7 / 23
仲が良すぎるふたり
しおりを挟む
放課後の静けさが漂う学園の庭園で、エレノアはふと、噴水前のベンチに座るふたつの影に目を留めた。遠くからは誰かまでは分からなかったが、親密そうに寄り添う姿にエレノアは眉をひそめる。学園内でこんなふうに無遠慮に振る舞う生徒たちを許してはいけない。エレノアは毅然とした足取りでその二人に近づいていった。
しかし、距離が縮まるにつれ、エレノアの歩みは次第に鈍り胸がざわつく。影のひとつに見覚えがあったのだ。黒髪にほんのりと色気を漂わせた甘い表情――それは、デラノだった。心臓が不規則に跳ねる。何かの間違いではないかと、エレノアは思いたかった。だが、相手の女生徒の顔を見た瞬間、エレノアの目が確信に変わる。デラノが手を握っていたのは、クロネリー男爵令嬢のキャリーだったのだ。
クロネリー男爵令嬢は、大きな琥珀色の瞳と桃色の髪が印象的な少女で、男子生徒たちからの人気を集めていた。彼女は貴族の令嬢とは思えない自由な行動を取ることが多く、婚約者のいる男子生徒に気安く声をかけたり、マナーを欠いた振る舞いをしたりするため、エレノアは彼女を問題行動の多い同級生として警戒していた。
だからこそ……一瞬、驚きがエレノアを支配する。血の気が引き、胸に冷たい不安が押し寄せた。
(まさか、あの純朴だったデラノ様が、私を裏切っているの? そんなはずないわよね……だって、私こんなに尽くしているのよ……)
考えられないことだった。エレノアにとってデラノのイメージは、あのかつての姿のまま、謙虚で純粋な存在である。外見が変わったとしても、その心は変わらないと信じていた。冷静さを装いながらも、足を震わせて静かに二人に近づいていく。デラノはエレノアの顔を見るなり、慌てた様子で言い訳を始めた。
「エ、エレノア様、誤解しないでほしい。これは、キャリー様を慰めていただけなんだよ。彼女は家庭の事情で苦しんでいて、どうにか助けてあげたかったんだ」
エレノアは無言でデラノを見つめた。彼の黒い瞳は真剣に見えたし、嘘をついているようには思えない。キャリーは悲しげな顔をして、デラノの言葉にうなずく。
「デラノ様はただ私の辛い立場に同情してくださっただけなんです。エレノア様、こんなに優しいデラノ様を責めないであげてください」
「継母に虐められているんだって……。僕は、彼女がそんな目に遭っているなんて知らなくて……つい気の毒だと思う気持ちが勝って、手を握りしめてしまったんだ」
キャリーから聞かされた身の上話を通じて、エレノアは彼女の貴族令嬢らしからぬ態度に納得した。平民の母親のもとで育てられ、学園入学前にクロネリー男爵家へ引き取られたのなら、貴族としてのマナーが身についていないのもうなずける。
「お気の毒に。キャリー様がそんな状況にあるなんて、私も何かお手伝いしたいわ。ほんの一瞬でも、ふたりの仲を疑ってしまったことが恥ずかしいわ」
エレノアは申し訳なさそうにデラノを見つめた。途端に元気を取り戻したデラノは自信に満ちた表情へと変わり、エレノアに向かってこう言った。
「僕を疑うなんてひどいよ。キャリー様の境遇を知った以上、僕たちで救わなきゃ。エレノア様だって、公爵令嬢なんだから、困っている人を助けるのが当然だろう?」
「ええ、もちろん。その通りだわ。すぐにクロネリー男爵家を訪ねて、キャリー様の待遇改善を求めましょう。お母様にも同行してもらうわ。きっと、直接話せば解決できるはずよ」
エレノアは優雅に微笑みながら、キャリーに手を差し伸べた。その瞬間、キャリーの顔はみるみる青ざめていった。
「お義母様に抗議していただくのはありがたいのですが、きっとその後で私は報復されます」
「そうだよ! エレノア様、もう少し考えた方がいいよ。虐めている相手に直接やめろと言ったところで、聞くわけないだろう? やっぱり公爵令嬢だけあって、世間知らずなんだな」
エレノアはデラノの嫌味じみた言葉にも、穏やかに微笑んでいた。それほどまでに、エレノアはデラノを好きだったのだ。
「エレノア様には間接的に助けていただけると、ありがたいです。たとえば、エレノア様が着なくなったドレスをいただけると助かるのですが……」
キャリーは継母からドレスを買ってもらえず、お茶会に招待されても着ていくドレスがないと涙を流す。
「わかったわ。とても辛い思いをしているのね」
エレノアは貴族としてのマナーもキャリーに教えつつ、親身になって世話をした。着なくなったドレスとはいえ、公爵令嬢のドレスはとても高価だ。それを惜しげもなく、キャリーに与えた。
デラノは次第にキャリーと過ごす時間が増え、まるで彼女の精神的な支えであるかのようだった。エレノアはそんな優しいデラノに感心し、ますます彼に尽くすようになっていった。
しかし、エレノアの視界には、いつものようにデラノとキャリーの姿が映る。二人は楽しげに笑い合い、エレノアの存在をまるで意識していない。その様子は、まるで仲睦まじい恋人同士にしか見えなかった。
(デラノ様はただキャリー様の相談に乗っているだけよ……)
エレノアはそう自分に言い聞かせるが、日に日に二人の親しさが増しているように感じていた。
そして、ある日――教室でデラノがキャリーと談笑しながら、ふと彼女の結った髪の後れ毛に手を伸ばし、さりげなく整えている場面を廊下にいたエレノアは目にしてしまった。
(あんな仕草をただの友人にする? もしかしたら、やっぱりふたりは……)
「あの二人が気になるのかい?」
後ろから不意に声をかけられ、エレノアは反射的に振り返った。そこには、心配そうに紫水晶の瞳を向けてくるベッカムの姿があった。
しかし、距離が縮まるにつれ、エレノアの歩みは次第に鈍り胸がざわつく。影のひとつに見覚えがあったのだ。黒髪にほんのりと色気を漂わせた甘い表情――それは、デラノだった。心臓が不規則に跳ねる。何かの間違いではないかと、エレノアは思いたかった。だが、相手の女生徒の顔を見た瞬間、エレノアの目が確信に変わる。デラノが手を握っていたのは、クロネリー男爵令嬢のキャリーだったのだ。
クロネリー男爵令嬢は、大きな琥珀色の瞳と桃色の髪が印象的な少女で、男子生徒たちからの人気を集めていた。彼女は貴族の令嬢とは思えない自由な行動を取ることが多く、婚約者のいる男子生徒に気安く声をかけたり、マナーを欠いた振る舞いをしたりするため、エレノアは彼女を問題行動の多い同級生として警戒していた。
だからこそ……一瞬、驚きがエレノアを支配する。血の気が引き、胸に冷たい不安が押し寄せた。
(まさか、あの純朴だったデラノ様が、私を裏切っているの? そんなはずないわよね……だって、私こんなに尽くしているのよ……)
考えられないことだった。エレノアにとってデラノのイメージは、あのかつての姿のまま、謙虚で純粋な存在である。外見が変わったとしても、その心は変わらないと信じていた。冷静さを装いながらも、足を震わせて静かに二人に近づいていく。デラノはエレノアの顔を見るなり、慌てた様子で言い訳を始めた。
「エ、エレノア様、誤解しないでほしい。これは、キャリー様を慰めていただけなんだよ。彼女は家庭の事情で苦しんでいて、どうにか助けてあげたかったんだ」
エレノアは無言でデラノを見つめた。彼の黒い瞳は真剣に見えたし、嘘をついているようには思えない。キャリーは悲しげな顔をして、デラノの言葉にうなずく。
「デラノ様はただ私の辛い立場に同情してくださっただけなんです。エレノア様、こんなに優しいデラノ様を責めないであげてください」
「継母に虐められているんだって……。僕は、彼女がそんな目に遭っているなんて知らなくて……つい気の毒だと思う気持ちが勝って、手を握りしめてしまったんだ」
キャリーから聞かされた身の上話を通じて、エレノアは彼女の貴族令嬢らしからぬ態度に納得した。平民の母親のもとで育てられ、学園入学前にクロネリー男爵家へ引き取られたのなら、貴族としてのマナーが身についていないのもうなずける。
「お気の毒に。キャリー様がそんな状況にあるなんて、私も何かお手伝いしたいわ。ほんの一瞬でも、ふたりの仲を疑ってしまったことが恥ずかしいわ」
エレノアは申し訳なさそうにデラノを見つめた。途端に元気を取り戻したデラノは自信に満ちた表情へと変わり、エレノアに向かってこう言った。
「僕を疑うなんてひどいよ。キャリー様の境遇を知った以上、僕たちで救わなきゃ。エレノア様だって、公爵令嬢なんだから、困っている人を助けるのが当然だろう?」
「ええ、もちろん。その通りだわ。すぐにクロネリー男爵家を訪ねて、キャリー様の待遇改善を求めましょう。お母様にも同行してもらうわ。きっと、直接話せば解決できるはずよ」
エレノアは優雅に微笑みながら、キャリーに手を差し伸べた。その瞬間、キャリーの顔はみるみる青ざめていった。
「お義母様に抗議していただくのはありがたいのですが、きっとその後で私は報復されます」
「そうだよ! エレノア様、もう少し考えた方がいいよ。虐めている相手に直接やめろと言ったところで、聞くわけないだろう? やっぱり公爵令嬢だけあって、世間知らずなんだな」
エレノアはデラノの嫌味じみた言葉にも、穏やかに微笑んでいた。それほどまでに、エレノアはデラノを好きだったのだ。
「エレノア様には間接的に助けていただけると、ありがたいです。たとえば、エレノア様が着なくなったドレスをいただけると助かるのですが……」
キャリーは継母からドレスを買ってもらえず、お茶会に招待されても着ていくドレスがないと涙を流す。
「わかったわ。とても辛い思いをしているのね」
エレノアは貴族としてのマナーもキャリーに教えつつ、親身になって世話をした。着なくなったドレスとはいえ、公爵令嬢のドレスはとても高価だ。それを惜しげもなく、キャリーに与えた。
デラノは次第にキャリーと過ごす時間が増え、まるで彼女の精神的な支えであるかのようだった。エレノアはそんな優しいデラノに感心し、ますます彼に尽くすようになっていった。
しかし、エレノアの視界には、いつものようにデラノとキャリーの姿が映る。二人は楽しげに笑い合い、エレノアの存在をまるで意識していない。その様子は、まるで仲睦まじい恋人同士にしか見えなかった。
(デラノ様はただキャリー様の相談に乗っているだけよ……)
エレノアはそう自分に言い聞かせるが、日に日に二人の親しさが増しているように感じていた。
そして、ある日――教室でデラノがキャリーと談笑しながら、ふと彼女の結った髪の後れ毛に手を伸ばし、さりげなく整えている場面を廊下にいたエレノアは目にしてしまった。
(あんな仕草をただの友人にする? もしかしたら、やっぱりふたりは……)
「あの二人が気になるのかい?」
後ろから不意に声をかけられ、エレノアは反射的に振り返った。そこには、心配そうに紫水晶の瞳を向けてくるベッカムの姿があった。
976
お気に入りに追加
2,348
あなたにおすすめの小説
誰でもよいのであれば、私でなくてもよろしいですよね?
miyumeri
恋愛
「まぁ、婚約者なんてそれなりの家格と財産があればだれでもよかったんだよ。」
2か月前に婚約した彼は、そう友人たちと談笑していた。
そうですか、誰でもいいんですね。だったら、私でなくてもよいですよね?
最初、この馬鹿子息を主人公に書いていたのですが
なんだか、先にこのお嬢様のお話を書いたほうが
彼の心象を表現しやすいような気がして、急遽こちらを先に
投稿いたしました。来週お馬鹿君のストーリーを投稿させていただきます。
お読みいただければ幸いです。
【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
公爵様は幼馴染に夢中のようですので別れましょう
カミツドリ
恋愛
伯爵令嬢のレミーラは公爵閣下と婚約をしていた。
しかし、公爵閣下は幼馴染に夢中になっている……。
レミーラが注意をしても、公爵は幼馴染との関係性を見直す気はないようだ。
それならば婚約解消をしましょうと、レミーラは公爵閣下と別れることにする。
しかし、女々しい公爵はレミーラに縋りよって来る。
レミーラは王子殿下との新たな恋に忙しいので、邪魔しないでもらえますか? と元婚約者を冷たく突き放すのだった。覆水盆に返らず、ここに極まれり……。
【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。
曽根原ツタ
恋愛
ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。
ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。
その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。
ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ
曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。
婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。
美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。
そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……?
――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。
殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる