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1 意地悪な令嬢たち

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「私が伯父様夫妻の養女になるのですか? お母様、私はモロー商会を継ぐひとり娘ですよ? モロー商会はどうなさるのですか?」

 ロザンヌはびっくりしながらミッシェル・モローに尋ねた。ミッシェル・モローはロザンヌの実母で、モロー商会の会長である。

「もちろん、ロザンヌが継ぐのですよ。養女になったからといって、モロー商会の娘であることは変わりません。男爵令嬢の肩書きがひとつ増えるだけよ。以前から王立貴族学園に興味をもっていたでしょう? ロザンヌもそこで学ぶことになります」

 ロザンヌはニクス・ワイアット男爵の弟ランドールと、ミッシェルのあいだに生まれたひとり娘だ。器量も良く努力家で賢い。自慢の愛娘を養女にだしたのは、ワイアット男爵夫妻が子供に恵まれず、跡継ぎに困っていたからだった。ちなみに、この国では女性でも爵位が継げる。

(可愛い子には旅をさせろ、というわ。いずれ、モロー商会を継ぐにしても、爵位は邪魔にならない。ロザンヌのために損にはならない)

 ミッシェルはロザンヌに、たくさんの経験をさせるつもりで養女にだした。養女となっても、実親と親子関係が切れるわけではなく、ロザンヌがモロー商会の跡取り娘であるということは変わらない。

「ロザンヌ。なにかあったら、お母様に言うのですよ。養女にだしても、あなたの母親であることは変わらないわ。お母様とお父様が増えたと考えてちょうだい」

 ミッシェルは愛娘の身体を抱きしめた。モロー商会副会長であるランドール(ロザンヌの父)は、ロザンヌの頭を撫でた。

「ロザンヌなら、どこへ行ってもうまくやれるよ。頻繁に会いに行くし、近況は手紙でこまめに知らせておくれ」

 そのような経緯で、ロザンヌはワイアット男爵家の養女になったのだった。





 王立貴族学園は王都の中心にある。ロザンヌは王都にあるワイアット男爵家のタウンハウスから、学園に通うことになった。
 この国の貴族たちは領地にマナーハウス、王都にタウンハウスを構える。子供たちが学園に通うのは15歳から17歳まで。
 子供たちが学園に通う期間の夫人たちは、王都のタウンハウスで暮らす。当主は常にマナーハウスにおり、領地を守っていることが多かった。
 ワイアット男爵家の場合も同じことで、トワイラ・ワイアット男爵夫人はロザンヌと一緒にタウンハウスに居を移した。ワイアット男爵夫人は娘ができたことが嬉しくて、あれこれと世話を焼きたがる。

「周りの方々のほとんどは、あなたより上の爵位が多いと思うわ。でも、卑屈になる必要はないのよ。言葉使いに気をつけて礼儀正しくしていれば、すぐに仲良くなれるはずよ」

「はい、同じ年頃の令嬢たちと友人になれるのが楽しみですわ。では、トワイラお母様、行ってまいります」

 トワイラはロザンヌの可愛らしい笑顔に思わずにっこりした。『トワイラお母様』と素直に呼んでくれるのも嬉しい。

(屋敷に女の子がいるって華やぐものなのね。あの子を娘と呼べるなんて、ミッシェル様とランドール様に感謝しなくては)

 トワイラはロザンヌが学園で楽しい思いができるように祈りながら、メイドと厨房でクッキーを焼く準備を始めた。

「ロザンヌが帰ってきたら、一緒にクッキーを食べてお茶を飲みましょう。学園から帰ってくる娘を待つ母親の気分が味わえるなんて、思ってもみなかったわ。帰ってきたら、学園の様子を詳しく聞きたいわ。きっと、良いお友達ができるわよね」
「もちろんですとも! ロザンヌ様なら、たくさんの友人に恵まれ、有意義な学園生活がおくれます。奥様、とびっきり美味しいクッキーを焼きましょう」

 楽しい笑い声が厨房に響いたのだった。
 


☆彡 ★彡


 王立貴族学園はたくさんの生徒で溢れていた。新入生を講堂へ誘導する係を担っていた第二王子ローマンは、ロザンヌを見て衝撃を受けていた。まさに自分の理想にぴったりだったからだ。蜂蜜色の髪が柔らかく輝き、琥珀色の瞳は春のように温かい気持ちにさせる。顔だちは整っており、清楚な美しさが際だっているのに、愛らしさも備わっていた。早速、近づき声をかける。

「やぁ、はじめまして! 私はローマン・ガブリエル・ネーブ。ここネーブ王国の第二王子だ。君の名前は?」

「お初にお目にかかります。私の名前はロザンヌ・ワイアットです。このようにローマン王子殿下とご挨拶できる機会をいただき、大変光栄に思います。どうぞ、よろしくお願いいたします」

「堅い、堅い。もっと気楽に話してよ。この学園内では身分の違いは一切ない。学問を学ぶ同じ志を持った仲間だから、私のことはローマンと、気さくに呼んでほしい」

「それは・・・・・・さすがに礼儀に反しますので。あっ、もうこんな時間ですわ。講堂に急がないといけないので、これで失礼いたしますね」

「あぁ、走らなくても大丈夫。最初の新入生への挨拶は私がするから、私が行かない限り入学式は始まらない。つまりだ、君はどんなに遅れても遅刻にはならない。あっははは」

 ロザンヌには笑えない冗談だった。初日から遅刻する気はなかったし、まだ開催時間には半時以上も余裕がある。案内してくれるローマン王子と並んで歩く形になったのだが、肩が触れあう距離まで詰め寄ってくるのにも困ってしまう。逃げ出すわけにもいかず、仕方なく肩を並べて講堂に入ったところ、大勢の生徒たちにその光景を目撃されてしまった。

「着いたよ。ここが講堂だ。一年生は一番下段の席だよ。ロザンヌ、君の学園生活がとても素晴らしいものになることを祈っているよ」

 ローマン王子の大きな声が講堂に響いた。つまり、ロザンヌは自分では望まない形で、悪目立ちしてしまったのだ。それは、これから一緒に勉強することになる女生徒たちの反感を買うには充分だった。


☆彡 ★彡


 入学式後の一年生の教室で、早速喧嘩をしかけてきたのは、コリーヌ・サトボネラ伯爵令嬢だった。

「入学早々、身の程知らずな方がいましたわね。ローマン殿下と一緒に入場されるなんて、どれほど高貴な方なのかと思えば、あなたは貴族ではないでしょう? 初めてお見かけしたもの。貴族の令嬢の顔は全部覚えているわ」

 幼い頃から、貴族の子女はお茶会や子供向けのパーティなどで顔を合わせる機会が多い。コリーヌに同意するようにレベッカ・スキナー伯爵令嬢とシルヴェーヌ・フラゴナール子爵令嬢がうなづいた。

「えぇ、ワイアット男爵家の養女になったばかりですから、今までは貴族ではありませんでした」

「平民だったってこと? 呆れた。その綺麗な顔と恵まれた身体で養女になれたのね? 同じ年齢にしては発育がとても良いもの。『高位貴族の息子を狙え』とでも、養親に言われているのでしょうね。浅ましい」

「あなたなんて、ローマン殿下と話せるような身分ではないのよ。平民だったからわからないのね? 男爵の爵位は貴族のなかではもっとも低いの。王族に話しかけるなんて非常識なのよ」

 レベッカ・スキナー伯爵令嬢とシルヴェーヌ・フラゴナール子爵令嬢は、薄く笑いながらロザンヌの肩をドンッと押したのだった。
  
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