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3 礼子さんは成功者?

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 お祖母ちゃんの家の2階で、私と礼子さんは布団を並べて寝転んでいる。まだ、眠くない私はじっと天井を見つめていた。

 その和室の天井の木目をじっと見ていると、動物の目のように見えたり妖怪のような模様にも見えて少しだけ怖くなる。そっと布団を深くかぶり、ぎゅっと目を閉じた。

 その様子に気がついたのか、礼子さんは『おんなじだぁーー』と言って笑った。

「ほら、あの右側の木目って奇妙な生き物の顔みたいよね? 向こうの大きなシミみたいに見える木目は天使みたいよ? ほら、あそこの三角のところが羽に見えるでしょう? 下の丸みのある木目がちょうど天使のぷるんとしたお尻かなぁ?」

「わぁーー、本当にそう見えます! あっちは河童みたいだし! 向こうのはタヌキみたい!……私、こんなこと共感してもらったのは、初めてで嬉しい。お母さんはこんなことを言うと、いつも『おかしな子って、なんで変な想像力だけ発達しているのかしら?』って言うだけでした」

「そっかぁーー。おかしな子って言われたんだね? それはね、個性って言うんだよ? 才能の一種よ? お姉ちゃんのその理論で言えば、芸術家は大抵おかしな人になっちゃうね? あの人に言われたことは、気にしなくていいからね。そんなことを子供に言うあの人が、一番おかしい人だよ」

 礼子さんは、そう言って笑った。私は、安心して目を閉じた。夜中に目を覚ますと礼子さんが横にいて、すやすやと寝ていた。人の寝顔を見てほっとしたのは初めてだった。

 


 
 朝に目覚めると、礼子さんはすでに起きていて、布団も綺麗にたたまれていた。私は、のろのろと起きて階下に行く。礼子さんがキッチンで目玉焼きを作っている様子が見えた。

「おはよぉー、紬ちゃん! 今、朝食を作っているよ。2階のお布団は、たたんだのかな?」

 あ、忘れた……礼子さんみたいにたたまなきゃいけなかったんだ。

「ご、ごめんなさい! すぐに、たたみます」

「うん。たたんでおいで。そしたら、また戻ってきてね!」

「はい」

 私は返事をして、2階の和室に戻る。布団をたたみ終わって部屋のなかを見回し、柱や天井の木目を見てしまうと、河童や動物の空想が止まらない。

「紬ちゃぁーーん! 早くおいでぇーー!」

 ここでも、またぼーーっとしてしまう癖がでてしまった。すぐに戻らなきゃいけなかったのにいったい何分、木目をみていたんだろう……どうしよう、怒られるかも……

「ふふふ、遅かったね? なにか新発見でもしたかな? 顔を洗ってうがいをしたら、朝ご飯を一緒に食べようね。さぁ、行ってきて」

 礼子さんは、優しく私にするべきことを指示してくれた。顔を洗って戻ってくると、お祖母ちゃんもいて、にこにこしている。

「ほんとに、まぁーー。紬ちゃんは礼子の子供の頃にそっくりだねぇーー。懐かしいよ。今の礼子からは想像もできないよ」

 お祖母ちゃんの言葉に礼子さんは、ふふふっと笑った。

「私は今でもそそっかしいし、頭は空想でいっぱいよ? 治ったというより、この個性と共存しているのよ。これには、コツがあるんだわ。今日はドライブがてら、そのコツを紬ちゃんに教えてあげる。お店がいっぱいあるところにも行こうね! お買い物しないとねぇーー。家具屋さんに行ったら、すっごく可愛いベッドを選ぼうね! お姫様みたいに天蓋付のさぁ」

「天蓋付ってなんだい? え? あぁ、おとぎ話にあるようなものかい。こんな田舎の家具屋にあるかねぇーー」

 お祖母ちゃんは、クビを傾げながら笑った。

「なかったら、ネットで見て注文しよう! 納得のいくお買い物しなきゃいけないからね! いい加減なものを買うと大事にできないもんね!」

 ここも、お母さんとは全然違うところだった。お母さんの好きな言葉は『適当』で、私のものを選ぶ時は頻繁に使われた。

 でも、礼子さんは絶対『適当』という言葉を使わない。私は、『納得のいく』という礼子さんの言葉が好きだな、と思った。




☆彡★彡☆彡




 空はぬけるような青さに澄み切っていて、絶好のドライブ日和だった。ジェラートの店はお祖母ちゃんとバイトの明子さんに任せて、礼子さんと私は車に乗り込んだ。

 礼子さんの車は、いわゆる高級車だった。これは、お母さんがずっと欲しがっていた車に似ていた。

「この車種の赤って最高に素敵なのよぉ。でも、1,000万以上するなんて無理だわぁーー。こんなのに乗れる人って人生の成功者って感じよねぇーー。はぁーー、一生に一度でいいから乗ってみたい!」

 そんなことを言っていたのを思い出す。車種は忘れちゃったけれど、こんな形だった気がする。

「礼子さん! この車のことを聞いてもいいですか?」

「うん、いいわよ? なぁに?」

「これって、人生の成功者が乗る車ですよね?」

「え? ぷっ、あっはは! なぁに、それぇ? 誰が言ったのかなぁ?」

「えっと、お母さんです。この車の宣伝を見ると、いつもため息をついていました」

「そっかぁ。これは、私の絵をいつも買ってくれるご贔屓の方がいてねぇ。付き合いで買っただけなんだよぉ。実際、私はもっと小さい可愛い車が好きなんだけどね。車なんて走ればいいだけだからね」

 そんなふうにさらっと言う礼子さんはかっこいいなって思った。私が眩しすぎる朝日を我慢して、サンシェードを下ろさないでいると、礼子さんは不思議な顔をした。

「紬ちゃん、その上にあるそれ! パタンと倒してみて! そうそう、そうすれば眩しくないでしょう?」

「はい。勝手に車のなかを触ると、ダメだから我慢してました……」

「え? なんで? 日除けぐらい、普通におろしていいからねぇ」

「だって、汚れるから勝手に触るなって、お母さんが……。車のなかをベタベタ触ったり、物を食べたり、ジュースを飲むなって言われてたから……」

「礼子さんはね、車の中で物も食べればジュースも飲むわよ。ベタベタ触ってもいいし、なにも気にしないわよ? 汚れたら拭けばいいし、もし壊れても修理にだせばいいだけでしょう? だいたい、車の中でジュースも飲んじゃだめって……そんなの、つまらないなぁ」

 私は頷くと、窓から外の景色を見ていた。牧場からの細い道が次第に広く大きな道になり、両側には連なる山々が見え黄色い花がたくさん咲いている。夏休みのこの時期は観光客も多く、土産物屋の駐車場にはかなりの台数の車が止まっていた。

「山は好き? あの黄色い花はニッコウキスゲで、たくさん咲いている今の時期は最高よ。生活に必要なものを揃え終わって落ち着いたら、トレッキングでもしようか? おにぎらず、でも持ってさ。」

「おにぎらず? ってなんですか?」

「あらら、知らないの? 今、流行っているじゃない? ご飯版サンドイッチみたいなので、具をたくさんいれるのよ。でも、あれってそぼろとか入れると食べにくいのよねぇ。やっぱり、素朴な定番おにぎりが一番美味しい気もするわ」

「私も、定番おにぎりが好きです。昆布が一番いいな」

「ふっ。そこも、私とおんなじだ。そういえば紬ちゃん、携帯は持ってる? あ、お姉ちゃんが持って帰っちゃったよねぇ?」

「いいえ。最初から、持ってないです。結月は持ってたけど、私は必要ないからって言われて、買ってもらえなくて……」

 礼子さんは呆れ顔だ。

「ほんっとに許せないよ。そうやって差別して子供を育てるなんて最低だわ! 紬ちゃんは、もう安心していいからね。そんな辛い思いを私は二度とさせないから。私達みたいに個性的な人はね、心がけておくことがいくつかあるんだよ」

 車を運転しながら、礼子さんは自分の幼い頃を話してくれるのだった。




▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃

次回は、「紬ちゃん、養女になる」です。礼子さんが、車のなかで礼子さんの幼い頃の話とエピソードを紬ちゃんに語ります。そして、市役所に書類を提出。晴れて、紬ちゃんは礼子さんの子供になります。楽しくお買い物をする様子も描かれています。

また、ほんの少しのプチざまぁも盛り込みます。紬ちゃんのお母さんが再登場で、礼子さんの車を見たり礼子さんの絵画のペンネーム(雅号)を聞き、慌てる様子が描かれます。

次回も、お読みいただけると嬉しいです。 
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