(完)「あたしが奥様の代わりにお世継ぎを産んで差し上げますわ!」と言うけれど、そもそも夫は当主ではありませんよ?

青空一夏

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7 ロゼッタって?

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「すごいなぁ。ここまでずうずうしい女は初めて見たよ」
グレイソン様はそう言って呆れるが、ジャクソン様はますます怒り顔だ。

「このような女の荷物など屋敷に運びこませるわけにはいかない」
そのジャクソン様の言葉にラー二ー様はひらめいたようにつぶやいた。
「その荷物にはきっと他人のおじちゃんが買ってあげたものがあるんじゃないかな? だってみんな好きな人にはものをいろいろ買ってあげるものね」

ーー私はその無邪気な言葉に心がいっそう沈んだ。考えてみれば私はセオに何を買ってもらっただろうか? 私が買ってプレゼントした事はあっても彼が何かプレゼントしてくれた記憶は花だけだ。庭園に咲き誇る一輪を手折り私に差し出したり思いやりの言葉をもらったり、それだけで私の心は満たされていたけれど。それでも夫から何かプレゼントされたかと聞かれれば、本当に庭園に咲いている花だけなのだった。

結婚指輪でさえ私がお揃いで購入した。
「イレーヌの方がセンスがいいから君に選んで欲しいんだ。かかったお金は後で請求してほしい」
そう言われて請求しないまま今に至る。わざわざ指輪の金額を改めて請求することはこちらからは言いづらかったし、月日が経っていくうちにそのような事はすっかり忘れていた。

「イレーヌ、まだ顔色が悪いぞ?大丈夫か? どうかしたかい?」
ジャクソン様が私の体調気遣ってくださる様子がありがたくて涙が自然と溢れる。このようなタイミングで優しくしないでほしい。心が弱っているときにいたわりの言葉を口にされると、なぜか人はセンチメンタルな気分が増してきて号泣したくなるものだ。私は嗚咽を漏らして泣き叫びたい気持ちを封印して、やっと聞こえるような小さな声でジャクソン様に答えた。
「大した事では無いのです。そういえば私はセオ様に庭園に咲いている花以外はいただいたことがないな、と思い出しただけです。結婚指輪でさえも私が買い揃え、そのお金もいただいていなかったことを今思い出しました。ただそれだけなんです……」

セオ以外のその場にいた人達全員が「はっ⁈ 」としたような顔を私に向けた。
「ぷっ、あはははは。イレーヌ様は初めからセオに愛されていなかったのよ。女はね、かけてもらうお金の額で価値が決まるのよ。どれだけ男に貢がせたかが愛のバロメーターなのよ。結婚指輪も買ってもらえない女なんて初めて聞いたわよ。なんて滑稽な話なの!」

「男性に使わせたお金の額が愛の重さに比例する、そのようなことは考えておりませんでした。好きな男性からもらえれば1輪の花でさえありがたくどんな宝石よりも価値があると思ったのです」
私は情けなくなって消え入りそうな声でつぶやいた。

「イレーヌをいじめるな! お前なんかの荷物はロゼッタの隣で充分だよっ!そうだよお父様、ロゼッタの隣が空いてるよ。それからあの建物の2階も誰もいないでしょう? あそこにこの他人のおじちゃん達を置いておけばいいよ。逃げたら困るもんね」
ラー二ー様はこの状況がわかっているかのように可愛い声で自分の意見を言うのだけれど、ロゼッタって誰かしら?

「ふむ、それはいい案かもしれないな。確かに勝手に逃げられても困る。では業者に行ってロゼッタの隣に荷物を運ばせよ。お前たちもその2階で今日は過ごして良い。明日にはイレーヌのお父上も来てくださるだろう。」

「わかりました。ところで夕飯は何時ですか?今日は仕事が忙しくてランチを取り損ねてしまったんですよ」
セオは当然のように夕食を食べようとする。
「他人のおじちゃん、ここはホテルじゃないよ! 自分のご飯ぐらい自分で用意しなよ」
ラー二ー様は頰を膨らませてセオに説教をするのだった。その様子がとても滑稽で私は苦笑するしかない。

このような子供にまで説教されるような幼い夫、私はこの人の何を見ていたのだろうか。大事な人を2人も失い生きる希望を見出せなくなっていたあの頃、セオが私に優しく接してくれたことが特別なことのように思えた。でもそれも今はセオの計算づくの行動だったのかもしれない。私はなんて浅はかだったんだろう……


執事に連れらたセオの向かった先が馬小屋だったことを私は翌朝まで知らなかった。ロゼッタはジャクソン様の愛馬だったのだ。



おまけのセオ視点



「ちょっと待て! 本邸を一旦出てどこに行こうって言うんだ?あー、わかった!グレイソン兄上の離れの隣にも建物があったよな? あれはゲスト用の宿泊施設だったから、そこに泊まらせてくれるんだろう?あー、助かった」

ところが執事はゲスト用宿泊施設の建物を通り過ぎ小さな小屋に向かっている。馬糞の匂いと藁の匂いが入り混じり馬の鳴き声がする。

「ここは馬小屋じゃないか! ああ、思い出したロゼッタって兄上の愛馬か! ちょっと待ってくれよ。ひどいじゃないか!この私に馬小屋で寝ろって言うのか!」

「ここの2階は藁がたくさん積んでありますから寒くは無いですよ。このようなことをしでかしたセオ様が泊まるには充分過ぎる位です。雨風がしのげるのですからありがたいと思うべきです。その女性の荷物はロゼッタの隣の馬小屋に収まるでしょう。あそこはきれいに掃除してあるので家財道具も汚れません。ですが2階はここ1年掃除していないと思います。ダニやらノミもいるかもしれませんが我慢してくださいね。何しろここはホテルではありませんからね」
いつも礼儀正しい執事は私に向かって初めてぞんざいな口を聞いた。

ーーこんなことになると人間はすぐに手のひらを返したように馬鹿にしてくるんだよ!ほんとに頭にくるよ!

「おいお前、私は貴族なんだぞ! バッテンベルクの当主になるかもしれない男だ。失礼な口を聞いたら後で後悔するからな」

「後悔するのはあなたの方でしょう。このようなことになっても奥様の実家の威光が通用すると思うなんて残念としか言いようがありません。どうしてこのように育ったんでしょうねぇ?ジャクソン様もグレイソン様も立派な方ですのに」

「うるさいよ! あの2人が優秀すぎるんだよ。私だって優秀なんだ!あの2人と比べるから私が霞むんだ。なんて不幸なんだ」

私は少し湿り気を帯びた藁に埋もれて眠る羽目になった。チクチクするし痒くてたまらない。おまけにお腹が空きすぎてなかなか寝付けないのだった。あぁ、体中痒くてたまらない……。
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