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尽くすエレノア
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「なにっ? 王家に仕える文官の息子を好きになっただと? エレノア、冗談も大概にしなさい」
「だって、お父様は『誰を選んでも、私は反対しないよ』とおっしゃったわ。デラノ君の成績はかなり良いのよ。それに、努力家で私の言うことを素直に聞いてくれるの」
「……デラノ君がエジャートン公爵家の婿になるという立場を理解し、エレノアをサポートできるかどうかが心配なのだよ。彼が本当にエレノアを助ける存在であり続けるのか、エジャートン公爵家の名誉を守ることができるのか。デラノ君は本当に信用できるのかね?」
時は少し遡る。エレノアは父親を説得していた。エジャートン公爵の懸念を笑い飛ばしながら、デラノが誠実で真面目な人物であることを強く主張する。エレノアの揺るがぬ決意を感じ取ったエジャートン公爵は、しぶしぶながらも二人の婚約を認めた。
「わかった。貴族の血筋だけで人間の価値は決まらない。エレノアがデラノ君を見込んだというなら、彼がエジャートン公爵家を支える覚悟があると信じよう」
エレノアは喜びに満ち、父親に抱きつく。
「お父様、大好き!」
エジャートン公爵は愛娘を抱きしめ、微笑んだ。
「私もエレノアが大好きだ。我が儘なところもあるが、それもまた可愛いものだ」
その言葉にエジャートン公爵夫人は苦笑する。エジャートン公爵家の居間で、彼女は編み物をしながら夫と娘の会話を聞いていたのだ。
「まったく、旦那様は親バカ一直線ですわ。とはいえ、私もエレノアには甘くなってしまいます。この子は私たちのたった一人の宝物ですから」
「そうだとも。最愛の妻が授けてくれた、かけがえのない宝だからな」
エジャートン公爵夫妻は夫婦仲がとても良く、エレノアをまさに目の中に入れても痛くないほど愛していたのだった。
そんな経緯を経て、デラノはエレノアの婚約者になったのである。それからというもの、エレノアは学園で自分の隣を歩くデラノの変貌ぶりに心を奪われる毎日だ。
かつては太っていて、吹き出物だらけだった彼が、今や普通科の女生徒たちの憧れの的となっている。痩せたことで引き締まった体に黒髪と黒い瞳が映え、甘く色っぽい雰囲気さえ漂よわす彼は、どこに行っても女の子たちの視線を集めていた。
エレノアは、そんな彼が自分の婚約者であることに誇りを感じたし、自分の手がけた芸術品とまで思っていた。お昼休みになると、エレノアは学園の中庭でデラノを待ちながら、籠に入ったランチをそっと確認する。それは屋敷のコックに作らせたヘルシーな食事だ。野菜をたっぷり使ったサラダや、脂肪分を抑えたローストチキン、そして甘さ控えめのデザートやフルーツ。エレノアはデラノが健康的に過ごせるようにと、毎日工夫を凝らして食事を持ってきていた。
「デラノ様、今日はあなたのためにこのランチを作らせたの。しっかり食べて、午後の授業も頑張りましょうね」
エレノアは微笑んで、彼に籠を手渡した。婚約者同士になった今、エレノアはデラノのことを『デラノ様』と呼ぶようになっていた。
大切にしてあげたいと思う、エレノアなりの心遣いだったし、デラノに尽くすことが楽しくなっていたのだ。
デラノは、当たり前のように籠を受け取ると、しばしその中身を眺めた。彼が平民であること、そしてエレノアが公爵令嬢であることを改めて実感する瞬間だった。籠の中身の食材には、明らかに平民では手に入らない物が入っていたからだ。
異国から輸入された高価な果物や希少なチーズに、贅沢な材料を使って焼き上げたパン。デラノの父親は文官で高給取りとはいえ、公爵家に匹敵するほどの財力はない。しかし、自分はその高貴な公爵令嬢の心を射止めたのだ。自信に満ちた表情を浮かべながら、デラノは甘く微笑んだ。
「ありがとう、エレノア様。いつも気を遣ってくれるね。でも、もう平気だよ。以前の僕はもういない。そんなに心配しなくても大丈夫だから、もっとスタミナがつく物が食べたいな」
デラノの態度は、かつての控えめな様子がすっかり消え失せ、どこか傲慢さを漂わせるものへと変わっていた。しかし、エレノアはデラノの変化に気づかない。彼を信じて応援する気持ちが変わることはなかった。
「でも、やっぱり私はあなたが健康でいてくれることが一番大事なの。授業で疲れないように、栄養も考えたのよ。また太ってしまわないように、食事管理は大事だと思うわ」
エレノアは、デラノの健康に気を配りつつ、日々献身的に支えていた。ランチを用意するだけでなく、授業の要点をまとめたノートを渡したり、図書館での調べ物を手伝ったりして、彼が学園生活をより充実させられるよう尽力していたのである。
ちなみに、エレノアの成績は普通科でも常に上位に入り、デラノはそれにわずかに及ばない程度だった。周りの生徒たちは二人の身分差に驚きつつも、デラノの劇的な変貌とエレノアの献身的な姿勢に注目し、噂話が絶えなかった。
「まさかエレノア様が平民と婚約するなんて驚きだけど、あれほど尽くされているなんて……デラノ様、本当にエレノア様に惚れ込まれているのね」
「文官の子とはいえ、今ではエジャートン公爵家の婿確定だ。将来はエジャートン公爵か、すごい出世だよな」
デラノはますます自信を深め、学園内での評判も上昇していった。エレノアは彼に尽くしながら、デラノが輝きを増す様子を温かく見守っていた。
しかし、そんなある日、エレノアは目撃してしまう――デラノが男爵令嬢と親しげな会話を交わしている場面を。
「だって、お父様は『誰を選んでも、私は反対しないよ』とおっしゃったわ。デラノ君の成績はかなり良いのよ。それに、努力家で私の言うことを素直に聞いてくれるの」
「……デラノ君がエジャートン公爵家の婿になるという立場を理解し、エレノアをサポートできるかどうかが心配なのだよ。彼が本当にエレノアを助ける存在であり続けるのか、エジャートン公爵家の名誉を守ることができるのか。デラノ君は本当に信用できるのかね?」
時は少し遡る。エレノアは父親を説得していた。エジャートン公爵の懸念を笑い飛ばしながら、デラノが誠実で真面目な人物であることを強く主張する。エレノアの揺るがぬ決意を感じ取ったエジャートン公爵は、しぶしぶながらも二人の婚約を認めた。
「わかった。貴族の血筋だけで人間の価値は決まらない。エレノアがデラノ君を見込んだというなら、彼がエジャートン公爵家を支える覚悟があると信じよう」
エレノアは喜びに満ち、父親に抱きつく。
「お父様、大好き!」
エジャートン公爵は愛娘を抱きしめ、微笑んだ。
「私もエレノアが大好きだ。我が儘なところもあるが、それもまた可愛いものだ」
その言葉にエジャートン公爵夫人は苦笑する。エジャートン公爵家の居間で、彼女は編み物をしながら夫と娘の会話を聞いていたのだ。
「まったく、旦那様は親バカ一直線ですわ。とはいえ、私もエレノアには甘くなってしまいます。この子は私たちのたった一人の宝物ですから」
「そうだとも。最愛の妻が授けてくれた、かけがえのない宝だからな」
エジャートン公爵夫妻は夫婦仲がとても良く、エレノアをまさに目の中に入れても痛くないほど愛していたのだった。
そんな経緯を経て、デラノはエレノアの婚約者になったのである。それからというもの、エレノアは学園で自分の隣を歩くデラノの変貌ぶりに心を奪われる毎日だ。
かつては太っていて、吹き出物だらけだった彼が、今や普通科の女生徒たちの憧れの的となっている。痩せたことで引き締まった体に黒髪と黒い瞳が映え、甘く色っぽい雰囲気さえ漂よわす彼は、どこに行っても女の子たちの視線を集めていた。
エレノアは、そんな彼が自分の婚約者であることに誇りを感じたし、自分の手がけた芸術品とまで思っていた。お昼休みになると、エレノアは学園の中庭でデラノを待ちながら、籠に入ったランチをそっと確認する。それは屋敷のコックに作らせたヘルシーな食事だ。野菜をたっぷり使ったサラダや、脂肪分を抑えたローストチキン、そして甘さ控えめのデザートやフルーツ。エレノアはデラノが健康的に過ごせるようにと、毎日工夫を凝らして食事を持ってきていた。
「デラノ様、今日はあなたのためにこのランチを作らせたの。しっかり食べて、午後の授業も頑張りましょうね」
エレノアは微笑んで、彼に籠を手渡した。婚約者同士になった今、エレノアはデラノのことを『デラノ様』と呼ぶようになっていた。
大切にしてあげたいと思う、エレノアなりの心遣いだったし、デラノに尽くすことが楽しくなっていたのだ。
デラノは、当たり前のように籠を受け取ると、しばしその中身を眺めた。彼が平民であること、そしてエレノアが公爵令嬢であることを改めて実感する瞬間だった。籠の中身の食材には、明らかに平民では手に入らない物が入っていたからだ。
異国から輸入された高価な果物や希少なチーズに、贅沢な材料を使って焼き上げたパン。デラノの父親は文官で高給取りとはいえ、公爵家に匹敵するほどの財力はない。しかし、自分はその高貴な公爵令嬢の心を射止めたのだ。自信に満ちた表情を浮かべながら、デラノは甘く微笑んだ。
「ありがとう、エレノア様。いつも気を遣ってくれるね。でも、もう平気だよ。以前の僕はもういない。そんなに心配しなくても大丈夫だから、もっとスタミナがつく物が食べたいな」
デラノの態度は、かつての控えめな様子がすっかり消え失せ、どこか傲慢さを漂わせるものへと変わっていた。しかし、エレノアはデラノの変化に気づかない。彼を信じて応援する気持ちが変わることはなかった。
「でも、やっぱり私はあなたが健康でいてくれることが一番大事なの。授業で疲れないように、栄養も考えたのよ。また太ってしまわないように、食事管理は大事だと思うわ」
エレノアは、デラノの健康に気を配りつつ、日々献身的に支えていた。ランチを用意するだけでなく、授業の要点をまとめたノートを渡したり、図書館での調べ物を手伝ったりして、彼が学園生活をより充実させられるよう尽力していたのである。
ちなみに、エレノアの成績は普通科でも常に上位に入り、デラノはそれにわずかに及ばない程度だった。周りの生徒たちは二人の身分差に驚きつつも、デラノの劇的な変貌とエレノアの献身的な姿勢に注目し、噂話が絶えなかった。
「まさかエレノア様が平民と婚約するなんて驚きだけど、あれほど尽くされているなんて……デラノ様、本当にエレノア様に惚れ込まれているのね」
「文官の子とはいえ、今ではエジャートン公爵家の婿確定だ。将来はエジャートン公爵か、すごい出世だよな」
デラノはますます自信を深め、学園内での評判も上昇していった。エレノアは彼に尽くしながら、デラノが輝きを増す様子を温かく見守っていた。
しかし、そんなある日、エレノアは目撃してしまう――デラノが男爵令嬢と親しげな会話を交わしている場面を。
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