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5 アリアナの小さな願い

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 アリアナの手足は牢獄の壁に長い鎖でつながれていた。思うように抵抗できないアリアナに、エリナはその不気味な食べ物を無理矢理押し込む。

「えっ? 美味しい・・・・・・」

 思わず微笑んだアリアナに、エリナが期待外れのような顔をする。

「お姉様、どこも苦しくないですか? 口の中やお腹に異変はありませんか?」

「いいえ。まったく大丈夫よ。予想をはるかに超える美味しさだわ。甘酸っぱくて、後味には微かなバニラのような風味があったわ。高級デザートよ」

「そんなわけないだろう。きっと、今はなんともないが、徐々に効いてくる毒に違いない。形も匂いも変だったしな。しばらくしたら、様子を見に来るぞ」

 レオナルドはこの果実が毒だと信じていた。しかし、アリアナの様子は変わらない。それどころか、地下牢にいるのに爽やかな笑顔を浮かべて、楽しそうに鼻歌までうたいだす。この実には少量のアルコール分も含まれていた。

「なにをにこにこしているのよ? 気持ち悪い。わかった。これは精神を崩壊させる毒なのね。これからお姉様には大変なことが起こるはず。ちょっとそこの看守! きっちり記録をしておきなさい。異変が起きたらすぐに私たちを呼ぶのよ」
 エリナはそう言い残し、レオナルドと共にその場を立ち去った。しばらくして戻ってきたエリナは、アリアナの顔を見て叫び声をあげた。

「なぜ、お姉様がこんなに綺麗になっているのかしら? 肌が雪のように白いわ。それに睫毛も伸びているし、唇もぷるぷるだわ」 

 アリアナが最近気になっていたお肌のトラブルが綺麗になくなっていた。目の下のくまや、おでこのニキビ、寝不足による肌のくすみなども消えている。
 顔の輪郭もいつもよりシャープで、睫毛はより長く、瞳はキラキラと輝いていた。

「不思議ですわね。こんなことってあるのかしら?」
 鏡を渡されたアリアナは首を傾げた。

「もしかしたら、さっきの果実のお陰かも。私も早速持って来て食べてみよう」
 エリナはアリアナの目の前で食べ、あまりの美味しさに仰天した。それからしばらくすると、エレナの肌や瞳が輝き、楽しい気分にもなってきた。

「凄いわ、これは魔法の果実よ。もっと、たくさん手に入れたいわ」

 エリナはアリアナを見つめながら考え込んでいたが、レオナルドに満面の笑みをむけて、恐ろしいことを提案した。

「お姉様を魔王の花嫁に差し出すのはどうかしら? 魔族は人の血肉を喰らうと言われているけど、どうせお姉様はこのまま牢獄で一生を終える身だわ。命は有効活用しないとね?」

「ふむ。それは良い考えだな。地下牢にいたことはナイショにしておこう」



 ☆彡 ★彡


 アリアナは謁見の間に再び戻された。国王夫妻やレオナルドも魔法の果実を食べ、いつもの二割増しほど美形になり、年齢も五歳ほど若返ったように見える。

「この魔族がくれた果実は貴重なものだ。もっとたくさんもらうには、こちらもそれ相応の貢ぎ物が必要となろう。エリナの進言は素晴らしい。このアリアナを『魔王の花嫁』にして、魔法の果実をもっともらおう」

「魔王様が花嫁を希望したのですか? 望まれてもいないのに私を送ったところで、魔法の果実がもらえるとは思えません」

「アリアナは有能だろう? 魔王をなんとか説得して、魔法の果実を送らせるのだ」
 レオナルドはアリアナに命令した。偽りの罪を着せられたアリアナが自分の命令を聞くはずがない可能性も考えず、自分の言ったことには誰もが従うと信じて疑わないレオナルドだった。

 アリアナはあっという間に「魔王の花嫁」として魔界に嫁ぐことになった。それから数日後のこと、黒いペガサスに引かれた馬車が空から舞い降りた漆黒の夜。アリアナはひとりその馬車に乗った。

(多分、ここにいるよりは、どこに行ってもマシよね。ぐっすり眠ることができれば、それで満足だわ)

 アリアナの願いはとても小さなものだったが、彼女にとっては切実なものだったのである。

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