(完結)戦死したはずの愛しい婚約者が妻子を連れて戻って来ました。

青空一夏

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8 (ベンジャミン・ジュード公爵視点)

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(ベンジャミン視点)

ここは宮殿の隣に設置された騎士団員用宿舎のなかの副騎士団長執務室である。ここにはベンジャミンの部下数名と、戦争死亡者の名簿管理をしている文官達がいる。


「黒髪の女ボスはアンバーという名前ということがわかりました。貧困街の出身で幼い頃からスリや窃盗を繰り返してきたようですね。自分の父親を殺して牢屋にいたこともありますが、情状酌量で出されました」

「自分の父親を殺した? 嘘だろう? 生まれつきの凶悪犯罪者か?」

「はい。ですがその父親が屑でして、娘にずっと性的暴力を振るっていたようです。金の為に売春もさせるようなろくでなしだったとか・・・・・・まぁ、殺されて当然の父親とも言えます」

「あぁ、そっちか・・・・・・」
 私はその手の話を聞くと本当に胸が痛む。毒親に育てられた子供は悲惨だ。道徳観念や倫理観は親から学ぶことが多いし、愛情や思いやりを受けた子供はしっかりそれを返せる人間になる。だが、そうでない環境で育てられた人間にとっては、きっとこの世は暗く惨めで絶望しか感じない。

「副騎士団長・・・・・・そんな切ない顔をしないでくださいよ。確かにアンバーは同情するべき生い立ちですが、戦場稼ぎは重罪です。国を背負って勇敢に戦い死んだ者から金品を奪うのは、国家に対する冒涜とも言えますからね」

「あぁ、そうだな。もちろん、重い罰になるさ。それは避けられないな。ところで顔の焼けただれていた人間は誰だったのかな。貴族で帰還せず死亡通知も出されていない者はいないか?」

「それが一人いるんですよ。デルーカ男爵家の次男ロマーノです。彼は前線で戦った一人ですが、死亡者名簿にもない。ですがデルーカ男爵家にも帰還していません」
 文官の一人が首を捻る。

「デルーカ男爵家にこれから行こう。ロマーノの特徴や詳しい話を聞きたい。私も最前線で指揮をとっていたが全ての兵士を把握していたわけではないからな」

 数名の部下と一緒にデルーカ男爵家に出向く。デルーカ男爵夫妻は快く迎え入れてくれ、ロマーノの話を涙ながらにして語る。集められた情報は髪色と身長や体型、手のひらにある特徴的な三つの黒子ほくろ、そしてこの私をとても尊敬していたらしい。

「ベンジャミン副騎士団長のようになりたい!と、いつもそのように言っていました・・・・・・」
 デルーカ男爵夫人が嗚咽をもらす。

(ロマーノ、生きていてくれよ!)
 そう願うが、多分・・・・・・





 宿舎に戻り今度は看護師を呼び、顔の焼けただれた男の話を再度聞き出す。
「手のひらの黒子ほくろですか? んーー、あぁ、思い出しました! 黒子が三つ、つなげると三角形のような形だったと思いますよ。顔の火傷が印象に残りすぎて、黒子のことは忘れていました」

「そうか、ならばその死体はデルーカ男爵家のロマーノだ。髪色も体型もローリーとほぼ同じで替え玉にされたんだ」

「副騎士団長! アンバーは硫酸をどこからか大量に手に入れて、いつも持ち歩くような女らしいです。異名は”硫酸かけのアンバー”。おそらく小瓶にいれて持ち歩き、人に振りかける趣味のあるサイコパスですね」
 看護師と話していると、私の部下の一人が報告に顔を出す。

「これから国王陛下に報告しに行く。生け捕りにして白状させる為にも強制連行許可を取ってこなければならない。」





――国王陛下のプライベートな執務室にてーー

「伯父上、ローリーの悪事が露呈しました。あいつは、死にかけていたデルーカ男爵家のロマーノを替え玉にし、アンバーという女も一枚噛んでいます。アンバーは戦場稼ぎの女ボスです。二人は逃亡し戦争が終わった今になってノコノコ帰還しました。しばらく見張って、アンバーが仲間達と動き出したところを一網打尽に捕まえましょう」

「なるほどな。ローリーは脱走兵という罪と替え玉詐欺か・・・・・・軍法会議にかけ裁判を行う。ベンジャミン、情けは無用だ。その罪人達は全て捕らえよ!」

「御意。マカロン侯爵夫人の罪は問えますか? 私のジョージアは彼女に4年も振り回された! 嫁でもないのに下の世話をさせたというのは酷いと思います。そして・・・・・・」
 私はジョージアから聞いた話を国王陛下にぶちまけた。

「ふーーん。性悪な女なのだな、マカロン侯爵夫人は・・・・・・そういった内容は王妃に報告するといいだろう。きっとマカロン侯爵夫人を社会的に抹殺・・・・・・ゴホン・・・・・・表現を間違えたようだ・・・・・・適切な処置をしてくれるはずだぞ」

(そうだった! 王妃殿下にこのような話をすれば必ずや報復してくださる)


 振り返った私の目の前にはすでに王妃殿下がいらしてニンマリと笑っていらっしゃった。王妃殿下は音もなくいきなり現れる特技をお持ちなのかな。つい驚愕の眼差しを向けてしまう。

「なぁに? ほら、私って地獄耳でしょう? だから女の勘で飛んできたわ。さぁ、話してちょうだい!」
 興味津々の表情を浮かべる王妃殿下に、ジョージアとマカロン侯爵夫人の経緯を詳細に説明していく。

 その間中、顔を青くしたり赤くしたりで王妃殿下は忙しい。この方は正義感の塊で卑怯な人間が大嫌いなのだ。

「なんてこと! あのマカロン侯爵夫人がそんな方だったとは! この私が聞いたからには外を歩けないほどの醜聞に・・・・・・ふっふっふ。そのような腐った女は社交界にいてはダメですし、貴族でいる資格もありませんわ。陛下、この女も息子同様貴族籍から追放して平民落ちに、いいえ、奴隷落ちでいかがですか? まずは私は社交界にそのジョージアにした仕打ちを広めますわ」

「王妃よ。やり過ぎはくれぐれも注意なさい」

「あら、陛下! 邪悪な人間はきつく懲らしめないとわからないのですわ。虐げられた人間のことを思えば加害者に同情などできません」

「確かにおっしゃるとおりですね。私もローリーには少しも同情できないですよ。ただ、アンバーに関しては生い立ちが少し気の毒な面もありました」
 私は戦場稼ぎのアンバーの話も両陛下にして差し上げた。
 
「そうだな。貧困街はこれを機に綺麗に整備し、職業斡旋所も近くに作ろう。まともな仕事を斡旋し住まいも整えてやれば、少しはアンバーのような子が減らせるかもしれない」
 と国王陛下。

「ですね。職業訓練場のようなものも作るといいかもしれません。お金がない者でも手に職がつけられれば食いっぱぐれない。その中でも頭のいい優れた者は、ちゃんとした教育が受けられるシステムもあればなおいいです。貧しく身分のない者でも努力すれば良い暮らしができる、そんな世の中が必要だと思いますよ」

「全くだな。ベンジャミン、お前、来期から宰相になれ。腕も立つがその頭、この国の改善に使ったほうが世の中の為だぞ。これは王命である」

 なんてことだ・・・・・・私はずっと騎士団長を目指してきたのに・・・・・・だが戦いのこともよく把握した宰相も良いかもしれないな。そして、宰相になったのなら、戦うのではなくいかに戦いを避け平和が保てるかに尽力しよう!      

 だが、今はローリーとアンバーを捕らえるのが私の仕事だ。




 

 

 そんなわけで私は、アンバーの動きを監視する為に、部下達とマカロン侯爵家を見張っている。その甲斐あって、アンバーが真夜中にマカロン家から荷物を運び出し始めたのを確認。手下は20人ほどで、効率よく絵画や調度品を馬車に積み込んでいく。

 積み終わり出発する段階になってから捕まえよう。これで窃盗罪の現行犯が成立。有無を言わさず連行できる。

「戦場稼ぎのアンバー! どこにお引っ越しするのかな?」

 私が声をかけると、女は周りをキョロキョロと見回し劣勢を悟り、観念したと思った瞬間に液体をぶちまけてきた。”硫酸使いのアンバー”と聞いていた私達は防護服を着ていた。

 ちなみに手袋は科学手袋というものが最近開発されている。だが、この位置からのいきなりの硫酸は顔にちょうどかかると判断した。

 咄嗟に隣にいた男を前面に押しやり自分は後方に飛び退く。

「ぎゃぁぁああぁあぁあぁーー」
 凄まじい悲鳴と共に男が倒れた。

「そんなぁあああぁぁーー。トーマス! トーマス!」
 硫酸をかけた男が私ではない、と気づいたアンバーが泣き叫ぶ。

「このぉーー、人でなし! なんで避けたのよ。お前を狙ったのに。あたしの大事な男が大火傷したじゃないさ。死んじゃうよ、このままじゃ死んじゃうーー」

「大丈夫だ。その男は死なないよ。それにお前達は散々他の者に硫酸をかけ、死にかけた者達から金目の物を盗んできたのだろう? 自業自得だ。これから裁判が待っている。おとなしく罪を償え」
 私はアンバーに言い聞かせる。

「償う? どうせ戦場稼ぎは死刑だろう? だったら生きていたって無駄だね」
 アンバーはまた硫酸の小瓶を取り出し、今度は自分にかけようとした。

(いったい、いくつ持ち歩いているんだ?)

 私はその小瓶を持つアンバーの手を足で蹴り上げる。開封していない小瓶は空を舞い、屋敷から出てきた男に命中し、瓶は男の頭で粉々に割れる。

「ぎゃぁぁああぁあぁあぁーー」

 屋敷から出てきた男は・・・・・・
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