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1 愛人から屋敷を出て行けと言われた私

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私は来客用の応接室にその女性を通すように言い、深呼吸をひとつした。胸はドクンドクンと大きく鳴り、まるで自分の心臓の音ではないみたい。ショックなことがあると人間の心臓とはこれほどまでに自己主張するのか……心の乱れで脈が乱れ呼吸もすっかり浅くなっている。

夫の浮気など知りたくない気持ちと真実を知りたい気持ち。この相反する気持ちは、浮気をされた女性にしかわからない苦く複雑な思い。

勇気を出して応接室に入っていくと、ニヤリと口を歪めた若い女性が私に挑戦的な視線を向けた。
「なんだぁ。たいして若くも綺麗でもない奥様なのねぇ! 安心しちゃったわぁ」

「なにを安心したのでしょうか? それからここにはどういうご用件でいらしたのですか?」
私は屈辱に唇を震わせて尋ねた。

「あたしがイレーヌ様に勝ったってことで安心したのよ! あたしの方が若いしかわいいもの! ご用件はぁ、この屋敷から出ていってほしいの! セオからイレーヌ様は子供が産めないって聞いたもの」

「なぜ子供が産めないと、私がここから出ていかなければならないのでしょう?」

「はぁ? そんなこともこのあたしに言われなきゃわからないの? イレーヌ様っておいくつですか? 脳みそあります? まさか学校も行ってない方じゃないですよね? 平民の奥さんって聞いてたけど学校も出ていないのかなぁ。読み書きはできますかぁ? あたしも平民ですけれど平民学校でも一番いい学校を卒業してるんですよ。セオの部下になった可愛い上に頭がいいシェリルと言いまぁす」

「シェリル様。私の頭はあなたに心配していただかなくとも大丈夫ですし、私は貴族学園を出ております。なぜ夫の部下のあなたが私にここから出て行けと言えるのかその根拠をお伺いしたいですね」
私は実際聞きたくはないけれど、ここを聞かなければ夫への対応も決めかねる。

「本当に鈍い人ね。今まであたしという存在に気がつかなかっただけあるわ。あたしのこのお腹にはセオの子供がいるのよっ! だからあの執事に言ったのよ。『あたしが奥様の代わりにお世継ぎを産んでさしあげますわ!』ってね!」

「そ、そんなぁ……」
私の瞳は涙で霞む。予想をしていたとはいえ裏切られたショックと、すでに孕んでいる愛人を見てやはり涙がにじんでしまう。シェリルが来る直前まで信じていた夫だったから……
私の反応はシェリルの虚栄心を充分満足させたらしい。

「だからぁ、イレーヌ様はここをでていくんですわ! ここがあたしの居場所になるのですから!」

そんなシェリルの言葉と同時に幼い子供がドアを乱暴に開けて入ってきた。
「出て行くのはお前とセオ叔父ちゃんだぞ! 僕の大事な人を虐めるな!」
今年8才になるラーニー様がトレーニングソード(木剣)を振り回して叫んだのだった。

「誰よ? これ? こんな子供がいるなんて聞いてないわよ? きゃぁーー。なにすんのよっ! このガキ! 痛いじゃないよっ!」

「イレーヌ? 来客かい? すまないね。ラーニーが剣術の稽古の合間に抜け出して……ん? ラーニー! 女性をトレーニングソード(木剣)で小突き回してはいけないよ」

「だって、こいつはイレーヌにこの屋敷から出て行けって言ったんだよ? お父様!」

「なんだとぉ? その話し、詳しく聞かせてもらおうか?」
この屋敷の当主、セオの兄ジャクソン・ポワゾン侯爵が厳しい顔つきになりシェリルを睨んだのだった。

お母様を難産で亡くしたラーニー様は私に身体をすり寄せてこう言った。
「イレーヌは僕のお母様みたいなものだもん。絶対に出て行っちゃだめだ。そんなことこの僕がさせないよっ!」


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トレーニングソード:この世界で剣術の稽古の時に使用する剣。刃の部分があたっても切れることはない。木剣。
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