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婚約破棄しましょう-2

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「嫌だわぁ。なにかの勘違いでしょう。この指輪は以前から私が持っていたものですよ。いい加減なことを言わないで!」

「こちらに商品証明書をお渡しした控えがございます。宝石の種類、カラット数、色、産地、そして私の署名が記載されております。当店で販売されたことが確認できる書類です」
 店主は商人らしい人当たりのいい笑顔を浮かべながら続ける。
「お客様がご購入された日時もこちらで記録しております。間違いなく、あなた様とそちらのご令嬢がご一緒に当店を訪れ、ルビーをお求めになったのです」

「……嘘だ。これは罠だ。僕をねたむ奴の仕業だ。そうか……ベッカム、お前だな!」

「私がデラノ君のどこをねたむ必要があるんだい?」

「あるさ! だってあんた、エレノア様と婚約するはずだったって噂を聞いたことがあるんだ。エジャートン公爵になる機会を失って、僕に嫉妬しているんだろう?」 
「そうよ、絶対そうに違いないわ。それに、その商品証明書には店主の名前しか書かれていないのでしょう?  それじゃ、私たちが購入した証明にはならないじゃない。この店主は嘘をついてるのよ!  衛兵、捕まえて!」

 キャリーの声が響き渡る。しかし、ここは王宮内であり、王家の騎士に命令できるのは王族のみ。キャリーの愚かな言動を聞き、国王の額に深い皺が寄った。


「仕方ありませんね。では、次の証人をお呼びします。どうぞお入りください」
 大広間に次に現れたのはマリーだった。

「お姉様、デラノ様との関係を認め、エレノア様にきちんと謝罪なさってください。エレノア様からいただいたドレスをけなしたり、デラノ様を操ってエジャートン公爵家を手に入れると言ったり……お姉様は常軌を逸しています」

 この発言に、パーティに参加していた高位貴族たちの間から思わず失笑が漏れた。

「デラノ君は平民だったよな?  たとえエレノア嬢と結婚しても、実際の権力は何も得られない。ただの飾りにすぎないのでは?」
「その通り。『エジャートン公爵』という肩書を持つだけだな。しかし、現エジャートン公爵が健在である限り、爵位を継ぐことはない。仮にエレノア嬢が男子を授かれば、その子が次期継承者となるのだから……結局のところ、一生実権なんて持てない立場さ」
「つまり、彼はただの『種馬』にすぎないわね。そんな立場で、別の令嬢に指輪を贈るなんて、身のほど知らずもいいところだわ」

 貴族たちのひそひそ話は、デラノの耳にもはっきりと届いていた。

(もしかして、僕は盛大な勘違いをしていたのか? いや、待てよ……学園のみんなは僕にぺこぺこしていたし、羨ましそうに見ていた。あれは、僕がこれからすごい権力を手にするからだったはずだよな?)

「マリーは引っ込んでいなさいよっ! あんたは使用人みたいに私の言うことを黙って聞いていればいいのよっ!」
 マリーに怒鳴るキャリーに、デラノはギョッとする。
「ねぇ、キャリー。マリーって君の腹違いの妹だよね? メイドみたいな仕事をしているのはキャリーじゃなくてマリー様なのかい? 僕が聞かされていたことは嘘なの?」

 キャリーはクロネリー男爵家に引き取られる前は平民だった。貴族社会での立場が脆弱ぜいじゃくだという不安感が常に心の底にある。その劣等感からくる焦りと、今の地位を守ろうとする強い意志はキャリーから平常心を奪っていた。

 自分が嘘をついたことがバレるとその恐怖心から逆上し、言い訳をするどころか冷静さを失い自分の不利になることまで口にしてしまう。要するに、すっかり自爆的な性格になっていた。

「うっ、うるさいわね。デラノ様、今はそんなこと関係ないでしょう? このルビーがあなたから贈られたものではないことを証明しないといけないのよ? 私とマリーの問題に首を突っ込まないで!」

「デラノ様。私たちはキャリー様に騙されていたのですわ。彼女はクロネリー男爵家で虐められてなどいませんでした。逆に腹違いのマリー様を使用人のように扱っていたのです。クロネリー男爵邸で働いていたメイドや侍女に証言してもらいましょう」

 エレノアは「次の方、どうぞ」と大広間の扉に向かって声をあげた。すると、クロネリー男爵家の使用人たちが、ぞろぞろと姿を現した。

「キャリーお嬢様がクロネリー男爵家にお越しになってから、奥様のご体調は日ごとに悪化していかれました。旦那様は仕事の都合で留守がちで、その間にキャリーお嬢様が徐々にマリーお嬢様を支配するようになったのです」
 最初のメイドがそう証言すると、続けて二人目のメイドが話す。
「キャリーお嬢様は時折、マリーお嬢様の頬を叩かれることもございました」

「屋敷内でマリー様に対して話される内容は、あまりにも酷いものでした。エジャートン公爵家のエレノア様の悪口や、毎回のようにその婚約者デラノ様と密会していることなどです。また、エジャートン公爵家から渡されたお金を、デラノ様が自分のために使ってくれると自慢されていたこともございました」
 年配の侍女は長年クロネリー男爵家に仕えており、そのたたずまいからはキャリーよりもずっと信頼できる印象を漂わせていた。

「嘘よ、嘘だわ。皆で私をおとしめようとしているのよ。私が平民の女が生んだ子だからよね。でも、私にはクロネリー男爵の血がはいっているのよ。私はクロネリー男爵令嬢なんだから――っ! そうだ! お父様よ。お父様なら、私を信用してくださるわ」

 次の瞬間、大広間に入ってきたのは、クロネリー男爵だった。しかし、その表情は暗く、目には静かな怒りを湛えていた。

「悪いがキャリーを信じることはできない。これだけの証人がいるのだ。エレノア嬢とベッカム卿も、隠れ家的なカフェで『公爵家乗っ取り』のような会話を耳にしたと教えてくれた。ここまできたら、もう庇えない」
「そうよ。お姉様。素直に認めて少しでも罪が軽くなるように、エレノア様に心から謝罪してください」
「うるさい! マリーはいいわよね? 同じ父親を持ったのに、最初から男爵令嬢だったもの。 私はメイドの子だからって、貧しい暮らしをしてきたわ。こんなの不公平よ。でも、マリーもこれでお終いだわ。だって、私の異母妹だもの。私の罪は身内のあんたにも及ぶわ」
「それはないな。どうやら、キャリー。君は私の娘ではないようなのだよ」

 クロネリー男爵の言葉が、しんとした大広間に大きく反響したのだった。

 
 
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