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32 大学入学式とマウントを取りたがる変なおばさん

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☆彡★彡☆彡入学式と礼子さんへの感謝☆彡★彡☆彡




「礼子さん、私に大学から電話があって『新入生代表挨拶』をしてほしいんだって」

「え? すごいじゃない! 自信をもってやりなさい。これからの抱負でもなんでもいいのよ」

「うん!」

 この会話はかなり前にしたもので、もう読む内容も考えてあった。絵を描くことがどんなに私の心の支えになったかということ、自分が少し個性的であっても絵のおかげで胸を張って生きられるようになったこと。この学校で吸収できるのもは全て習得して、これからも芸術面で頑張って生きていきたいこと。そんな、心構えを読むつもりだった。

 もちろん、定番の高校の先生への感謝や礼子さんへの感謝も盛り込んだんだ。本当に、今ある自分って皆のお陰だから、素直な気持ちでそれが書けた。

 私は、すごく幸せな子だって実感できた。皆に感謝して、皆にありがとうって言いたい気持ちなんだよ。


ꕤ୭*



 柊君と私の入学式には真美さんも参加する為に、地元から都内に来ていた。ここのマンションは広いから、お互いの個室の他に来客用として和室があった。

「こういうときの為に、部屋は広い方がいいわねぇーー。ここの家賃は東家も払うわよ。柊も住んでいるんだし」
 真美さんの言葉に礼子さんは首を振った。

「野暮なこと言わないでよ! 柊君はもう私の息子でもあるのよ? 家賃なんて払わせるわけないじゃない。それより、暇があったらこうしてまた遊びに来てほしいのよ」

「もちろん、来るわよ。毎月、来ちゃおうかしら。ふふふ。」
 真美さんは嬉しそうに笑ったけれど、申し訳なさそうに眉尻を下げていた。礼子さんと真美さんは私達両方の入学式に来てくれた。






 私の大学では絵画科や彫刻科、工芸科などいろいろ分かれてはいたけれど全入学生が集められて入学式が行われた。その人数はかなり多くて、たくさんの学生の前で足がすくんだ。

「入学生代表、佐々木紬・・・・・・」
 私が呼ばれて、大勢の前で準備していた言葉を紡いでゆく。


 

 私はいわゆる『個性的な子』と呼ばれる一人でした。けれど絵を描くことを覚えて、自分の存在が生きていてもいいんだと思えるようになりました。

 絵を描くことは、私の生きる意味であり、これ以上ないほどの喜びとなりました。支えてくださった高校の先生がたや友人、そしてなによりも母である『レイコ・ササキ』に感謝します。

 この大学で精一杯、精進して一人でも多くの方に私の絵を見てもらえることを目標にしていきたいと思います!

 ・・・・・・


 私はこのようなことを手短に、読んでいった。特別なことはなにも盛り込んでいなくて、ありきたりの話だとおもったけれど、思いのほか拍手が盛大でびっくりした。






「誇らしい娘、自慢のお嫁さん」って真美さんはべた褒めだった。

 礼子さんは、こんなに立派に育って嬉しいと褒めてくれた。でも、私が絵の才能がなくても、いい大学にはいれなかったとしても、変らず大好きで大事な子だって言ってくれたんだ。


「ほんとに? もしも、なにもできないままの子だったとしても?」

「うん、そうだよ! だって紬ちゃんだって、私が貧乏で有名画家じゃなくてもお母さんに選んでくれたでしょ?」

「うん、もちろんだよ! 礼子さんが有名画家じゃなくても、貧乏でも礼子さんは礼子さんだもん」

「ふふふ。それと同じだよ。だって、人生ってなにがあるかわからないよね? もしかしたら病気で絵筆がもてなくなったら価値がなくなるって思われていたら悲しいよね? どんな状況であっても私にとっての紬ちゃんへの愛は変らないわよ」

 これが、自分の存在をまるごと受け入れてくれるってことだと思う。存在が愛おしい、生きているだけでいいんだよ、って言われたら、嬉しくてどうしたって頑張ろうと思うよね。私は、なんて素敵な人をお母さんにできたんだろう。

 大好きな礼子さんの娘になれて、私は最高に幸せなんだ!





☆彡★彡☆彡マウントおばさん☆彡★彡☆彡




 礼子さんと真美さんと私、柊君の4人でマンションのエレベーターに乗りこもうとすると、右隣の女性と遭遇してしまった。

「あら? まぁ、まぁ。初めまして! このお若いご夫婦の親御さん達ですかぁ? 思ったより、ちゃんとした感じのお母様達でほっとしましたわぁーー」

「え? どういう意味ですか?」
 真美さんが首を傾げた。

「あぁ、だからこんな若いうちから結婚を許すなんて、下層な方かなって。ほら、ヒエラルキーの下っていう意味ですわぁ」

「ぷっ。あっははは」
 礼子さんは吹きだしているけれど、真美さんは言っている意味がわかりかねて首を傾げたままだ。

「おばさんは、ヒエラルキーの上位はなんだと思っているんですか?」
柊君は冷たい眼差しをその女性に向けた。

「お、おばさん? なんて失礼な! それは会社経営とか。医者とか弁護士とか。一流芸能人とかは上位よね?」

「で、おばさんは会社経営ですか?」

「そうよ! これでもアパレル会社を・・・・・・」

「あぁ、洋服屋さんですか・・・・・・」

「ちょっと、なによ? そんな言い方?」

 首をすくめて冷笑する柊君に、そのおばさんはとても腹をたてていた。

「教養もないくせにお金だけあって、こんなマンションに住めるんでしょう? バカが移るわよ」
 おばさんは、そう言い捨てて足早に同じ階の隣の部屋に入っていった。

「なんなの? あれ?」
 真美さんはびっくりしていて、礼子さんに問いかけている。

「さぁ? 自分が1番偉くてお金持ちって思っている『裸の王様』かしら?」

「えぇーー! なに、それ? それを言うなら『井の中の蛙、大海を知らず』じゃないの? アパレル会社経営ってそんなに偉いなんて知らなかったわ」

「ぷっ、あっはははは」

 礼子さんも私も、笑ってしまった。だって会社経営ってすごいとは思うけれど、私はその人の隣人というだけで関係ないんだもん。それなのに、あんなふうに見下して威張り散らす人って、やっぱり変なおばさんだよ。



 それから何度もそのおばさんに偶然会って、嫌味を散々言われて柊君がついにぶち切れちゃったんだ。

「人を見た目で判断するのは最低だし、あなたがどれだけ偉いか知りませんが僕たちはあなたの会社の社員じゃない」

「当たり前でしょ! うちは、優秀な子しか雇わないのよ!」

「はぁーーめんどくさいな。僕の父は医者で妻の母親は画家の『レイコ・ササキ』です。ネットで調べればすぐでてきますよ。ちなみに僕は帝都大学の医学部で彼女は芸大です。」

「え? えぇーー! ちょっと待って! 待ってよぉ」

「話しかけないでもらえますか? バカが移るんで」
 柊君の冷たい眼差しにその女の人は固まっていた。

 それからはすっごく愛想が良くなって、かえって気持ち悪かった。

「佐々木さぁーーん! お母様はお元気? できればお近づきに・・・・・・」

「佐々木さぁーーん! 今日は良い天気ねぇーー! あなたも有名なのね! たくさんの賞をとっているじゃない」

 エレベーターや廊下で会うたびに、猫なで声で近づいてくるって怖い。




ーー昼下がりのおやつの時間ーー

 日曜の昼下がり、真美さんも地元に帰って私達はお茶を飲んで寛いでいた。

「そんなに肩書きって大事? 地元に住んでた時はそんなの、なんにも感じなかったね?」
 私は礼子さんと柊君にブツブツと言いながら、クッキーをかじった。

「なんだろうね? 人と比較することでしか幸せを感じられない人なんだね」
 礼子さんが言うけれど、私には理解はできない。

「隣の人が医者でもサラリーマンでも僕は気にしないなぁ」と柊君。

「私も気にしない。なんでそれが重要なのかわかんない。変なおばさん」

 変なおばさんと名づけられたその人は、このマンションの住民のほとんどの人にマウントをとっていたようで、皆に嫌われていづらくなって引っ越していったのだった。


▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃

大学名、病院名、実在のものとは関係ありません。このあたり、イメージするものはありますが、フィクションですのでご了承くださいませ。ですので、実際とは違う部分が多々あります。
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