・・・・・・

「妹と私の侍女を助けてください。・・・貴方なら、おできになるのでしょう?」

私は、遠慮がちに聞いた。

「承知した。そんなことは・・・容易なことだ」

ケンドル様は、いとも簡単に言ってのけたのだった。

 
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