上 下
10 / 23

暴かれていく真実その2

しおりを挟む
 キャリーが現れると、その場の空気が一変した。

「ちょっと、そこのあなた!」キャリーは鋭い声でエレノアを睨みつける。
「野菜を落とすなんて、なにやってるの? だから、そんな配達の仕事しかできないのよ。次にまたやらかしたら、八百屋の店主に言ってクビにしてもらうわ。私は男爵令嬢なんだから!」

 キャリーは胸を張り、まるで自分の地位を誇示するかのように顎を突き上げた。

「それに、私とエジャートン公爵令嬢は親友よ。将来のエジャートン公爵とも、とても親しいの。私に逆らったら、この国ではまともに生きていけないんだから!」

 キャリーの言葉にベッカムはすかさず一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。
「申し訳ありません、どうかお許しください」
 エレノアもすぐに続き、同じく深々と頭を下げる。だが、キャリーは彼らを見下すように軽蔑の眼差しを向けているだけだ。
 その時、壁の大時計が時を刻む音が響き、キャリーは一瞬驚いたように振り返った。

「しまった!」
 彼女は顔を引き締めて声を上げた。
「こんな卑しい人たちに構ってる時間なんてないわ!  早く支度をしなきゃ!」
 そう言って、キャリーは慌てた様子でその場を後にした。


 慌ただしく部屋に駆け込み、キャリーはマリーに着替えを手伝わせた。
「エレノア様からもらったドレスは趣味が悪くてゾッとするわ。このあいだ仕立ててもらったばかりのピンクのドレスを着せてよ」
 
 エレノアからもらったドレスを指さしながら、キャリーは話し続ける。
「見てよ、そのドレス。本当にエレノア様らしいわね。淡いブルーにラベンダー色なんて、地味で全然映えないじゃない。まるでおばあさんのクローゼットから持ってきたみたい。私には、もっと鮮やかで華やかな色が似合うの。こんな退屈な色のドレスなんか、質屋で売ってしまえばいいわ。そうだ、マリーが売ってきてよ」

「えっ? 無理です。私にそんなことできません。そのドレスはエジャートン公爵令嬢からいただいたものですよね? 質屋さんに売るなんて恐れ多いことです。不敬罪になりませんか?」
「うるさいわね! 私に口答えをしないでよ」
 ピシャリとマリーを平手打ちにすると、「お母様たちに告げ口したら許さないわよ」と脅した。
 
 エレノアとベッカムのいる場所からもその会話は聞こえていた。エレノアはキャリーの性悪さに驚き、呆然としてしまう。ベッカムはエレノアの落とした野菜をテキパキと拾い上げると厨房に運んだ。
 
「毎度、ありがとうございます。今後ともオリバー八百屋店をご贔屓に~~」
 ベッカムは配達人らしい愛想の良さで、笑顔を浮かべながらクロネリー男爵邸を後にする挨拶をした。エレノアも感心した様子で、ベッカムに続いて屋敷を出た。



 少し離れた場所に待たせていた貸し馬車に戻ると、エレノアは素早く八百屋のエプロンを外し、今度は商家の娘のようなシンプルな服に着替えた。ベッカムもまた、先ほどとは異なる地味で庶民風の衣装に着替え、キャリーが屋敷から出てくるのを待つ。

 貸し馬車を選んだのは、エジャートン公爵家やノールズ伯爵家の紋章が刻まれた馬車を使えば、すぐに身元が露見してしまうからだ。

「ベッカム、さっきは本当にごめんなさい。袋を落としてしまって……キャリーがあそこまで酷いとは思わなかったわ。私が贈ったドレスも、迷惑だったみたいね……」

「いや、大丈夫。私としては予想の範囲内だったよ。キャリー嬢は最初から二面性がありそうだと思っていた。デラノ以外の男子生徒に媚びている姿も、何度か見かけたし……」

 まもなく、キャリーを乗せた馬車が屋敷の門をくぐり出てきた。エレノアたちはすぐに尾行を開始する。キャリーが向かったのは、市街地の中でも人目を避けた静かな小広場だった。中央には古びた噴水があり、その周囲には数軒の商家や小さなカフェが点在している。観光客や賑わいから離れたこの場所には、穏やかな静けさが漂っていた。

 すると、広場の端からデラノが姿を現した。彼はすぐにキャリーに気づき、笑顔で手を振る。キャリーもその存在に気づき、嬉しそうに駆け寄った。

「デラノ様ぁ~~」
「キャリー! 会いたかったよ」

 二人は喜びを隠せず、自然と腕を組んで歩き出した。古びたレンガ造りの建物の裏手にひっそりと佇むカフェは、外からはまるで隠されているかのような趣を醸し出している。二人は仲良くその中へと入っていく。エレノアとベッカムもその後に続くが、キャリーたちは互いの会話に夢中で、エレノアたちの変装に気づくことはなかった。

 会話がよく聞こえる場所に着席したエレノアとベッカムは、キャリーとデラノのやり取りに耳を傾けたのだった。
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

公爵様は幼馴染に夢中のようですので別れましょう

カミツドリ
恋愛
伯爵令嬢のレミーラは公爵閣下と婚約をしていた。 しかし、公爵閣下は幼馴染に夢中になっている……。 レミーラが注意をしても、公爵は幼馴染との関係性を見直す気はないようだ。 それならば婚約解消をしましょうと、レミーラは公爵閣下と別れることにする。 しかし、女々しい公爵はレミーラに縋りよって来る。 レミーラは王子殿下との新たな恋に忙しいので、邪魔しないでもらえますか? と元婚約者を冷たく突き放すのだった。覆水盆に返らず、ここに極まれり……。

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。

曽根原ツタ
恋愛
 ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。  ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。  その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。  ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?  

婚約者は妹をご所望のようです…

春野オカリナ
恋愛
 レスティーナ・サトラー公爵令嬢は、婚約者である王太子クロイツェルに嫌われている。  彼女は、特殊な家族に育てられた為、愛情に飢えていた。  自身の歪んだ愛情を婚約者に向けた為、クロイツェルに嫌がられていた。  だが、クロイツェルは公爵家に訪問する時は上機嫌なのだ。    その訳は、彼はレスティーナではなく彼女の妹マリアンヌに会う為にやって来ていた。  仲睦まじい様子の二人を見せつけられながら、レスティーナは考えた。  そんなに妹がいいのなら婚約を解消しよう──。  レスティーナはクロイツェルと無事、婚約解消したのだが……。  気が付くと、何故か10才まで時間が撒き戻ってしまっていた。

拝啓、婚約者様。婚約破棄していただきありがとうございます〜破棄を破棄?ご冗談は顔だけにしてください〜

みおな
恋愛
 子爵令嬢のミリム・アデラインは、ある日婚約者の侯爵令息のランドル・デルモンドから婚約破棄をされた。  この婚約の意味も理解せずに、地味で陰気で身分も低いミリムを馬鹿にする婚約者にうんざりしていたミリムは、大喜びで婚約破棄を受け入れる。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

誰でもよいのであれば、私でなくてもよろしいですよね?

miyumeri
恋愛
「まぁ、婚約者なんてそれなりの家格と財産があればだれでもよかったんだよ。」 2か月前に婚約した彼は、そう友人たちと談笑していた。 そうですか、誰でもいいんですね。だったら、私でなくてもよいですよね? 最初、この馬鹿子息を主人公に書いていたのですが なんだか、先にこのお嬢様のお話を書いたほうが 彼の心象を表現しやすいような気がして、急遽こちらを先に 投稿いたしました。来週お馬鹿君のストーリーを投稿させていただきます。 お読みいただければ幸いです。

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。

当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。 しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。 最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。 それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。 婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。 だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。 これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

処理中です...