2 / 22
1 愛人から屋敷を出て行けと言われた私
しおりを挟む
私は来客用の応接室にその女性を通すように言い、深呼吸をひとつした。胸はドクンドクンと大きく鳴り、まるで自分の心臓の音ではないみたい。ショックなことがあると人間の心臓とはこれほどまでに自己主張するのか……心の乱れで脈が乱れ呼吸もすっかり浅くなっている。
夫の浮気など知りたくない気持ちと真実を知りたい気持ち。この相反する気持ちは、浮気をされた女性にしかわからない苦く複雑な思い。
勇気を出して応接室に入っていくと、ニヤリと口を歪めた若い女性が私に挑戦的な視線を向けた。
「なんだぁ。たいして若くも綺麗でもない奥様なのねぇ! 安心しちゃったわぁ」
「なにを安心したのでしょうか? それからここにはどういうご用件でいらしたのですか?」
私は屈辱に唇を震わせて尋ねた。
「あたしがイレーヌ様に勝ったってことで安心したのよ! あたしの方が若いしかわいいもの! ご用件はぁ、この屋敷から出ていってほしいの! セオからイレーヌ様は子供が産めないって聞いたもの」
「なぜ子供が産めないと、私がここから出ていかなければならないのでしょう?」
「はぁ? そんなこともこのあたしに言われなきゃわからないの? イレーヌ様っておいくつですか? 脳みそあります? まさか学校も行ってない方じゃないですよね? 平民の奥さんって聞いてたけど学校も出ていないのかなぁ。読み書きはできますかぁ? あたしも平民ですけれど平民学校でも一番いい学校を卒業してるんですよ。セオの部下になった可愛い上に頭がいいシェリルと言いまぁす」
「シェリル様。私の頭はあなたに心配していただかなくとも大丈夫ですし、私は貴族学園を出ております。なぜ夫の部下のあなたが私にここから出て行けと言えるのかその根拠をお伺いしたいですね」
私は実際聞きたくはないけれど、ここを聞かなければ夫への対応も決めかねる。
「本当に鈍い人ね。今まであたしという存在に気がつかなかっただけあるわ。あたしのこのお腹にはセオの子供がいるのよっ! だからあの執事に言ったのよ。『あたしが奥様の代わりにお世継ぎを産んでさしあげますわ!』ってね!」
「そ、そんなぁ……」
私の瞳は涙で霞む。予想をしていたとはいえ裏切られたショックと、すでに孕んでいる愛人を見てやはり涙がにじんでしまう。シェリルが来る直前まで信じていた夫だったから……
私の反応はシェリルの虚栄心を充分満足させたらしい。
「だからぁ、イレーヌ様はここをでていくんですわ! ここがあたしの居場所になるのですから!」
そんなシェリルの言葉と同時に幼い子供がドアを乱暴に開けて入ってきた。
「出て行くのはお前とセオ叔父ちゃんだぞ! 僕の大事な人を虐めるな!」
今年8才になるラーニー様がトレーニングソード(木剣)を振り回して叫んだのだった。
「誰よ? これ? こんな子供がいるなんて聞いてないわよ? きゃぁーー。なにすんのよっ! このガキ! 痛いじゃないよっ!」
「イレーヌ? 来客かい? すまないね。ラーニーが剣術の稽古の合間に抜け出して……ん? ラーニー! 女性をトレーニングソード(木剣)で小突き回してはいけないよ」
「だって、こいつはイレーヌにこの屋敷から出て行けって言ったんだよ? お父様!」
「なんだとぉ? その話し、詳しく聞かせてもらおうか?」
この屋敷の当主、セオの兄ジャクソン・ポワゾン侯爵が厳しい顔つきになりシェリルを睨んだのだった。
お母様を難産で亡くしたラーニー様は私に身体をすり寄せてこう言った。
「イレーヌは僕のお母様みたいなものだもん。絶対に出て行っちゃだめだ。そんなことこの僕がさせないよっ!」
୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧
トレーニングソード:この世界で剣術の稽古の時に使用する剣。刃の部分があたっても切れることはない。木剣。
夫の浮気など知りたくない気持ちと真実を知りたい気持ち。この相反する気持ちは、浮気をされた女性にしかわからない苦く複雑な思い。
勇気を出して応接室に入っていくと、ニヤリと口を歪めた若い女性が私に挑戦的な視線を向けた。
「なんだぁ。たいして若くも綺麗でもない奥様なのねぇ! 安心しちゃったわぁ」
「なにを安心したのでしょうか? それからここにはどういうご用件でいらしたのですか?」
私は屈辱に唇を震わせて尋ねた。
「あたしがイレーヌ様に勝ったってことで安心したのよ! あたしの方が若いしかわいいもの! ご用件はぁ、この屋敷から出ていってほしいの! セオからイレーヌ様は子供が産めないって聞いたもの」
「なぜ子供が産めないと、私がここから出ていかなければならないのでしょう?」
「はぁ? そんなこともこのあたしに言われなきゃわからないの? イレーヌ様っておいくつですか? 脳みそあります? まさか学校も行ってない方じゃないですよね? 平民の奥さんって聞いてたけど学校も出ていないのかなぁ。読み書きはできますかぁ? あたしも平民ですけれど平民学校でも一番いい学校を卒業してるんですよ。セオの部下になった可愛い上に頭がいいシェリルと言いまぁす」
「シェリル様。私の頭はあなたに心配していただかなくとも大丈夫ですし、私は貴族学園を出ております。なぜ夫の部下のあなたが私にここから出て行けと言えるのかその根拠をお伺いしたいですね」
私は実際聞きたくはないけれど、ここを聞かなければ夫への対応も決めかねる。
「本当に鈍い人ね。今まであたしという存在に気がつかなかっただけあるわ。あたしのこのお腹にはセオの子供がいるのよっ! だからあの執事に言ったのよ。『あたしが奥様の代わりにお世継ぎを産んでさしあげますわ!』ってね!」
「そ、そんなぁ……」
私の瞳は涙で霞む。予想をしていたとはいえ裏切られたショックと、すでに孕んでいる愛人を見てやはり涙がにじんでしまう。シェリルが来る直前まで信じていた夫だったから……
私の反応はシェリルの虚栄心を充分満足させたらしい。
「だからぁ、イレーヌ様はここをでていくんですわ! ここがあたしの居場所になるのですから!」
そんなシェリルの言葉と同時に幼い子供がドアを乱暴に開けて入ってきた。
「出て行くのはお前とセオ叔父ちゃんだぞ! 僕の大事な人を虐めるな!」
今年8才になるラーニー様がトレーニングソード(木剣)を振り回して叫んだのだった。
「誰よ? これ? こんな子供がいるなんて聞いてないわよ? きゃぁーー。なにすんのよっ! このガキ! 痛いじゃないよっ!」
「イレーヌ? 来客かい? すまないね。ラーニーが剣術の稽古の合間に抜け出して……ん? ラーニー! 女性をトレーニングソード(木剣)で小突き回してはいけないよ」
「だって、こいつはイレーヌにこの屋敷から出て行けって言ったんだよ? お父様!」
「なんだとぉ? その話し、詳しく聞かせてもらおうか?」
この屋敷の当主、セオの兄ジャクソン・ポワゾン侯爵が厳しい顔つきになりシェリルを睨んだのだった。
お母様を難産で亡くしたラーニー様は私に身体をすり寄せてこう言った。
「イレーヌは僕のお母様みたいなものだもん。絶対に出て行っちゃだめだ。そんなことこの僕がさせないよっ!」
୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧
トレーニングソード:この世界で剣術の稽古の時に使用する剣。刃の部分があたっても切れることはない。木剣。
140
お気に入りに追加
4,792
あなたにおすすめの小説
【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?
との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」
結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。
夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、
えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。
どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに?
ーーーーーー
完結、予約投稿済みです。
R15は、今回も念の為
実家に帰ったら平民の子供に家を乗っ取られていた!両親も言いなりで欲しい物を何でも買い与える。
window
恋愛
リディア・ウィナードは上品で気高い公爵令嬢。現在16歳で学園で寮生活している。
そんな中、学園が夏休みに入り、久しぶりに生まれ育った故郷に帰ることに。リディアは尊敬する大好きな両親に会うのを楽しみにしていた。
しかし実家に帰ると家の様子がおかしい……?いつものように使用人達の出迎えがない。家に入ると正面に飾ってあったはずの大切な家族の肖像画がなくなっている。
不安な顔でリビングに入って行くと、知らない少女が高級なお菓子を行儀悪くガツガツ食べていた。
「私が好んで食べているスイーツをあんなに下品に……」
リディアの大好物でよく召し上がっているケーキにシュークリームにチョコレート。
幼く見えるので、おそらく年齢はリディアよりも少し年下だろう。驚いて思わず目を丸くしているとメイドに名前を呼ばれる。
平民に好き放題に家を引っかき回されて、遂にはリディアが変わり果てた姿で花と散る。
彼が結婚している親友と関係を持っていて婚約破棄。相手が妊娠してなかったからやり直そうと手紙が届く。
window
恋愛
マリア公爵令嬢は浮ついた気持ちを抑えられなかった。その理由はピエール王太子殿下から生真面目な顔で甘くささやくようにプロポーズの言葉を捧げられたからです。
「君の返事を聞かせてほしい」と問われたマリアは照れながら微笑み「はい」と答えて婚約を受け入れる。
だがピエール殿下には秘密があり口が裂けても打ち明けることができないほどの手を焼く問題を抱えていた。
自業自得のピエールは苦し紛れの抵抗を繰り返し絶望のどん底に落ちても最後まであがき逃れようと奮闘する。
皇太子殿下の秘密がバレた!隠し子発覚で離婚の危機〜夫人は妊娠中なのに不倫相手と二重生活していました
window
恋愛
皇太子マイロ・ルスワル・フェルサンヌ殿下と皇后ルナ・ホセファン・メンテイル夫人は仲が睦まじく日々幸福な結婚生活を送っていました。
お互いに深く愛し合っていて喧嘩もしたことがないくらいで国民からも評判のいい夫婦です。
先日、ルナ夫人は妊娠したことが分かりマイロ殿下と舞い上がるような気分で大変に喜びました。
しかしある日ルナ夫人はマイロ殿下のとんでもない秘密を知ってしまった。
それをマイロ殿下に問いただす覚悟を決める。
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
「私も新婚旅行に一緒に行きたい」彼を溺愛する幼馴染がお願いしてきた。彼は喜ぶが二人は喧嘩になり別れを選択する。
window
恋愛
イリス公爵令嬢とハリー王子は、お互いに惹かれ合い相思相愛になる。
「私と結婚していただけますか?」とハリーはプロポーズし、イリスはそれを受け入れた。
関係者を招待した結婚披露パーティーが開かれて、会場でエレナというハリーの幼馴染の子爵令嬢と出会う。
「新婚旅行に私も一緒に行きたい」エレナは結婚した二人の間に図々しく踏み込んでくる。エレナの厚かましいお願いに、イリスは怒るより驚き呆れていた。
「僕は構わないよ。エレナも一緒に行こう」ハリーは信じられないことを言い出す。エレナが同行することに乗り気になり、花嫁のイリスの面目をつぶし感情を傷つける。
とんでもない男と結婚したことが分かったイリスは、言葉を失うほかなく立ち尽くしていた。
病気で療養生活を送っていたら親友と浮気されて婚約破棄を決意。私を捨てたあの人は――人生のどん底に落とします。
window
恋愛
ナタリア公爵令嬢は幼馴染のラウル王子とご婚約になりました。このまま恵まれた幸せな人生を歩んでいけるに違いない。深い絆で結ばれた二人は無意識のうちにそう思っていた。
ところが幸せ絶頂のナタリアに転機が訪れる。重い病気にかかり寝込んでしまいます。ナタリアは過酷な試練を乗り越えて、ラウルとの結婚式を挙げることが唯一の生きがいと思いながら病魔を相手に戦い抜いた。
ナタリアは幸運にも難を逃れた。投薬で体調を回復して心身ともに安定した日々を過ごしはじめる。そんな中で気がかりなことがひとつあった。ラウルがお見舞いに来てくれないこと。最初は病気がうつる可能性があるからお見舞いはご遠慮くださいと断っていた。
医師から感染のおそれはないと認めてもらっても一向にお見舞いに来てくれなかった。ある日ナタリアは自分から会いに行こうと決心して家から抜け出した。
ラウル王子は親友のアイリス伯爵令嬢と浮気をしていた。心の支えだと信じていた恋人と親友の裏切りを知ったナタリアは眼つきが変わり煮えくり返るような思いで怒りに震える。我慢できずに浮気現場に問答無用で乗り込み直接対決をする。
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる