上 下
15 / 23

15 悪夢を見たアリアナ

しおりを挟む
「アリアナ。なにか欲しいものはないか? 不便なことは?」

 魔王はアリアナを見かけるたびに声をかけた。庭園でもサロンでも廊下でも。『魔王妃の間』にまでやって来て尋ねることもある。あまりにしつこく聞いてくるので、アリアナはどうしたものかと、ジョアンナ妖精に相談した。

「魔王は恋愛には奥手なのよ。察してあげてね。アリアナの優しさに、ときめいちゃったのよ」
「ときめくようなことを、した覚えはないわよ・・・・・・」
「魔力の暴走を止めたじゃない? お陰で夜はぐっすり眠れて、魔王の顔は天使みたいに輝いているわ。目の下にクマがないと、若々しく見えるわね」
「あぁ、それは確かに睡眠はとても大事だものね。よく眠れるということは、人生における最高の幸せのひとつだわ」
「だから、その最高の幸せをアリアナは魔王にプレゼントしたってわけ。これから猛烈に愛されるから覚悟しといてね」
「ふふっ、まさか、そんなことあるはずがないわ。あんなに麗しい魔王様が人間の私を愛するなんて、きっと一生ないことよ」

 今のアリアナにとって、毎晩の質の高い睡眠は当たり前になっていた。かつては、自らも睡眠不足に悩まされ、辛い思いをした経験がある。しかし、魔界に来てからは十分な睡眠時間を確保できるようになり、その幸福を心から感じていた。そのため、夜毎に悪夢にうなされる魔王を見ては、自然と気の毒に思う心の余裕が生まれていた。ただそれだけのことなので、大層なことをしたという自覚もなかった。

「それがあるのよ。それにアリアナの一生は魔王や私と同じぐらい長くなったのを忘れていない? きっと、うっとうしいぐらいまとわりつかれるわよ。永遠に」

 ジョアンナ妖精はコロコロと笑ったのだった。
 

☆彡 ★彡 

 

 ある晩、『魔王妃の間』にアリアナが悪夢にうなされる声が響いた。ジョアンナは飛び起きてアリアナを揺り起こそうとする。魔王は隣の部屋で、寝る前の読書を楽しんでいたところだった。当然、魔王はアリアナのもとに駆けつけた。

「アリアナ! 大丈夫か? 起きるんだ! ずいぶん、うなされていたようだ」
「・・・・・・はい。なぜか、レオナルド王太子に追いかけ回される夢を見ました。大臣たちにもです。また、レオナルド王太子の代わりに休み無く働かされるのかと思うと、怖くて・・・・・・恐ろしくて・・・・・・」
「大丈夫だ、アリアナ。私が君を守ると約束する。私に安らかな眠りをもたらしてくれたアリアナを、苦しめる者は一切許さない」
「夢のなかのお話ですから、気になさらないでください。そう言えば、お母様もお父様も夢にでてきました。相変わらずエリナばかりを可愛がり、私を無視する姿に思わず涙がでました。なぜ、幼い頃の思い出は、あれほど鮮明なのかしら」
 それを聞いた魔王はアリアナを強く抱きしめた。
「夢のなかにまで出てきて、アリアナを苦しめるとは……万死に値する。不届き者めらがっ! どうしてくれようか……レオナルドめっ、クレスウエル公爵夫妻めっ!」
 凄まじい怒りがあたりの気温をグッとさげた。思わず、アリアナが身震いする。

「えっと、魔王様。なにか急に寒くなりました? これらの夢はすべて過去の出来事で、今の私は充分幸せです。なので、魔王様がお怒りになることはありませんわ」
「うん、もちろんアリアナがそう言うなら済んだ話だ。私は別になにもしないよ」
「そうよ、アリアナ。心配しないで。私たちは何もしないわ。本当よ」
「ふふっ。わかっているわ。ふたりとも、とても優しいものね」
 アリアナは花のように微笑むのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)魔力量はマイナス3000点! 落ちこぼれの私が大魔法使いの嫁に選ばれました。全6話

青空一夏
恋愛
ここは魔法大国バルドゥアル。私はこの国のナソーラ侯爵令嬢のソフィア。身分が高い貴族達は大抵、魔法が使える。けれど私には魔力が全くなかった それどころか、15歳の頃に測定された魔力量は、100点満点のまさかのマイナス3000点。つまり魔力量がないばかりか、他人の魔力を弱めてしまうという見事な落ちこぼれぶりだった。 当然、両親のナソーラ侯爵夫妻は私を恥に思い、妹のサーシャを可愛がり優先した。 これはそんな落ちこぼれ令嬢の私が、なんと世界一高名な魔法使いの嫁になって・・・・・・ ※いつものかんじのゆるふわ設定です ※天然キャラヒロインの無自覚ざまぁ??? ※辛い状況なのにへこたれない雑草魂ヒロイン? ※明るい雰囲気のお話のはず? ※タグの追加や削除の可能性あります、路線変更もあるかも ※6話完結です ※表紙は作者作成のAIイラストです。

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

【完結】勘違いしないでください!

青空一夏
恋愛
自分の兄の妻に憧れすぎて妻を怒らせる夫のお話です。 私はマドリン・バーンズ。一代限りの男爵家の次女ですが、サマーズ伯爵家の次男ケントンと恋仲になりました。あちらは名門貴族なので身分が釣り合わないと思いましたが、ケントンは気にしないと言ってくれました。私たちは相思相愛で、とても幸せな結婚生活を始めたのです。 ところが、ケントンのお兄様が結婚しサマーズ伯爵家を継いだ頃から、ケントンは兄嫁のローラさんを頻繁に褒めるようになりました。毎日のように夫はローラさんを褒め続けます。 いいかげんうんざりしていた頃、ケントンはあり得ないことを言ってくるのでした。ローラさんは確かに美人なのですが、彼女の化粧品を私に使わせて・・・・・・ これは兄嫁に懸想した夫が妻に捨てられるお話です。あまり深く考えずにお読みください💦 ※二話でおしまい。 ※作者独自の世界です。 ※サクッと読めるように、情景描写や建物描写などは、ほとんどありません。

(完結)君を愛することはないという旦那様(全3話)

青空一夏
恋愛
私は孤児だったレティシア。教会で育てられたが、ゴンザレス女侯爵様にとても気に入られご子息イーサン様と結婚することになった。ところが、彼には恋人がいて・・・・・・ 全3話 前編・中編・後編の予定。字数に偏りがあります。前編短め。中編、後編長めかもしれません。 ゆるふわ設定ご都合主義。異世界中世ヨーロッパ風。

【完結】「今日から私は好きに生きます! 殿下、美しくなった私を見て婚約破棄したことを後悔しても遅いですよ!」

まほりろ
恋愛
婚約者に浮気され公衆の面前で婚約破棄されました。 やったーー! これで誰に咎められることなく、好きな服が着れるわ! 髪を黒く染めるのも、瞳が黒く見える眼鏡をかけるのも、黒か茶色の地味なドレスを着るのも今日で終わりよーー! 今まで私は元婚約者(王太子)の母親(王妃)の命令で、地味な格好をすることを強要されてきた。 ですが王太子との婚約は今日付けで破棄されました。 これで王妃様の理不尽な命令に従う必要はありませんね。 ―――翌日―――  あら殿下? 本来の姿の私に見惚れているようですね。 今さら寄りを戻そうなどと言われても、迷惑ですわ。 だって私にはもう……。 ※他サイトにも投稿しています。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

(完結)私の婚約者はあなたではありません(全5話)

青空一夏
恋愛
私はアウローラ侯爵家のプリシラ。アウローラ侯爵家の長女だ。王立貴族学園の3年生で楽しい学園生活を送っていたわ。 けれど、ついこの間からサパテロ伯爵家の長男ゴルカ様に付きまとわれるようになり、意味がわからないことばかりおっしゃるの。だから、私は・・・・・・ 5話完結。 ※こちらは貴族社会の西洋風の世界ですが史実には基づいておりません。この世界では爵位は女性でも継げます。基本的には長子が爵位を継ぎますが、絶対的ではありません。 ※現代的な表現、器機、調味料、料理など出てくる場合あります。

(完結)あぁ、それは私の彼ではありません!

青空一夏
恋愛
腹違いの妹はなんでも欲しがる『くれくれダコス』。幼い頃はリボンにぬいぐるみ、少し成長してからは本やドレス。 そして今、ダコスが欲しがっているのは私の彼だ。 「お姉様の彼をください!」  これはなんでも欲しがる妹がどうなったかというコメディー。ありがちな設定のサラッと読める軽いざまぁ。全年齢向け。  

処理中です...