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4 僕は美貌の女公爵のおもちゃか……(ウェズリー視点)大いなる勘違い
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初めてイグナシオ公爵家を訪問し、その当主を間近に見て、心臓が止まるかと思った。金髪は艶やかでその瞳は青く澄み、どこまでも透き通っていた。妖艶でいて、透明感のある美しさ……このような女性が急いで夫を探す理由は……エイプリルが言った言葉が真実なのだろう……
私は前日にエイプリルとかわした会話を思い出していた。
「アイシャ様ほどの家柄と美貌の方が、急いで結婚相手を探しているなら訳ありしかあり得ません。そ・れ・は・ずばり、ご懐妊されているのですわっ!」
「えっ!! 誰の子を?」
「決まっていますわ! 国王陛下です! 王妃様は隣国の王女殿下で嫉妬深く、国王陛下の愛妾を殺めたとの噂もあります。ですから極秘にお子を姪御様に、お産ませになり時期がきたら王太子になさるおつもりでは?」
「まさか……」
「考えてもみてください。わざわざ、あのような身分の高い美女と名高いアイシャ公爵閣下が、こんな貧乏アントニア伯爵家の三男のウェズリー様と結婚したがりますか?」
「確かに……否定はできない……そうしたら、私はどうすればいいのだろう……」
「そうですねぇ。多分あちらは形式上の夫がほしいだけでしょう。馴れ馴れしくしないほうが宜しいでしょうね。相手は、国王陛下の想い人でいらっしゃいます」
「まじか……」
エイプリルに聞いておいて良かった。あやうく、アイシャ様に惚れて夫として最上級の真心を差し出そうとするところだった。良かった……そんなことをしたら、きっと、あの薔薇のような美しい顔を曇らせながら嘲笑されたかもしれない。
「なにを勘違いなさっているの? 貴方の心など、もとから求めていなくてよ?」
そんな言葉が、あのふっくらした形のいい唇から紡ぎ出され、私は大恥をかいていたところだ。
☆彡★彡☆彡
その日の帰り際にエイプリルとアイシャ様は親しげに言葉をかわしていた。エイプリルはアイシャ様から『妹のように思う』と言われたと喜んでいた。
「アイシャ様はとても、お優しい方ですわ。私を妹のように扱ってくださる、と約束してくださいました。だから、両家の顔合わせの時には一緒に来るように、とおっしゃってくださいました」
使用人を大事になさる寛大な女性だな、と感心していたが当日に同行したエイプリルに対して、イグナシオ家の者は冷たかった。専属執事のギルバートとかいう奴も、前イグナシオ公爵もアイシャ様まで『なぜここに侍女がいる?』という視線をぶつけてきたのだ。
だから、高位貴族は嫌いなんだ! 私は宮廷楽士で、王族の方々にたまにからかわれることもあるけれど……あの方達は残酷だ。ジョークを本気のようにおっしゃって、それを真に受けた人間をあざ笑う。アイシャ様も所詮王族か……アイシャ様の亡くなった母君は国王陛下が溺愛してやまなかった妹のキャサリン王女殿下だものな。
王族同士で子をなすのは尊い血筋に卑しい血を混ぜない為で奨励されていた。だから、国王陛下と姪のキャサリン様が情を通じ合っていてもなんの不思議もない世界だ。考え方も一緒なんだろうな。人を人とも思わない。
こんな結婚など、なくなればいいのに……そう思ってあの日はエイプリルと早めにイグナシオ邸を失礼したのだ。てっきり、この縁談は流れるとばかり思っていたら、あっという間に婚姻して夫になってしまった。
やはり、ご懐妊なさっているに違いない……
☆彡★彡☆彡
初夜の日に、たまたまエイプリルが持病で具合が悪くなり様子を見にいった。とても辛そうで、私が手を握っている時だけが楽に呼吸できる、と微笑んだ。
「こんな私の手でよければ、いくらでも握っていてかまわない」
そう言った私の手を、エイプリルは宝物のように両手で握りしめた。だが、このままでいるわけにもいかない。今日は初夜だし花嫁のもとに行かなければ。
「エイプリル。申し訳ないが、アイシャ様が待っている。私は、行かなければならない」
「ふふふ。本当にアイシャ様がウェズリー様を待っていると思っていらっしゃるのですかぁ? さきほど、アイシャ様の侍女達の話を小耳にはさみました。アイシャ様は、『明日の国王陛下とのお約束に差し支えるから早く寝たい』とおっしゃったとか……。行かないほうが、喜ばれるのでは?」
エイプリルの言葉に、自分のプライドがズタズタになった。確かに、あの国王陛下の研ぎ澄まされた美貌と貫禄には遠く及ばない私が、アイシャ様と初夜など……
「私は……どうすればいいのかな……」
「あちらにソファがありますわ。そこでお休みなさいませ。なんなら、一緒にこのベッドで……」
「あ、それはまずい……私は……馬小屋で寝るよ」
「はぁ? 本気ですか?」
「あぁ、馬小屋の上が屋根裏部屋になっていた。干し草を積んでシーツをかければ大丈夫だ」
呆れかえるエイプリルの部屋を後にし、私は馬小屋の2階でのびのびと寝ることができた。国王陛下の愛人の身に触れるなど……絶対にお咎めをうけそうだし……今後も一定の距離をおいたほうがいい。
そうして、朝になり食堂でアイシャ様にお会いしたが、にっこり微笑まれただけだった。やっぱり、この対応が正解だったのだ。良かった……複雑な事情を察して危険回避できたようだ。
寝起きで化粧もしていないように見える私の形式上の奥方は、少しだけ幼く見えて本当に綺麗だ。いつもの着飾った妖艶な雰囲気もいいけれど、朝の光に照らされて簡素なドレスを着ている時の方が何倍も素敵だなと見惚れた。
いけない、いけない……この方は私の本当の妻ではない……でも、アイシャ様のお腹は真っ平らだ……本当にご懐妊?
私はエイプリルにその質問をすると、
「個人差がありますのよ? 痩せたスタイルのいい方だと、出産直前までわからない場合もあるのですって。それに妊娠したてだとしたら、まだお腹などでていませんわよ!」
と、力説してくれた。なるほどね……その赤ちゃんを出産したら、私も抱かせてもらえるのかな……いや、無理か……次期国王陛下になるかもしれない子供だものな……
私は前日にエイプリルとかわした会話を思い出していた。
「アイシャ様ほどの家柄と美貌の方が、急いで結婚相手を探しているなら訳ありしかあり得ません。そ・れ・は・ずばり、ご懐妊されているのですわっ!」
「えっ!! 誰の子を?」
「決まっていますわ! 国王陛下です! 王妃様は隣国の王女殿下で嫉妬深く、国王陛下の愛妾を殺めたとの噂もあります。ですから極秘にお子を姪御様に、お産ませになり時期がきたら王太子になさるおつもりでは?」
「まさか……」
「考えてもみてください。わざわざ、あのような身分の高い美女と名高いアイシャ公爵閣下が、こんな貧乏アントニア伯爵家の三男のウェズリー様と結婚したがりますか?」
「確かに……否定はできない……そうしたら、私はどうすればいいのだろう……」
「そうですねぇ。多分あちらは形式上の夫がほしいだけでしょう。馴れ馴れしくしないほうが宜しいでしょうね。相手は、国王陛下の想い人でいらっしゃいます」
「まじか……」
エイプリルに聞いておいて良かった。あやうく、アイシャ様に惚れて夫として最上級の真心を差し出そうとするところだった。良かった……そんなことをしたら、きっと、あの薔薇のような美しい顔を曇らせながら嘲笑されたかもしれない。
「なにを勘違いなさっているの? 貴方の心など、もとから求めていなくてよ?」
そんな言葉が、あのふっくらした形のいい唇から紡ぎ出され、私は大恥をかいていたところだ。
☆彡★彡☆彡
その日の帰り際にエイプリルとアイシャ様は親しげに言葉をかわしていた。エイプリルはアイシャ様から『妹のように思う』と言われたと喜んでいた。
「アイシャ様はとても、お優しい方ですわ。私を妹のように扱ってくださる、と約束してくださいました。だから、両家の顔合わせの時には一緒に来るように、とおっしゃってくださいました」
使用人を大事になさる寛大な女性だな、と感心していたが当日に同行したエイプリルに対して、イグナシオ家の者は冷たかった。専属執事のギルバートとかいう奴も、前イグナシオ公爵もアイシャ様まで『なぜここに侍女がいる?』という視線をぶつけてきたのだ。
だから、高位貴族は嫌いなんだ! 私は宮廷楽士で、王族の方々にたまにからかわれることもあるけれど……あの方達は残酷だ。ジョークを本気のようにおっしゃって、それを真に受けた人間をあざ笑う。アイシャ様も所詮王族か……アイシャ様の亡くなった母君は国王陛下が溺愛してやまなかった妹のキャサリン王女殿下だものな。
王族同士で子をなすのは尊い血筋に卑しい血を混ぜない為で奨励されていた。だから、国王陛下と姪のキャサリン様が情を通じ合っていてもなんの不思議もない世界だ。考え方も一緒なんだろうな。人を人とも思わない。
こんな結婚など、なくなればいいのに……そう思ってあの日はエイプリルと早めにイグナシオ邸を失礼したのだ。てっきり、この縁談は流れるとばかり思っていたら、あっという間に婚姻して夫になってしまった。
やはり、ご懐妊なさっているに違いない……
☆彡★彡☆彡
初夜の日に、たまたまエイプリルが持病で具合が悪くなり様子を見にいった。とても辛そうで、私が手を握っている時だけが楽に呼吸できる、と微笑んだ。
「こんな私の手でよければ、いくらでも握っていてかまわない」
そう言った私の手を、エイプリルは宝物のように両手で握りしめた。だが、このままでいるわけにもいかない。今日は初夜だし花嫁のもとに行かなければ。
「エイプリル。申し訳ないが、アイシャ様が待っている。私は、行かなければならない」
「ふふふ。本当にアイシャ様がウェズリー様を待っていると思っていらっしゃるのですかぁ? さきほど、アイシャ様の侍女達の話を小耳にはさみました。アイシャ様は、『明日の国王陛下とのお約束に差し支えるから早く寝たい』とおっしゃったとか……。行かないほうが、喜ばれるのでは?」
エイプリルの言葉に、自分のプライドがズタズタになった。確かに、あの国王陛下の研ぎ澄まされた美貌と貫禄には遠く及ばない私が、アイシャ様と初夜など……
「私は……どうすればいいのかな……」
「あちらにソファがありますわ。そこでお休みなさいませ。なんなら、一緒にこのベッドで……」
「あ、それはまずい……私は……馬小屋で寝るよ」
「はぁ? 本気ですか?」
「あぁ、馬小屋の上が屋根裏部屋になっていた。干し草を積んでシーツをかければ大丈夫だ」
呆れかえるエイプリルの部屋を後にし、私は馬小屋の2階でのびのびと寝ることができた。国王陛下の愛人の身に触れるなど……絶対にお咎めをうけそうだし……今後も一定の距離をおいたほうがいい。
そうして、朝になり食堂でアイシャ様にお会いしたが、にっこり微笑まれただけだった。やっぱり、この対応が正解だったのだ。良かった……複雑な事情を察して危険回避できたようだ。
寝起きで化粧もしていないように見える私の形式上の奥方は、少しだけ幼く見えて本当に綺麗だ。いつもの着飾った妖艶な雰囲気もいいけれど、朝の光に照らされて簡素なドレスを着ている時の方が何倍も素敵だなと見惚れた。
いけない、いけない……この方は私の本当の妻ではない……でも、アイシャ様のお腹は真っ平らだ……本当にご懐妊?
私はエイプリルにその質問をすると、
「個人差がありますのよ? 痩せたスタイルのいい方だと、出産直前までわからない場合もあるのですって。それに妊娠したてだとしたら、まだお腹などでていませんわよ!」
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