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2 お前はもういらないと言われた妻 

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  私はその場に呆然と立ちつくしてしまい動けない。自分が見ているこの光景は明らかに夫の裏切りを意味しているはずなのに、きっとなにかの間違いなんだと否定したい思いがこみ上げてくるのだ。

 中央にいたその妊婦が私の視線に気がつき、ゆっくりとアランと一緒に近づいてきた。
「あらぁ、どなた様かしら?」
 小首を可愛らしく傾げてアランに問いかける妊婦は、腕をアランに絡めて薄ら笑いを浮かべた。

「なんだよ、来るなって言っただろう!」
 アランは迷惑そうに顔をしかめた。

「その女性はなんなの?」
 私はわかりきったことを、ばかみたいに聞いてしまう。

ーーどう見たって愛人だわよ。聞くまでもないわ。

「これは僕の『真実の愛を捧げる』だよ」
 
 キッパリとこの妊婦を妻と表現したイアンに私は言葉もなかった。

「ぷっ。なぁんて顔なの? 冴えない顔が余計にブサイクになるわよ。このエルサさんはうちのイアンちゃんの子供を妊娠している実業家なんですって。アナスタシアの3倍も稼いで容姿端麗でおまけに若いのよ。もう我が家にはアナスタシアは必要ないのよ!」

 姑のイボンが私にそんな言葉を投げつけた。今までは愛想が良く、感謝の言葉さえ私に口にしていたイボンなのに、手のひら返しとはこのことだ。

「傾いていたイーサ伯爵家を立て直せたのは、誰のお陰だと思っていらっしゃるのですか?」
 私は震える唇でイボンに質問した。

「誰のお陰ですって? もちろんアランちゃんが、頑張ったお陰に決まっているでしょう?」

 イボンは私がどれだけの富をイーサ伯爵家にもたらしたのか承知の上で、そんな言葉を吐き出した。イーサ伯爵家の収入のほぼ6割は私のデザインのカップ&ソーサーの売り上げだ。既存の食器の売上げである残り4割の収益も、私が築き上げた夫人同士の友情の上に成り立っている。



「あぁ、子供ができないお飾りの奥様ね? あなたのようなデザインなら私でもできるから大丈夫よ。だって私は隣国の服飾デザイナーのエルサだもの!」

 私はその名前を聞いて固まった。エルサと言えば伝説級のデザイナーで、年齢も性別も不詳の謎の人物。その人気は凄まじく、この世界の女性の8割が憧れ新作には長蛇の列ができる。

「これで、わかっただろう! アナスタシアには慰謝料もあの王都の屋敷もやるよ。だから別れてくれよ。もう少し先にしたかったのはあの王都の屋敷が、王宮に行くのに近くて便利だったからさ。でもまぁいいさ。これからはもっと豪勢な暮らしができるんだし!」

「そうですか。訂正させていただきますが王都の屋敷は、修繕やら維持費は私のポケットマネーからずっとだしておりました。ですから名義は私とアランの共有ですよ。やるよ、と偉そうに言われたくありませんね! 慰謝料を算出したら、早速請求させていただきますね」

「やれやれ。これで冴えない女が嫁でなくなるわけだ。アナスタシア、お前さんのその野暮ったいセンスのドレスとありふれたブラウンの髪と瞳。全てが平凡で不快だった。我がイーサ伯爵家は由緒ある家柄で元をたどれば王族の血もはいっておる! このエルサさんは、金髪で瞳はブルーの器量よしだ。戦う相手が悪すぎたな。あっはははは」

 舅の前イーサ伯爵のガイドンの豪快な笑いと、その一族や使用人の蔑みの眼差しを受けながら、私は乗ってきた馬車に乗り込んだ。

「あらぁ、帰るの? せっかくだから、なにか食べていけばいいのに。私は世界的なデザイナーエルサよ。心の広い女だからお飾りの奥様も、もてなしてさしあげてよ」

 私は馬車が走り出すとうつむき肩を震わせた。一緒にいた専属侍女のララが私を抱きしめた。

「奥様、どうか泣かないでくださいませ。この仇はきっとこのララが・・・・・・」

「くっくっく、あっはは! あーっははは」

 私は泣いてなどいない。おかしくてたまらなくてうつむいていただけよ。
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