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7 (ローリー視点/アンバー視点) 

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(ローリー視点)

「私のルビーのネックレスがないわ! おかしい・・・・・・ネックレススタンドに掛けておいたのに、なぜないのかしら?」

「母上、またですか? 昨日は指輪がない、その前はブレスレットでしたよね?」
ジャックを膝に乗せ絵本の読み聞かせをしていた僕は、最近なにかしら探し物をする母上にうんざりする。

「ふふふ。もうお婆さんだもの、大目に見ましょうよ。脳が退化しているのよ。物忘れが激しい老人って被害妄想も膨らむから困るわね」
 アンバーが困ったように微笑む。

「アンバーが盗ったんだわ! 絶対そうよ。ローリー、この女は泥棒です!」

「ほらね? すぐにあたしのせいにするのよ、このお婆さん。自分がどこかに置き忘れたくせに」
 
「母上! 言っていいことと悪いことがある! アンバーがなぜそんなことをしなければならないのですか? 母上が死ねば全部彼女のものになるのに、泥棒する必要なんてないでしょう?」
 母上に嫌悪感を感じながら睨み付ける。

(なんて面倒な老女だろう! 自分の母親でなかったらどこかに放り出してしまいたいよ!)

「死ぬ? ・・・・・・まさか、あの優しかったローリーがそんなことを言うなんて・・・・・・私に死んで欲しいの? 酷いわ・・・・・・こんな薄情な息子になったのもこの女のせいなんだ!」

(なんでそう解釈するのか意味がわからない。僕は母上に死ね、などと少しも言ってはいない)

「このお婆さんは地下室の洗濯室の隣、使用人部屋に閉じ込めましょうよ。そこで少し反省してもらうのが一番よ。あたしのことを泥棒なんて、ジャックが聞いたら悲しむわ。子供の教育に絶対良くないわよ」

 アンバーの言うことも、もっともだ。自分の母親を『泥棒』と言われたらジャックが可哀想だ。ジャックは僕の可愛い一人息子なのだから!


 地下には厨房と洗濯室、使用人ホール、貯蔵室、執事室、メイド(家政婦)室がある。

「そうだな。アンバーを泥棒呼ばわりするのは母上が悪い。僕も母上の言うことを聞かないと、よく洗濯室に閉じ込められましたよね? 母上、今度はあなたの番だ。洗濯室では気の毒なので、メイド室でしばらく謹慎してください!」

「気でも狂ったの? 私はあなたの母親ですよ! あなたは私の子供なのだから・・・・・・」

「だからさぁ、もうローリーは大人なのよ! 私がお婆さんを地下室に連れて行くわ。お婆さんが反省して謝ってくれれば、あたしは許すわ。時間をかければ、きっと仲良くなれると思うの」
 心優しいアンバーが微笑むと、ふっくらした頬にかわいいえくぼができた。

「アンバーは優しいね。本当に君は女神だよ」





(アンバー視点)

 戦場病院では死にかけた怪我人がわんさかいた。看護師達も手当に必死で、次々と運び込まれる死に損ないに包帯を巻いたり薬をつけたりと忙しい。

 ここにいる人間全てが余裕のない一種の戦争神経症に陥っている。こんな時だからこそ、楽に盗みができる。死人から指輪を抜き取り、金目のものを奪う。
 効率がいいし、戦う必要もない。やばくなったら逃げればいい。配下の者はいつも側にいて、あたしはいつでも逃げ出せる。

 看護師の服を着て盗みの仕事に励みながら、兵站へいたん部隊に所属する軟弱な男に近づいた。襟の紋章バッチで明らかに高位貴族だとわかる。いつも吐きそうな面持ちで怪我人を見ているから、何を考えているかなんてお見通しだ。

 血なまぐさいここから逃げ出したいのよ。温室育ちのお坊ちゃんには、腕や足を切られた怪我人が骨を露出し血を流しているところなんて、怖くて堪らないのだろう。近づいて話しかけると、候爵家の人間だと名乗った。けっこうな大物だ。戦が終わってからこいつの屋敷に行き、金目のものを全て頂戴するってのはどうよ? いい考えだと思った。


 ちょうど、この男と同じ髪色の大怪我をした男が運び込まれたところだ。貴族の男は家紋の入った指輪やペンダント、襟の紋章バッジをつけている場合が多く服にも家紋の刺繍などがある。だが、この男はなにもないから多分平民。ちょうどいい替え玉になる。

「ねぇ、あたしと逃げない?」
その軟弱貴族に声をかけてみると、キラキラの瞳であたしを見つめてきた。いける!

「かわいそうに。あなたは本当は甘えたいのよ。母親に支配されてきた男性って、その反動で女性を支配したがるけれど本当は違う。甘やかされて癒やされたいのよね? そうでしょう? さぁ、あたしの胸でお泣きなさい」
 にっこりと微笑んで両手を差し出す。

 この言葉は、この国の大抵の男に当てはまる。この国の母親達は男の子には教育熱心で、子供の出来の善し悪しは母親の価値に繋がる。だから大抵口うるさい母親か祖母に支配されて育てられる男子が多い。

 あたしの言葉に軟弱貴族が涙ぐむ。ほら、嵌まった。ふふふ、こうなればこの男はあたしの意のままにコントロールできる!

 一緒に逃亡をすることになった軟弱貴族の名前はローリー・マカロン。あたしは目をつけていた男に硫酸を手早く掛け、ローリーの服を着せてその場を去った。あとはあたしの手下が顔の焼けた男をローリー扱いしてうまく処理してくれるだろう。骨化した身体の一部は遺族に送るが、ほとんどは土葬されておしまいだ。








 というわけで、計画通りにマカロン侯爵家に潜り込んだあたしは、今泥棒呼ばわりする婆さんを洗濯室に放り込み鍵をかけている。メイドの部屋なんて甘いわ! 洗濯室の汚れ物の上に突き飛ばし、一回だけ足で蹴ってやった。

「クソババァ!! これ以上騒ぐと命はないよっ!!」

 脅しつけてやったら、驚きの眼差しで身体を震わせていた。ざまぁみろ、だわ!!




 

 婆さんの宝石はもちろん絵画や調度品も運びだしたい私は、マカロン候爵家の使用人が多すぎることに思案していた。皆殺しにするのはまずいし、なによりそれほど戦闘能力の高い者は手下にはいない。あたしらは死人から奪い取るのが商売だからね。

 問題を解決してくれたのはあたしの恋人トーマスだ。あたしの右腕でジャックの父親でもある。彼は強力な眠り薬を手に入れてきたんだ。

「アンバー。これを厨房の調理用水タンクに放り込め。全ての者が眠り込んだら、夜中に金目の物を全部盗もう!」

「あぁ、いい案だねぇ。あんたは本当に頭がいいよ。とにかくこんなところに長居は無用だ」

 屋敷のバカ共が薬のお陰で眠り込んでいる隙に、次々とお宝を運び出していく。3台の馬車に積み終わったところで、男の声があたしを呼んだ。

「戦場稼ぎのアンバー!! どこにお引っ越しするのかな?」

 振り向くと副騎士団長のバッジをつけた男があたしを睨み付けていた。こいつの身体は騎士服の上からもわかる鍛え上げられた筋肉で覆われ、人を見透かすような鋭い灰色の目は鷹のようだ。高い鼻梁に、薄い唇は冷酷な笑みを浮かべている。

(この男からは逃げられないな)

 直感的にわかる。自分より明らかに強い者に感じる動物的勘だ。

 その男の傍らには頬が腫れ唇が切れて血が滲んでいるトーマスの姿がある。こいつに殴られたに違いない。

 あたしの大事な男によくも! あたしの他の部下たちも、次々に捕らえられて縄で縛りあげられた。周りをたくさんの騎士達に囲まれていることに初めて気がつく。

 これまでか・・・・・・でも、このアンバー様は簡単には捕まらないよ! 最後の反撃といこうかじゃないか!

「あたしのトーマスを殴ったなぁーー!! くらえ!!」
 隠し持っていた小瓶に入った硫酸をその男に向かって勢いよくぶちまけた。






*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*

※戦争神経症:戦地のストレスなどによる精神疾患の総称。症状は不眠やうつ、幻聴・幻覚など。歩行困難や全身痙攣なども重い症状が現れる場合もある。
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