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「え? ちょっと待って。その話を詳しく聞きたい。明日にでもバロワ侯爵家に来られるかい?」
 エルガーは目を見開いて真剣な口調でそう言った。

「えぇ。でも、私がいまさらバロワ侯爵家にお邪魔なんてできないわよ。だって、私はエルガーを・・・・・・」
 私が言いかけると同時に、背の高い筋肉質な身体が目の前に現れる。

「そうですよ、バロワ侯爵家に来られるはずがない。リーズ様は弟エルガーを振った立場ですからね。マイエ侯爵家もエルガーも甘やかしすぎなのだよ。もっと厳しく育てて言うべきことは言わないと、このような世間知らずの女性になってしまう。高位貴族としてのプライドもなく、格下男に舐められる哀れな立場にね」

「ルイ兄上は黙っていてください。彼女のことは今でも妹のように思っているんだ。だから、助けてあげたいと思うのは当然ですよ」

「助けることは誰にでもできるさ。でも、いつも彼女の側にいてあげられるわけじゃない。自分を助けられるのは常に自分だけだということを肝に銘じておくべきです。さきほどのリーズの質問の答えは、親友の未亡人を自分の家庭を犠牲にしてまで助ける男はクズだ、ですよ。ジャンは優先順位を明らかに間違えているし、おそらく自分の立場も恐ろしく勘違いしています。リーズ様はもっと考えて行動しなさい。よく考えてみるのです、自分の頭でね」

「よく考える? ・・・・・・なにをですか?」

「そうだな、ますはジャンとの結婚契約書を読み直しなさい。あの賢いマイエ侯爵のことです。愛娘の有利になる条件がたくさん盛り込まれたはずだ。それを隅から隅まで読みなさい。わからなければ本で調べるなり家令に聞く。それでもわからなければマイエ侯爵に直接聞けばいい。なにかが見えてくるよ。そしたら自ずとわかってくるさ。自分のするべきことがね。マイエ侯爵家の令嬢というプライドを持ちなさい。いつまで低位貴族にふりまわされているおつもりですか? 情けない」

「ルイ様は幼い頃から意地悪だったわ。私・・・・・・帰る。エルガー様、聞いてくださってありがとうございます」

 私はルイ様の言葉ですっかり涙が引っ込んだ。あいつは嫌い! 

 昔から偉そうで、騎士団でもかなり活躍していると聞いた。バロワ侯爵家の次男ルイ様は、もっとも次期騎士団長に近い男と噂されている。女嫌いで有名な筋肉マッチョのいけすかない意地悪な男。昔から苦手だった。いつも彼だけは私に厳しかったから。







 屋敷に戻り結婚契約書を引き出しから取り出す。一度も読み返していなかったけれど今は隅から隅まで読み、この国の法律書とも照らし合わせる・・・・・・さらには家令のスティーブにも確認した。


 結婚契約書はとてもよくできていた。私はこのマイエ侯爵家の跡取り娘であり、夫が婿になっていない限り夫にはなんの権利も生まれない。今の時点ではジャンにはなんの権利もないのだ。


 さらにジャンに不貞行為があった場合や、それに準じる私が悲しむような行動をとった場合は、いかなる場合でも財産分与なしに結婚解消を申し立てることができると注記が追加されていた。つまり、彼は夫という名のなのだった。

(居候が親友の未亡人を助ける? そんなことがあっていいはずはないわ)

「ジャン様は明らかに思い違いをしているでしょうね。親友の未亡人を助ける立場ではありません。彼は貧乏伯爵家の四男ですよ? ここに婿入りできなかったら自分で働かないと生活できない立場です。つまり彼は拾われたペット以下です。まぁ、普通ならそんな扱いです」
 スティーブに今までの話を打ち明けて、その見解も聞き私はやっと目が覚めた。




 

 

 私達若夫婦は気兼ねなく仲良く暮らせるようにと、お父様の配慮で別予算が組まれこの別邸を与えられていた。お父様達が住んでいらっしゃる本邸はここから馬車で20分ほど、結婚するまでは私もそこで暮らしていた。潤沢な資産があるからできるこの豊かな暮らし、やはり私は甘やかされているのだと思う。そしてルイ様のおっしゃった言葉は正論だ。

 この別邸では、私がマイエ侯爵家の当主なのだ。その自覚が全くなかった。ルイ様はプライドを持て、と私におっしゃった。

「情けない。高位貴族としてのプライドを持て。格下男などに舐められるな」まとめるとそんな内容だったと思う。

「ふっ。あっははははは」
 私がサロンで楽しげに笑っていると、ジャンがちょうど帰ってきたところだった。

「リーズ。今月のお金のことなのだけどさ、もう少し用立ててくれないか? 親友の未亡人を医者に診せたり薬代がいろいろかかって、とても払いきれないよ。助けておくれ」

「ねぇ、ジャン。そんなに親友の未亡人が大事なの? だったら・・・・・・」

 
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