(完結)第二王子に捨てられましたがパンが焼ければ幸せなんです! まさか平民の私が・・・・・・なんですか?

青空一夏

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9  セオドリック王太子視点

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※一話がとても長いです。時系列も、前に戻ってからのセオドリック王太子殿下視点のお話になります。このお話は断罪の手前の段階になってしまいました。すみません、展開遅めで申し訳ないです。

セオドリック王太子視点




 魔力測定の日、わたしはパーティホールに面した庭園にいた。そこでは貴族も平民も関係なく平等に魔力測定がされる。暑い日だったのでホールのどの窓も開け放たれて中の声は筒抜けだった。

 ヒルダ・バーキット公爵令嬢の甲高い声がとても耳障りだった。どうやら平民の子を虐めて楽しんでいるようで不愉快な思いで聞いていた。測定の結果で平民の子が魔力持ちだと判明すると、いよいよバーキット公爵令嬢と周りにいた大臣達は騒ぎ立てた。

(放っておけないな。全く、貴族だけが偉いと思ったら大間違いだぞ。多くの平民に支えられて、貴族の暮らしが成り立つのだと、いつも父上がおっしゃっているのに)

 わたしや父上の前でだけ高潔に振る舞っていても、目の届かぬ所では平民をこうして馬鹿にし、虐げるような発言をしている。実に嘆かわしい。

 パーティーホールに入ると、ブルーのワンピースを着た女の子が目に涙をいっぱい溜めていた。キャラメルブラウンの髪は艶々だったし、琥珀色の瞳は長い睫毛に縁取られて綺麗で、愛らしい顔立ちをしている。さきほどバーキット公爵令嬢に貶されていたワンピースは、胸のあたりに薔薇の刺繍がありかなり手が込んでいた。平民でありながらもこのようなワンピースが着られるということは、間違いなく両親から愛され大事に育てられてきたことがわかる。

(貶されるようなワンピースではないと思うし、生地だって平民にしたらかなり上等な物だ。それを敢えて恥ずかしめるとは……きっとこの子が可愛いくて目立つからなのか?)

 私はバーキット公爵令嬢の性格の悪さに呆れながらも、このアンジェリーナという子を庇った。眩しそうにわたしを真っ直ぐ見つめてくる瞳はとても澄んでいて、貴族の令嬢達よりよほど綺麗で可愛いかった。

❀✿❀✿

 彼女は付与魔術師として王宮で働くようになった。ドラゴンの悪戯も受けた炎をそのままそっくり弾き返すという方法で解決した。わたしは過去の文献をいろいろと調べ、彼女がありきたりの付与魔術師ではないと推測した。
 従来の付与魔術師の力では、武器に防火機能を与えるだけだった。アンジェリーナのように炎を放った相手を正確に狙い、弾き返すなど到底無理だ。それをいとも簡単にやってのけたアンジェリーナは天才だ。

「父上。アンジェリーナは付与魔術師ではなく、それより上位の魔法使いだと思います。魔法使いとしての報酬をきっちり与える必要がありますし、大切に扱うべき存在です」

「ふむ。確かにそうだと思う。もちろん、充分な報酬は与えるつもりだとも。ところでセオドリックよ。お前はアンジェリーナが気にいったようだし、ウルサ・イー公爵令嬢が亡くなって以来、婚約者もいない。あの子は性格も良く、素直で努力家だ。妃に迎える気はないか?」

「わたしは嬉しいですが、それではアンジェリーナが可哀想です。この体では長生きは望めないと、幼い頃から医者に言われてきましたからね。アンジェリーナを早くから未亡人にさせるなんて気の毒です。ですから、健康な身体を持つカスパーの婚約者にしたらいかがでしょう?」

「本当にそれで良いのか? やはりまだウルサ・イー公爵令嬢のことが忘れられないのか・・・・・・」

 私が結婚をしようとしないことで、周りは勝手にウルサ・イー公爵令嬢を忘れられないという美談にしてくれた。確かに忘れられないけれど、それは決して良い意味ではなかった。イー公爵令嬢は私の病弱さを心から嫌い蔑んでいたのだ。

「壮健な身体を持つカスパーと魔法使いの子供が、次代を継ぐ王になるのが望ましいことは父上だっておわかりでしょう? わたしはずっと独り身が良いのです」

 アンジェリーナとならきっと温かい家庭を築けるだろう。お互いが支え合い、父上と母上のような仲睦まじい夫婦になれそうだ。しかしだからこそ、わたしがアンジェリーナを妃に迎えてはいけない。わたしが死んだ後のことを思うとそれはできない。この国では、王族と結婚した女性は相手が亡くなった後でも再婚することはできないからだ。

 カスパーなら信頼できる、そう思った。あいつは正義感も強く騎士団長として人望もある。だからこれは最良の選択肢なのだ。アンジェリーナの夫にはなれなくても、側にいて支えることができたら充分だった。義理の兄として彼女を見守ることができたら満足だ。アンジェリーナには幸せになってもらいたいんだ。

 アンジェリーナとカスパーとの婚約が整ったその日、わたしは高熱をだして寝込んでしまった。定期的にこうなる自分の身体が恨めしいし情けなかった。

 それ以来、カスパーとアンジェリーナの幸せを願い見守っていた。カスパーは相変わらず朗らかで元気だし、以前よりずっと機嫌が良さそうに見えた。その一方で、アンジェリーナからはどんどん明るい笑顔が消えていく。

(なぜなんだろう? 元気もないし声をたてて笑うことも少なくなった。礼儀作法が完璧に近づくと共に、アンジェリーナからは溌剌とした生気が失われていく)

 カスパーがアンジェリーナより仕事を優先しすぎることが原因かもしれないと思い、再三カスパーにはもっと二人の時間を作るように忠告したのに、アンジェリーナの顔つきは暗いままだった。やがて、目の下にクマができ、顔はやつれて髪からは艶が失われた。


❁.。.:*:.。.✽.


「アンジェリーナは医者に診てもらったほうが良いよ。ちゃんと夜は眠れているのかい? さぁ、もう少しお皿の料理を食べなさい。疲れているようなら、付与魔術師の仕事も王子妃教育もしばらく休めば良いさ。この食事が済んだら横になるんだ。すぐに医者を・・・・・・」
 ある日の夕食の席で、わたしは見かねてアンジェリーナに声をかけた。母上も心配してわたしの言葉に頷く。しかし、カスパーはわたしを遮り、なんでもないことのように朗らかに笑った。

「兄上、アンジェリーナは最近太ったことを気にして、ちょっとばかり食事を減らしているのですよ。俺が華奢な女性が好きなことを知って、俺にもっと好かれようと努力してくれるのが健気です。俺はもちろん今のままで良いと言ったのですがね。アンジェリーナのことは俺に任せてください。夫になるのは兄上ではなくてこの俺ですよ?」
 そう言われてしまえば、それ以上は強く言えなかった。アンジェリーナも、自分は元気だと言い張って、医者は必要ないと拒んだ。
 
 そうして遂に、アンジェリーナが騎士団の武器倉庫で倒れてしまう。そのまま寝込み続けて意識が戻った数日後には、彼女が魔力を失ったことがわかった。静養の為に実家に帰したのはわたしの提案だ。パン職人になりたかった彼女は両親のことが大好きだったから、しばらく実家で寛いでもらいたかった。きっと、しばらくすれば回復すると思っていた。ところが日にちだけが過ぎていき、魔力が戻らないまま二ヶ月が過ぎた。


❁.。.:*:.。.✽.


「カスパーとの婚約を解消してほしいだって? 本当にアンジェリーナがそう言ったのかい?」

「はい、兄上。自分はもう魔力がないので、俺には不釣り合いだと言ってきました。だが、本当は王宮での暮らしが窮屈だったのだと思います。俺が忙しいことで寂しい思いをさせた償いとしても、彼女の望むようにしてあげたい。兄上から父上にうまく話してください」

「父上にお話しする前に、アンジェリーナと話してくるよ。このような大事なことは本人から聞かなくてはいけないからね」 

「お待ちください、兄上! 王太子である兄上の前で、アンジェリーナが本音を言えると思いますか? アンジェリーナをそっとしておいてください。元々、彼女はベーカリーウエクスラーを継ぎたがっていたパン職人の娘ですよ。王家から開放された今、ベーカリーウエクスラーを楽しそうに手伝っていて、とても幸せそうでした。アンジェリーナのささやかな幸せを邪魔しないでください!」

 カスパーにきつく言われれば、確かにその通りだとも思った。力を失った彼女を縛るものは何もない。普通に平民として生きたいというのなら、アンジェリーナにはその権利がある。だからわたしは婚約解消を父上に勧めた。そうして、彼女は王城を離れた。

 それからしばらくすると、アンジェリーナの焼くパンを食べた者達に、次々と奇跡が起こるようになった。まずは精神的に病んでいる者が明るい笑顔を浮かべるようになり、食欲が増し仕事にも就けるようになった。歩く度に足の痛みを感じていた者が杖もなく歩けるようになり、怪我があっという間に治癒したという者まで現れる。噂は諸外国まで広まり高名な魔法使いがこの国までやって来て、彼女が聖女様だということがわかった。

 やはり、ありきたりの付与魔術師ではなかったのだ。しかし、聖女様だとは思ってもみなかった。彼女が聖女様であるという事実が喜ばしい。この世界では聖女様は全国の王族から敬愛され守られる存在だ。自分が望むように生きられる権利を与えられ、どのような権力者にも支配されない。

 そう喜んでいたのも束の間、アルノーリ様が私に密やかに話しかけた。アルノーリ様が帰られるお見送りの時で、馬車に乗り込む寸前のことだった。
「カスパー第二王子殿下からは、アンジェリーナ様に対する嫌悪と侮蔑の感情が渦巻いているのが見えます。あれではアンジェリーナ様はさぞお辛かったでしょうね」
 わたしを責めるような声音でそうおっしゃって帰られたアルノーリ様に戸惑う。

(どういうことなんだ?)

 その直後、わたしは騎士団に所属しないわたしだけの親衛隊を呼んだ。王太子は騎士団とは別に自分だけの部下として親衛隊を持つことが許されている。

「カスパーの今日の予定を知っているかい?」

「はい。騎士団の行動予定表では、夕方から王都の見回りに数人で行かれるようです」

「そうか。自ら王都を見回るなんて感心なことだな」

「はい。正確には王都を守っている下級騎士達や商店街の自警団の人達にお声がけをしているのだと思いますがね。いつも一緒にいる騎士団長補佐の方々を連れて、現場をいろいろと見回っているとのことです。本当にご立派だと思います」

「そうだな。今日は弟のそんな仕事の様子を陰で見守りたいと思う。しっかりとこの目で見て褒めたやりたいのさ」

 訝しむ親衛隊達の顔が和んだ。実の弟を調査するなど気が引けたが、大魔法使いの言葉を無視することはできない。だが、怪しいから尾行するとは、流石に言えなかった。




 騎士団長専用建物からカスパーが制服姿で夕方出ていくと、わたし達もその後を追った。カスパーの馬車が、王都の繁華街とは真逆の方向に途中から向かい始め首を傾げる。
「王太子殿下。あまり良くない御報告です。この先はおかしなパーティが定期的に行われている屋敷です。受付で仮面を買って顔を隠し、酔い潰れた客同志で乱痴気騒ぎをする場所ですよ」

(乱痴気騒ぎ?)

 ラフな私服で馬車から降り立ったカスパーは、馬車に着替えを用意していたらしい。用意周到で手慣れている。わたしも仮面を買いその場に足を踏み入れた。会場ではカスパーに大きなルビーを付けた女性がしなだれかかっていた。彼女は胸元が広く開いたドレス姿ですでにかなり酔っている。

(あのルビーは、アンジェリーナのものだ。あれほどの輝きを放つ大きなルビーはこの国ではとても珍しいし、あのデザインは間違いない)

「失礼、とても素敵なネックレスですね?」
 わたしは、カスパーが離れた隙にその女性に話しかけた。

「ふふふ。そうでしょう? これはね、冴えない女に貸してあげていたのよ。でもね、やっと私の物になったわ。事情があって正式な夜会や舞踏会ではつけられないけど、こういう場所なら大丈夫なのよ」

「なるほどね。確かに皆が貴女に注目していますね。どうぞ、楽しんでください」

 わたしは足早にその場を立ち去った。あの女性の声は聞いたことがあるし、背格好もある人物と一致する。ヒルダ・バーキット公爵令嬢だ。王城に戻り騎士団専用建物に向かう。

「セオドリック王太子殿下、このような時刻にどうされたのですか?」
「カスパーに頼んでいた仕事があってね、簡単な書類なんだが団長室に置いてあると思う。ちょっと取りに来ただけさ。騎士団長室に入らせてもらうよ」
「え? お、お待ちください。団長室にはカスパー第二王子殿下しか入れません。俺たちも入ったことはないですし、掃除をしようとした騎士団専属メイドは即刻クビになりました」
「掃除をしようとしただけでか?」
「はい、そうです。ですから王太子殿下であっても、ここをお通しすることはできません。俺たちが後で厳しい処分をされますよ。ここは騎士団専用建物ですので、ここは支配するのは騎士団長であるカスパー第二王子殿下だけです」

「それは違うぞ。この王城も騎士団も支配するのは儂だ。儂が許可する。カスパーに文句は言わせん。さぁ、セオドリックよ。カスパーの部屋に向かうとしよう」
 とても良いタイミングで父上が来てくださったことに感謝した。話しを聞けば父上もアルノーリ様におかしなことを言われたらしい。

「この国は恵まれている。聖女も現れ高潔な王子もいる。しかし、二人の王子は光りと闇ですね」と。

 それで気になり、父上の方はわたしとカスパーの両方を影に尾行させていたと言うのだ。ちなみに王家には影がおり、この国王専属部隊の存在は王と王太子であるわたししか知らない。

「カスパーを尾行していたわたしも、父上の影に尾行されていたわけですね? 全く気がつきませんでした」
 苦笑しながら、騎士団長室の引き出し類を調べていった。たくさんの書類が仕分けもされずに、無造作に放り込まれているのに驚く。王城のカスパーの部屋は、どこもかしこも綺麗に整理整頓されていたのに。

 チラリとその一枚を見ると、なにかの借用書のようだった。その大量にある借用書に紛れて、完済されたという書類も紛れ込んでいる。

「父上、この借用書の貸主の名前、カジノ経営者のウソ・ツクナンとなっています。しかも、この金額が高額すぎますし、完済したのが・・・・・・アンジェリーナが倒れる前日になっている・・・・・・いったいこれはどういうことなのでしょうか?」

 扉の向こうが急に騒がしくなった。バタバタと複数の者達の足音も響く。
「セオドリック王太子殿下、カスパー第二王子殿下が戻られました。取り巻き達も一緒です。まずいです」
 それと同時に、扉越しから争う物音が聞こえる。やがて、カスパーがゆっくりと部屋に入ってきた。廊下ではわたしの三人の親衛隊が、カスパーの取り巻き達に羽交い締めにされているのが見えた。

「兄上、人の部屋を漁りに来るならもっと多くの親衛隊を連れてくるべきでしたよね? いったい、なにを見つけようとしていたのですか?」
 爽やかな笑顔でそう言ったが、わたしの後ろから姿を現した父上を見るなり、途端に哀れな口調に変わり目には涙を浮かべた。

「父上、兄上は酷いですよ。ここは俺の聖域である騎士団長室です。このように勝手に無断で押し入るなど、権力の乱用ですよ。いくら王太子殿下でもやってはいけないことがあります。信頼していて仲も良い、最高の兄上だと思っていたのに」

(カスパーは机に広げられた書類の山を見ようともしないが、まさか兄弟喧嘩で済ますつもりなのだろうか?)

 わたしは背筋がゾクリとするような違和感を覚えたのだった。

 
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