2 / 13
2 お前はもういらないと言われた妻
しおりを挟む
私はその場に呆然と立ちつくしてしまい動けない。自分が見ているこの光景は明らかに夫の裏切りを意味しているはずなのに、きっとなにかの間違いなんだと否定したい思いがこみ上げてくるのだ。
中央にいたその妊婦が私の視線に気がつき、ゆっくりとアランと一緒に近づいてきた。
「あらぁ、どなた様かしら?」
小首を可愛らしく傾げてアランに問いかける妊婦は、腕をアランに絡めて薄ら笑いを浮かべた。
「なんだよ、来るなって言っただろう!」
アランは迷惑そうに顔をしかめた。
「その女性はなんなの?」
私はわかりきったことを、ばかみたいに聞いてしまう。
ーーどう見たって愛人だわよ。聞くまでもないわ。
「これは僕の『真実の愛を捧げる妻』だよ」
キッパリとこの妊婦を妻と表現したイアンに私は言葉もなかった。
「ぷっ。なぁんて顔なの? 冴えない顔が余計にブサイクになるわよ。このエルサさんはうちのイアンちゃんの子供を妊娠している実業家なんですって。アナスタシアの3倍も稼いで容姿端麗でおまけに若いのよ。もう我が家にはアナスタシアは必要ないのよ!」
姑のイボンが私にそんな言葉を投げつけた。今までは愛想が良く、感謝の言葉さえ私に口にしていたイボンなのに、手のひら返しとはこのことだ。
「傾いていたイーサ伯爵家を立て直せたのは、誰のお陰だと思っていらっしゃるのですか?」
私は震える唇でイボンに質問した。
「誰のお陰ですって? もちろんアランちゃんが、頑張ったお陰に決まっているでしょう?」
イボンは私がどれだけの富をイーサ伯爵家にもたらしたのか承知の上で、そんな言葉を吐き出した。イーサ伯爵家の収入のほぼ6割は私のデザインのカップ&ソーサーの売り上げだ。既存の食器の売上げである残り4割の収益も、私が築き上げた夫人同士の友情の上に成り立っている。
「あぁ、子供ができないお飾りの奥様ね? あなたのようなデザインなら私でもできるから大丈夫よ。だって私は隣国の服飾デザイナーのエルサだもの!」
私はその名前を聞いて固まった。エルサと言えば伝説級のデザイナーで、年齢も性別も不詳の謎の人物。その人気は凄まじく、この世界の女性の8割が憧れ新作には長蛇の列ができる。
「これで、わかっただろう! アナスタシアには慰謝料もあの王都の屋敷もやるよ。だから別れてくれよ。もう少し先にしたかったのはあの王都の屋敷が、王宮に行くのに近くて便利だったからさ。でもまぁいいさ。これからはもっと豪勢な暮らしができるんだし!」
「そうですか。訂正させていただきますが王都の屋敷は、修繕やら維持費は私のポケットマネーからずっとだしておりました。ですから名義は私とアランの共有ですよ。やるよ、と偉そうに言われたくありませんね! 慰謝料を算出したら、早速請求させていただきますね」
「やれやれ。これで冴えない女が嫁でなくなるわけだ。アナスタシア、お前さんのその野暮ったいセンスのドレスとありふれたブラウンの髪と瞳。全てが平凡で不快だった。我がイーサ伯爵家は由緒ある家柄で元をたどれば王族の血もはいっておる! このエルサさんは、金髪で瞳はブルーの器量よしだ。戦う相手が悪すぎたな。あっはははは」
舅の前イーサ伯爵のガイドンの豪快な笑いと、その一族や使用人の蔑みの眼差しを受けながら、私は乗ってきた馬車に乗り込んだ。
「あらぁ、帰るの? せっかくだから、なにか食べていけばいいのに。私は世界的なデザイナーエルサよ。心の広い女だからお飾りの奥様も、もてなしてさしあげてよ」
私は馬車が走り出すとうつむき肩を震わせた。一緒にいた専属侍女のララが私を抱きしめた。
「奥様、どうか泣かないでくださいませ。この仇はきっとこのララが・・・・・・」
「くっくっく、あっはは! あーっははは」
私は泣いてなどいない。おかしくてたまらなくてうつむいていただけよ。
中央にいたその妊婦が私の視線に気がつき、ゆっくりとアランと一緒に近づいてきた。
「あらぁ、どなた様かしら?」
小首を可愛らしく傾げてアランに問いかける妊婦は、腕をアランに絡めて薄ら笑いを浮かべた。
「なんだよ、来るなって言っただろう!」
アランは迷惑そうに顔をしかめた。
「その女性はなんなの?」
私はわかりきったことを、ばかみたいに聞いてしまう。
ーーどう見たって愛人だわよ。聞くまでもないわ。
「これは僕の『真実の愛を捧げる妻』だよ」
キッパリとこの妊婦を妻と表現したイアンに私は言葉もなかった。
「ぷっ。なぁんて顔なの? 冴えない顔が余計にブサイクになるわよ。このエルサさんはうちのイアンちゃんの子供を妊娠している実業家なんですって。アナスタシアの3倍も稼いで容姿端麗でおまけに若いのよ。もう我が家にはアナスタシアは必要ないのよ!」
姑のイボンが私にそんな言葉を投げつけた。今までは愛想が良く、感謝の言葉さえ私に口にしていたイボンなのに、手のひら返しとはこのことだ。
「傾いていたイーサ伯爵家を立て直せたのは、誰のお陰だと思っていらっしゃるのですか?」
私は震える唇でイボンに質問した。
「誰のお陰ですって? もちろんアランちゃんが、頑張ったお陰に決まっているでしょう?」
イボンは私がどれだけの富をイーサ伯爵家にもたらしたのか承知の上で、そんな言葉を吐き出した。イーサ伯爵家の収入のほぼ6割は私のデザインのカップ&ソーサーの売り上げだ。既存の食器の売上げである残り4割の収益も、私が築き上げた夫人同士の友情の上に成り立っている。
「あぁ、子供ができないお飾りの奥様ね? あなたのようなデザインなら私でもできるから大丈夫よ。だって私は隣国の服飾デザイナーのエルサだもの!」
私はその名前を聞いて固まった。エルサと言えば伝説級のデザイナーで、年齢も性別も不詳の謎の人物。その人気は凄まじく、この世界の女性の8割が憧れ新作には長蛇の列ができる。
「これで、わかっただろう! アナスタシアには慰謝料もあの王都の屋敷もやるよ。だから別れてくれよ。もう少し先にしたかったのはあの王都の屋敷が、王宮に行くのに近くて便利だったからさ。でもまぁいいさ。これからはもっと豪勢な暮らしができるんだし!」
「そうですか。訂正させていただきますが王都の屋敷は、修繕やら維持費は私のポケットマネーからずっとだしておりました。ですから名義は私とアランの共有ですよ。やるよ、と偉そうに言われたくありませんね! 慰謝料を算出したら、早速請求させていただきますね」
「やれやれ。これで冴えない女が嫁でなくなるわけだ。アナスタシア、お前さんのその野暮ったいセンスのドレスとありふれたブラウンの髪と瞳。全てが平凡で不快だった。我がイーサ伯爵家は由緒ある家柄で元をたどれば王族の血もはいっておる! このエルサさんは、金髪で瞳はブルーの器量よしだ。戦う相手が悪すぎたな。あっはははは」
舅の前イーサ伯爵のガイドンの豪快な笑いと、その一族や使用人の蔑みの眼差しを受けながら、私は乗ってきた馬車に乗り込んだ。
「あらぁ、帰るの? せっかくだから、なにか食べていけばいいのに。私は世界的なデザイナーエルサよ。心の広い女だからお飾りの奥様も、もてなしてさしあげてよ」
私は馬車が走り出すとうつむき肩を震わせた。一緒にいた専属侍女のララが私を抱きしめた。
「奥様、どうか泣かないでくださいませ。この仇はきっとこのララが・・・・・・」
「くっくっく、あっはは! あーっははは」
私は泣いてなどいない。おかしくてたまらなくてうつむいていただけよ。
61
お気に入りに追加
2,026
あなたにおすすめの小説
【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!
山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」
夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
婚約破棄された令嬢のささやかな幸福
香木陽灯(旧:香木あかり)
恋愛
田舎の伯爵令嬢アリシア・ローデンには婚約者がいた。
しかし婚約者とアリシアの妹が不貞を働き、子を身ごもったのだという。
「結婚は家同士の繋がり。二人が結ばれるなら私は身を引きましょう。どうぞお幸せに」
婚約破棄されたアリシアは潔く身を引くことにした。
婚約破棄という烙印が押された以上、もう結婚は出来ない。
ならば一人で生きていくだけ。
アリシアは王都の外れにある小さな家を買い、そこで暮らし始める。
「あぁ、最高……ここなら一人で自由に暮らせるわ!」
初めての一人暮らしを満喫するアリシア。
趣味だった刺繍で生計が立てられるようになった頃……。
「アリシア、頼むから戻って来てくれ! 俺と結婚してくれ……!」
何故か元婚約者がやってきて頭を下げたのだ。
しかし丁重にお断りした翌日、
「お姉様、お願いだから戻ってきてください! あいつの相手はお姉様じゃなきゃ無理です……!」
妹までもがやってくる始末。
しかしアリシアは微笑んで首を横に振るばかり。
「私はもう結婚する気も家に戻る気もありませんの。どうぞお幸せに」
家族や婚約者は知らないことだったが、実はアリシアは幸せな生活を送っていたのだった。
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
彼と婚約破棄しろと言われましても困ります。なぜなら、彼は婚約者ではありませんから
水上
恋愛
「私は彼のことを心から愛しているの! 彼と婚約破棄して!」
「……はい?」
子爵令嬢である私、カトリー・ロンズデールは困惑していた。
だって、私と彼は婚約なんてしていないのだから。
「エリオット様と別れろって言っているの!」
彼女は下品に怒鳴りながら、ポケットから出したものを私に投げてきた。
そのせいで、私は怪我をしてしまった。
いきなり彼と別れろと言われても、それは無理な相談である。
だって、彼は──。
そして勘違いした彼女は、自身を破滅へと導く、とんでもない騒動を起こすのだった……。
※この作品は、旧作を加筆、修正して再掲載したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる