(完結)戦死したはずの愛しい婚約者が妻子を連れて戻って来ました。

青空一夏

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 私の婚約者はマカロン候爵家の嫡男、ローリ様。私はチェリル伯爵家の三女、ジョージアだ。ローリー様に見初められて、半ば強引に交際を迫られた結果の婚約だった。

 私は元々、ローリー様の婚約者になるのは気が進まなかった。なぜなら家格があちらの方が上すぎたし、病弱なマカロン侯爵夫人は大層我が儘だと評判だったから。

 私はもっと自由に生きたい。そう、天文学者になりたかった。幼い頃から空を見上げて星を観察するのが大好きだった。分厚い天文学辞典は私の一番好きな書物だ。

 けれど、ビクトリア王国の女性の地位は低く学者は男性ばかりだ。女性がなれるものと言えば家庭教師ぐらいで、しかもそれはあまり名誉なこととはされていない。
 裕福ではない家の女性がなるものとされており、どんなに教養があっても高位貴族の女性はならない風潮だ。

 だから私は諦めた・・・・・・そして、ローリー様の婚約者になった。お付き合いを重ねていくうちに私は彼が大好きになり、相思相愛の仲だったと信じたい。




 ここビクトリア王国が、隣国ダーシィ帝国と戦争状態になりローリー様は戦地に赴くことになった。
「一生、大事にするからね。絶対に他の女性をつくってジョージアを泣かせたりしないよ。きっと、生きて一日も早く帰ってくる」
 戦争に行く直前、私の手を握りそう誓った彼。

 ローリーが派遣される地域は、比較的安全だとは聞いていたのでそれほど心配はしなかった。私への愛と彼の病弱なお母様への心配が綴られた手紙は、10日ごとに規則正しく届いている。この戦争が終わればすぐに戻って来て、予定通り結婚ができると思っていた。

 マカロン侯爵夫人はローリー様を溺愛していたから、彼の戦場への出発に心を痛め何度も私を呼びつけるようになった。

「ジョージア、ローリーは帰ってくるわよね? 絶対死んだりしないわよね?・・・・・・ねぇ、昔のローリーのお話を聞きたいでしょう? あの子の幼い頃はね・・・・・・」
 何度も繰り返される思い出話は、すっかり暗記してしまうほど聞かされた。それでも私は、さも初めて聞いたように振る舞う。

(こんなに心細い思いをなさっているマカロン侯爵夫人なのだから、お話ぐらいは聞いてあげるべきだわ)

 毎日のように呼び出される私にお母様は苦言を呈する。
「ジョージア。優しいのもいいけれど、優しくしすぎてはダメな時もあることを学びなさい」

「お母様。人に親切にすることは良いことだと、幼い頃に教えてくださいましたよね? なぜ、そのようなことをおっしゃるの?」

「親切にして感謝する人と、親切にされて当たり前と思う人を見分けないとね。後者の場合は、お人好しは利用されて終わりなのよ」
 お母様の言葉を私は人ごとのように聞いていた。




 ある日のこと、彼の戦死を知らせる通知がマカロン侯爵家に届き・・・・・・マカロン侯爵夫人はすっかり体調を崩し寝込んでしまう。私は義理の母になるはずだった方を放ってはおけない。

 親身になってお世話をさせていただいたことは言うまでもない。一時期は本当に寝たきり状態になり、トイレにも一人で行けず下のお世話は私がした。

 「身分の低いメイドに身体を触ってほしくない」という侯爵夫人のお言葉だったからだ。

(きっと心が病んでいるのだわ、こんな時こそ私が支えてあげなければ・・・・・・)


 そんな思いで毎日のようにお世話に通っているうちに、あっという間に4年の歳月が過ぎる。

 「すっかり婚期を逃してしまったじゃないの! ほんとにお馬鹿さんね。マカロン侯爵家にはもう行かなくていいと何度も言ったでしょう? あなたはマカロン侯爵夫人のメイドではありませんよ」

 私を叱るお母様の顔は、悲しげで私を心底心配していた。

「仕方がないさ。この子は昔から傷ついた動物などを放っておけない子だったよ。優しい子なのだ。悪いことじゃないさ」とお父様。


 ところがそれからまもなく、死んだはずのローリー様が戻っていらっしゃった。しかも、傍らには小柄な可愛らしい女性と幼児を連れて・・・・・・

 いつものようにマカロン夫人のお世話をしていた私は、慌てて馬車に駆け寄り声をかけた。

「お帰りなさいませ。ところでその女性と幼児は、どなたでしょうか?」

「あぁ、ただいま。これは僕の妻子だよ。それで君は誰かな? 服装を見るかぎりは使用人ではなさそうだ」

(私を覚えていない? 妻子ってどういうこと? ・・・・・・裏切られた?)

「まぁ、ローリー! 生きていたことも嬉しいけれど孫まで連れて帰ってくるなんて! なんて親孝行なんでしょう」
 背後から楽しげな声で喜ぶのはマカロン夫人だった。さきほどまで弱々しくベッドに横たわっていた夫人は、杖を上手に使って自分の力で歩いていた。

 自分では立つこともできない、とおっしゃっていたのに?

「ねぇ、ジョージア! あなたの役目は終わったわ。さぁ、自分の屋敷に戻ってちょうだい。これから親子水入らずで過ごすのですからね」





「お人好しは利用されて終わるのよ」
お母様のおっしゃった言葉が私の脳裏をかすめた。

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