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「カスパー第二王子殿下は、あのルビーをネックレスか指輪になさるのだと思いますよ。出来あがりが楽しみですね」
カスパー第二王子殿下とのガゼボでのお茶会を終えた後、侍女の一人にそう声をかけられた私は、ただ頷くしかなかった。確かにあの場面を見れば、百人が百人ともそのように解釈するはずだと思う。カスパー第二王子殿下は人望がある騎士団長だから、まさか私からルビーを取り上げ「お前には勿体ない」等とおっしゃるとは誰も思っていない。
私はカスパー第二王子殿下の裏の顔を誰にも相談できなかった。カスパー第二王子殿下のことを信頼しきっている国王陛下夫妻やセオドリック王太子殿下には、そのようなことを申し上げられる雰囲気ではないし、両親に相談すれば心配させてしまう。父さん達は私を大事に思ってくれているので、私がカスパー第二王子殿下の本性を言えばこの婚約話しを断ってくれるだろう。でも、平民の父さん達が王命を拒んだら、きっとなんらかのお咎めがありそうで・・・・・・だから、私が我慢しさえすれば丸く収まるんだ、そう思った。
私が十七歳になった頃、正式に私とカスパー第二王子殿下との婚約発表パーティが行われた。この国では十八歳で成人とされるので、来年私達は挙式する予定だ。カスパー第二王子殿下は二十歳で歳も釣り合い、私達はとてもお似合いだと噂されているし、お互いが愛し合っていると思われていた。
「お前は終始にこやかに微笑み、嬉しそうにしているんだぞ。俺と婚約できたことは、お前にとって身に余る光栄なのだからな。パン屋の娘ごときが第二王子妃になるなんて前代未聞だよ」
誰にも聞かれないように耳元でそう囁きながらも、エスコートしてくださる姿はまるで本当に私を愛しているかのように完璧だった。
私は柔らかな微笑みを顔に貼り付ける。婚約話の直後から始まった王子妃教育の為に、私はお城に留まることになった。その合間に付与魔術師としても働き、カスパー第二王子殿下からはいつも冷たい言葉を言われ続け、その結果身についたのは悲しくても微笑むことだった。
宮廷楽師達が奏でる優雅な音楽に合わせて、私はカスパー第二王子殿下と踊る。耳元で愛を囁いているかのように見えるカスパー第二王子殿下は、実際のところは私に「足を踏んだら承知しないぞ。この靴は俺のお気に入りだからな」と囁いていた。
踊りが終わると飲み物を持ってきてくれ、私を気遣うようにずっと側にいる。貴族達の視線が私達に集中している間は、ずっと愛する女性を見つめる眼差しを私に向けていた。騎士団員からなにか報告を受けて、騎士団専用の建物に向かって行った時には、正直ホッとして身体の緊張が解け思わず大きく深呼吸した。カスパー第二王子殿下といると気持ちがいっときも休まらない。心がささくれだってそこから血が滲んでいるのに、顔には笑顔を浮かべなければならない矛盾。これが王族や貴族の義務なのだとしたら、あのままパン屋の娘でいたかった。
「このところあまり元気がないようだけれど、なにかあったのかな? なんでも相談してくれて構わないのだよ。君は私の弟の大事な女性だからね。義理の妹になるのだから遠慮はいらないよ」
穏やかな笑みを浮かべて声をかけてくださったセオドリック殿下に「悩みはその弟さんのことです」なんて申し上げられるわけがない。私はゆっくりと首を横に振り微笑んだ。
「元気がないのではなく大人になってきただけです。もう滅多なことでは泣かなくなりました」
「そうかい・・・・・・泣きたい時は泣いて良いと思うがね・・・・・・そうだ、気分転換に王妃しか入れない庭園を案内してあげよう」
私をなんとか元気づけようと、王妃殿下の許可をもらい王妃専用の庭園を一緒に散歩させていただいた。ここは造形美を狙った大輪の薔薇が咲き誇る人工的な庭園ではなく、自然の野花が慎ましやかに咲く落ち着いた空間だった。並んで歩くだけで会話をあまりしなくても、居心地の悪さはまるで感じない。一緒にいると寛げて、セオドリック王太子殿下の言葉のひとつひとつに、温かい思いやりを感じた。
ほっこりとした時間を過ごし、セオドリック王太子殿下にお礼を言い、一人でパーティ会場に戻ろうとした時だ。騎士団専用建物にいるはずのカスパー第二王子殿下が、逆方向からバーキット公爵令嬢と歩いて来るのが見えた。
「カスパー第二王子殿下は騎士団専用建物に行かれたと思っていましたが」
私は決して彼を責めたつもりではなかったし、バーキット公爵令嬢との仲を疑ったわけでもない。
「ほら、すぐこれだ。アンジェリーナは嫉妬深いなぁ。それだけ俺が好きなのはわかるが、俺の行動にいちいち文句をつけるな。どこに誰といようがアンジェリーナの許可はいらないと思う。俺は王子だからな」
「ふふふ。そうですわよ。カスパー様は王族で騎士団長様ですよ。たかが平民の付与魔術師が生意気なのよ」
かつての私ならきっとここで涙が溢れたろう。けれど今は涙も流れず、冷静な眼差しでバーキット公爵令嬢の胸元を見つめた。
「うふ、気になる? これは、カスパー様が私にプレゼントしてくださったのよ。大きなルビーでしょう? カスパー様の瞳の色と同じなのよ」
王妃殿下から婚約祝いにいただいたルビーがネックレスになって、バーキット公爵令嬢の胸元で輝いていたのだった。
カスパー第二王子殿下とのガゼボでのお茶会を終えた後、侍女の一人にそう声をかけられた私は、ただ頷くしかなかった。確かにあの場面を見れば、百人が百人ともそのように解釈するはずだと思う。カスパー第二王子殿下は人望がある騎士団長だから、まさか私からルビーを取り上げ「お前には勿体ない」等とおっしゃるとは誰も思っていない。
私はカスパー第二王子殿下の裏の顔を誰にも相談できなかった。カスパー第二王子殿下のことを信頼しきっている国王陛下夫妻やセオドリック王太子殿下には、そのようなことを申し上げられる雰囲気ではないし、両親に相談すれば心配させてしまう。父さん達は私を大事に思ってくれているので、私がカスパー第二王子殿下の本性を言えばこの婚約話しを断ってくれるだろう。でも、平民の父さん達が王命を拒んだら、きっとなんらかのお咎めがありそうで・・・・・・だから、私が我慢しさえすれば丸く収まるんだ、そう思った。
私が十七歳になった頃、正式に私とカスパー第二王子殿下との婚約発表パーティが行われた。この国では十八歳で成人とされるので、来年私達は挙式する予定だ。カスパー第二王子殿下は二十歳で歳も釣り合い、私達はとてもお似合いだと噂されているし、お互いが愛し合っていると思われていた。
「お前は終始にこやかに微笑み、嬉しそうにしているんだぞ。俺と婚約できたことは、お前にとって身に余る光栄なのだからな。パン屋の娘ごときが第二王子妃になるなんて前代未聞だよ」
誰にも聞かれないように耳元でそう囁きながらも、エスコートしてくださる姿はまるで本当に私を愛しているかのように完璧だった。
私は柔らかな微笑みを顔に貼り付ける。婚約話の直後から始まった王子妃教育の為に、私はお城に留まることになった。その合間に付与魔術師としても働き、カスパー第二王子殿下からはいつも冷たい言葉を言われ続け、その結果身についたのは悲しくても微笑むことだった。
宮廷楽師達が奏でる優雅な音楽に合わせて、私はカスパー第二王子殿下と踊る。耳元で愛を囁いているかのように見えるカスパー第二王子殿下は、実際のところは私に「足を踏んだら承知しないぞ。この靴は俺のお気に入りだからな」と囁いていた。
踊りが終わると飲み物を持ってきてくれ、私を気遣うようにずっと側にいる。貴族達の視線が私達に集中している間は、ずっと愛する女性を見つめる眼差しを私に向けていた。騎士団員からなにか報告を受けて、騎士団専用の建物に向かって行った時には、正直ホッとして身体の緊張が解け思わず大きく深呼吸した。カスパー第二王子殿下といると気持ちがいっときも休まらない。心がささくれだってそこから血が滲んでいるのに、顔には笑顔を浮かべなければならない矛盾。これが王族や貴族の義務なのだとしたら、あのままパン屋の娘でいたかった。
「このところあまり元気がないようだけれど、なにかあったのかな? なんでも相談してくれて構わないのだよ。君は私の弟の大事な女性だからね。義理の妹になるのだから遠慮はいらないよ」
穏やかな笑みを浮かべて声をかけてくださったセオドリック殿下に「悩みはその弟さんのことです」なんて申し上げられるわけがない。私はゆっくりと首を横に振り微笑んだ。
「元気がないのではなく大人になってきただけです。もう滅多なことでは泣かなくなりました」
「そうかい・・・・・・泣きたい時は泣いて良いと思うがね・・・・・・そうだ、気分転換に王妃しか入れない庭園を案内してあげよう」
私をなんとか元気づけようと、王妃殿下の許可をもらい王妃専用の庭園を一緒に散歩させていただいた。ここは造形美を狙った大輪の薔薇が咲き誇る人工的な庭園ではなく、自然の野花が慎ましやかに咲く落ち着いた空間だった。並んで歩くだけで会話をあまりしなくても、居心地の悪さはまるで感じない。一緒にいると寛げて、セオドリック王太子殿下の言葉のひとつひとつに、温かい思いやりを感じた。
ほっこりとした時間を過ごし、セオドリック王太子殿下にお礼を言い、一人でパーティ会場に戻ろうとした時だ。騎士団専用建物にいるはずのカスパー第二王子殿下が、逆方向からバーキット公爵令嬢と歩いて来るのが見えた。
「カスパー第二王子殿下は騎士団専用建物に行かれたと思っていましたが」
私は決して彼を責めたつもりではなかったし、バーキット公爵令嬢との仲を疑ったわけでもない。
「ほら、すぐこれだ。アンジェリーナは嫉妬深いなぁ。それだけ俺が好きなのはわかるが、俺の行動にいちいち文句をつけるな。どこに誰といようがアンジェリーナの許可はいらないと思う。俺は王子だからな」
「ふふふ。そうですわよ。カスパー様は王族で騎士団長様ですよ。たかが平民の付与魔術師が生意気なのよ」
かつての私ならきっとここで涙が溢れたろう。けれど今は涙も流れず、冷静な眼差しでバーキット公爵令嬢の胸元を見つめた。
「うふ、気になる? これは、カスパー様が私にプレゼントしてくださったのよ。大きなルビーでしょう? カスパー様の瞳の色と同じなのよ」
王妃殿下から婚約祝いにいただいたルビーがネックレスになって、バーキット公爵令嬢の胸元で輝いていたのだった。
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