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6 ここはどこだ? / 怪しい奴を泳がせろ
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(シドニー視点)
ゴドフロアに呼び出され向かった先は、海が見下ろせるレストランだった。
ちょうどランチの時間帯で、アリゼは午後から家庭教師が4人ほど続けて来るので屋敷に置いてきた。夫婦二人で外食をし少し買い物をしてから帰る、とだけアリゼには伝える。
「お父様達のデートね? うふふ、夫婦になっても二人っきりでお出かけするって大事だ、と家庭教師の先生がたもおっしゃっていたわ。今日は語学の先生がたが、祖国のお話しをしてくれる約束だから、とても楽しみなのよ。お父様達も楽しんで来てね」
娘アリゼにはこの国の東西南北に位置する国の言葉を、全てマスターできるように家庭教師をつけた。どこに行っても困らないようにする為だ。マナーもダンスも諸外国の歴史も、学園に通って覚えること以上に修得させたのは親心だ。
金は使えばなくなるが、教養はなくならない。そして蓄えた教養は、自分でお金を生み出す才覚を養う。娘には自分の力で勝負できる女性になってほしいのだ。
(親の遺産を当てにして生きてきた、この弟のようにならないようにな)
わたしは目の前にいる上機嫌の弟を見てそう思う。
「いつもお金を貸してくれてありがとう。兄上達には感謝しているんだ。これはほんの一部だけれど返済したい。それからここの食事も、たいした味ではないけどわたしの奢りだよ」
レストランで思いがけぬ言葉を言った弟に少しだけ心が和んだ。差し出されたお金は利息にも足りない金額だったが、返そうとする気持ちがあるだけましだ。
「そうか、ありがとう。お前も少しはまともになってきたのかな。これからは気をつけることだ。うまい話は世の中にはないってことだ。おかしな儲け話にはもう騙されるなよ」
「あぁ、そうだね。気をつけるよ」
それから一緒に食事をして、そのうち急に眠気に襲われた。朦朧とした意識のなかで、引きずられるようにして歩かされた先は、落ちたら死にそうな崖の上だ。
「兄上が言うように、おかしな儲け話に乗るのはもうやめるよ。確実に儲かる方法を見つけたのさ。兄上は、あの高名なレオナルド・ダ・ヴィンロンなのだろう? 3階アトリエの絵をこっそり見させてもらったよ。あれは間違いなくレオナルドの絵だ。ただの絵描きで、あれほどの豪邸に住めるわけがないと思っていたよ。アリゼが絵を描くところも見たのだが、とても画風が似ているんだな。親子だから才能を引き継いだわけさ。だから、あの子はわたしの娘にする。」
「なにを言っているんだ? アリゼはわたしの大事な娘だ」
「兄上はこれから死ぬし、奥方はもう死んでいる。ちょっと睡眠薬の量が多かったかな。ここまで歩かせたらすぐに倒れ込んだ」
泡を吹いて青ざめた顔の妻に触るとすでに脈がない。
「お前はわたしの妻を殺したのか?」
「ふっふふ。兄上も後を追わせてあげるから怒らないでよ」
「お前という奴は・・・・・・やめろ。やめるんだぁーー」
睡眠薬で弱っているわたしとぐったりした妻は、弟に崖に突き落とされる。まさかここまで愚かで凶悪だとは。迂闊だった。あんな者を家に出入りさせていたとは。だが、わたしだとて大切な娘の為に用意してきたことはたくさんある。
わたし達が急死したときに困らないように・・・・・・そう、ちゃんと手配はしておいた。そしてこんな場合はきっと、彼が仇をとってくれるはずだ。
崖から転落し意識が途切れた・・・・・・そして・・・・・・わたしは粗末な小屋で目を覚ます。
「ここはどこだ? わたしは誰だ?」
(俯瞰視点)
ここはシアニア王国で画商を営むケビン・スティール侯爵の執務室である。彼はシドニーとは商売の枠を超えて、親友といえるまでの仲になっていた。
「なに? シドニーが失踪した? そんなバカな・・・・・・大事な娘を残して夫妻揃ってどこかに行ってしまうなどあり得ない。事故か犯罪に巻き込まれたか・・・・・・とにかく探せ。アリゼ嬢のことは以前からシドニーに頼まれていたのだ。もし、自分達になにかあっても、守るべき親類がアリゼ嬢にはいないと言っていた。早速、こちらの国に来てもらおう。可哀想に、いきなり両親がいなくなってどんなに心細い思いをしているか・・・・・・」
「それが、叔父という人物が後見人として現れて引き取ったそうです。後見人を依頼する委任状のような書類を家裁に提出したそうです。あの屋敷も当初は売りに出されましたが、法律的に引っかかり今は借り手を探しています。シドニー様はまだ死んだと判断されていませんからね。賃貸借契約はできるが売却処分はできない。ばかな叔父のようです」
「後見人? それはわたしが正式な書面を持っているぞ。公証役場にも提出している正式な書面だ。シドニー達になにかあった場合の遺産の管理、シドニーが描いた絵画はたくさん預かっているし順調に売れている。それらの利益は全てアリゼのものだ」
「どういたしましょうか?」
スティール侯爵家の家令が主の指示を待つ。
「その叔父という男を調べてくれ。そいつがこの件には関わっているだろう。偽の後見人を依頼する文書を作成して、なにをしようとしているんだ?」
ゴドフロアに呼び出され向かった先は、海が見下ろせるレストランだった。
ちょうどランチの時間帯で、アリゼは午後から家庭教師が4人ほど続けて来るので屋敷に置いてきた。夫婦二人で外食をし少し買い物をしてから帰る、とだけアリゼには伝える。
「お父様達のデートね? うふふ、夫婦になっても二人っきりでお出かけするって大事だ、と家庭教師の先生がたもおっしゃっていたわ。今日は語学の先生がたが、祖国のお話しをしてくれる約束だから、とても楽しみなのよ。お父様達も楽しんで来てね」
娘アリゼにはこの国の東西南北に位置する国の言葉を、全てマスターできるように家庭教師をつけた。どこに行っても困らないようにする為だ。マナーもダンスも諸外国の歴史も、学園に通って覚えること以上に修得させたのは親心だ。
金は使えばなくなるが、教養はなくならない。そして蓄えた教養は、自分でお金を生み出す才覚を養う。娘には自分の力で勝負できる女性になってほしいのだ。
(親の遺産を当てにして生きてきた、この弟のようにならないようにな)
わたしは目の前にいる上機嫌の弟を見てそう思う。
「いつもお金を貸してくれてありがとう。兄上達には感謝しているんだ。これはほんの一部だけれど返済したい。それからここの食事も、たいした味ではないけどわたしの奢りだよ」
レストランで思いがけぬ言葉を言った弟に少しだけ心が和んだ。差し出されたお金は利息にも足りない金額だったが、返そうとする気持ちがあるだけましだ。
「そうか、ありがとう。お前も少しはまともになってきたのかな。これからは気をつけることだ。うまい話は世の中にはないってことだ。おかしな儲け話にはもう騙されるなよ」
「あぁ、そうだね。気をつけるよ」
それから一緒に食事をして、そのうち急に眠気に襲われた。朦朧とした意識のなかで、引きずられるようにして歩かされた先は、落ちたら死にそうな崖の上だ。
「兄上が言うように、おかしな儲け話に乗るのはもうやめるよ。確実に儲かる方法を見つけたのさ。兄上は、あの高名なレオナルド・ダ・ヴィンロンなのだろう? 3階アトリエの絵をこっそり見させてもらったよ。あれは間違いなくレオナルドの絵だ。ただの絵描きで、あれほどの豪邸に住めるわけがないと思っていたよ。アリゼが絵を描くところも見たのだが、とても画風が似ているんだな。親子だから才能を引き継いだわけさ。だから、あの子はわたしの娘にする。」
「なにを言っているんだ? アリゼはわたしの大事な娘だ」
「兄上はこれから死ぬし、奥方はもう死んでいる。ちょっと睡眠薬の量が多かったかな。ここまで歩かせたらすぐに倒れ込んだ」
泡を吹いて青ざめた顔の妻に触るとすでに脈がない。
「お前はわたしの妻を殺したのか?」
「ふっふふ。兄上も後を追わせてあげるから怒らないでよ」
「お前という奴は・・・・・・やめろ。やめるんだぁーー」
睡眠薬で弱っているわたしとぐったりした妻は、弟に崖に突き落とされる。まさかここまで愚かで凶悪だとは。迂闊だった。あんな者を家に出入りさせていたとは。だが、わたしだとて大切な娘の為に用意してきたことはたくさんある。
わたし達が急死したときに困らないように・・・・・・そう、ちゃんと手配はしておいた。そしてこんな場合はきっと、彼が仇をとってくれるはずだ。
崖から転落し意識が途切れた・・・・・・そして・・・・・・わたしは粗末な小屋で目を覚ます。
「ここはどこだ? わたしは誰だ?」
(俯瞰視点)
ここはシアニア王国で画商を営むケビン・スティール侯爵の執務室である。彼はシドニーとは商売の枠を超えて、親友といえるまでの仲になっていた。
「なに? シドニーが失踪した? そんなバカな・・・・・・大事な娘を残して夫妻揃ってどこかに行ってしまうなどあり得ない。事故か犯罪に巻き込まれたか・・・・・・とにかく探せ。アリゼ嬢のことは以前からシドニーに頼まれていたのだ。もし、自分達になにかあっても、守るべき親類がアリゼ嬢にはいないと言っていた。早速、こちらの国に来てもらおう。可哀想に、いきなり両親がいなくなってどんなに心細い思いをしているか・・・・・・」
「それが、叔父という人物が後見人として現れて引き取ったそうです。後見人を依頼する委任状のような書類を家裁に提出したそうです。あの屋敷も当初は売りに出されましたが、法律的に引っかかり今は借り手を探しています。シドニー様はまだ死んだと判断されていませんからね。賃貸借契約はできるが売却処分はできない。ばかな叔父のようです」
「後見人? それはわたしが正式な書面を持っているぞ。公証役場にも提出している正式な書面だ。シドニー達になにかあった場合の遺産の管理、シドニーが描いた絵画はたくさん預かっているし順調に売れている。それらの利益は全てアリゼのものだ」
「どういたしましょうか?」
スティール侯爵家の家令が主の指示を待つ。
「その叔父という男を調べてくれ。そいつがこの件には関わっているだろう。偽の後見人を依頼する文書を作成して、なにをしようとしているんだ?」
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